人間ごっこ

KMT

第1話「目覚め」



     KMT『人間ごっこ』



 水野高校2年C組を乗せたバスが、繁華街を走る。生徒達は旅行気分を存分に楽しんでいる。そんな中、加藤詩音かとう しおんは健やかに寝息を立てていた。


「もう……詩音! 起きて!」

「うーん……」


 隣に座っていた相沢結希あいざわ ゆきは、詩音の体を揺さぶる。詩音の長い桃色髪がファサファサと踊る。

 詩音は目を擦りながら起き上がった。修学旅行という学生時代のかけがえのない青春の一時を、心地よい睡魔に危うく奪われかけていた。


「せっかくの修学旅行なのに、寝ててどうするの!」

「ごめん、あまりに暖かい空気だっから」

「もう……詩音は私がいないとダメなんだから♪」


 結希が姉御肌を気取る。のんびりとしている詩音は、いつも男勝りで活発的な結希に支えられている。そんな彼女も、詩音の穏やかで優しい性格に日々助けられている。


「ずいぶんと仲良さげだな」


 そんな二人の様子を、前の席に座っていた霧崎仁きりさき じんが身を乗り出して眺める。


「え? あ、まぁね……」


 突然仁に話しかけられ、おどおどとし始める結希。仁は典型的な黒髪イケメン男子だ。スポーツ万能で男らしく、人望も厚い。数多の女子の憧れの的であり、詩音や結希も彼の容姿に毎度見惚れている。


「まぁ、俺も後で同じグループで自由行動するんだし、俺とも仲良くしてくれよ」

「う、うん……」


 結希は珍しくうぶな反応を示す。詩音は思い出した。以前彼女に恋愛相談を持ちかけられたことを。つまり、結希は仁に恋心に近い感情を抱いている。詩音はそう見ている。

 詩音は結希に微笑みかける。慣れない恋に奮闘する親友を眺めていると、素直に応援したくなる。この修学旅行で二人の距離も縮まることを祈った。




 24人の生徒を乗せたバスは、何事もなく進んでいく。彼らの談笑は絶えることはない。


“これで彼も一緒だったら、もっとよかったのに……”


 詩音は欠けた一人のクラスメイトを思う。彼が一緒であれば、2年C組全員が参加した楽しい修学旅行ができたはずだ。しかし、それは叶わなかった。ある悲劇によって。


江波えなみ君……どうして……”




 スッ

 すると、突然結希が詩音の肩にもたれかかる。よく見ると、すぅすぅと寝息を立ててしまっている。


「ちょっと、さっきは私に注意してたくせに。起きなよ、結希」


 詩音は結希の体を揺さぶる。しかし、いくら揺さぶっても結希は目を覚まさなかった。ほんの一瞬で熟睡してしまったようだ。


「結希? みんな……?」


 気がつくと、周りのクラスメイトが一斉に眠り始めた。先程まではしゃいでいた陽キャの男子達も、イケてるグループに所属している女子達も、みんな眠りに落ちていた。詩音の瞳には異常な光景に見えた。


 生徒達の声は何かに吸い込まれるように消えていき、バス内が静寂に包まれる。


「何……この匂い……」


 そして、詩音の鼻に甘い匂いが漂ってくる。フルーツのような癖になるいい匂いだ。それを嗅いだ瞬間、猛烈な眠気が詩音の体を襲う。


「うっ……」


 脳内が快楽に満ちているような、それとも淡い痛みで痺れているような、複雑な感覚だ。たちまち詩音も力が抜けて、眠りに落ちてしまった。


 バタッ

 こうして、2年C組の生徒全員が深い眠りについた。すやすやと寝息を立てる生徒達を、ガスマスクを付けた担任の先生が静かに見つめる。


「……」


 バスは突然進路を変えた。




   * * * * * * *




 私は目を覚ました。体が冷たくて硬い床に倒れている。ここはどこだろう? どこかの建物の中みたいだけど。暗くてよく見えないや。


「うーん……」

「結希!」

「詩音……ここ、どこ?」


 隣に結希が倒れていた。私は結希の体を揺すった。幸いにも眠っていただけであり、すぐに目を覚まして起き上がった。周りを見渡すと、C組のみんなが全員眠らされていた。

 みんな次々に起き始める。誰もこの状況を理解できていないみたいだ。


「ここは……」


 仁君もそばに倒れていて、すぐに目を覚ました。


「どこだ……ここ……」

「うわぁ、寒ぃ」

「暗くてよく見えないよ」

「先生は? どこに行ったの?」


 不穏な状況を前にざわめき始めるクラスメイトのみんな。私達はなぜここにいるんだろう。みんなで修学旅行に来ていたはずなのに。私は重たい頭を働かせ、必死に思い返す。


 あ、そうだ! 確かバスの中に甘い匂いが漂って、それを嗅いだら眠くなって……




 バチンッ!

 突然部屋が明るくなった。ここはどこかの大きな屋敷の一室のようだ。室内の家具、天井や壁に散りばめられた装飾品が、眩しい光を反射してくる。まるで私達を攻撃しているようだ。


「先生!」


 そして、入り口には担任の剣崎利郎けんざき としろう先生が、電灯のスイッチに手をかざしていた。


「全員起きたか」


 剣崎先生が私達に歩み寄る。部屋に高々と用意されたスクリーンの前に立つ。先生は恐ろしいくらいに落ち着いている。落ち着いた佇まいが、逆に恐怖を感じさせてくるのだ。


「ここはとある離れ小島だ。お前らには催眠ガスを吸わせて眠ってもらった。この島に連れてくるためにな」


 催眠ガス!? 今の口振りから、あれは先生が仕掛けたというのか。なぜこんなところにみんなを連れてくる必要があるのだろう。修学旅行の途中でこんな辺鄙へんぴな小島に来る予定なんて、私達は聞かされていない。




 先生は教壇に手を突いて、再び落ち着いた様子で口を開いた。


「今からお前らにはとあるゲームをしてもらう。命を懸けたゲームをな」

「……え?」


 クラスメイトの誰一人として、この状況が正常であると思った人はいない。私達は何の前触れもなく、理不尽なゲームを強いられることになった。最低最悪な疑心暗鬼の殺し合いデスゲームの幕開けだ。



     *   *   *



生存者 残り24人


相生将太あいおい しょうた(1)♂ 

相沢結希あいざわ ゆき(2)♀

井上雅人いのうえ まさと(3)♂ 

遠藤愛奈えんどう まな(5)♀

小野寺舞おのでら まい(6)♀

加藤詩音かとう しおん(7)♀

川瀬文夫かわせ ふみお(8)♂

菊地早矢香きくち さやか(9)♀

北見咲きたみ さき(10)♀

霧崎仁きりさき じん(11)♂

児島国雄こじま くにお(12)♂

榊佑馬さかき ゆうま(13)♂

篠原柚しのはら ゆず(14)♀

杉山遥すぎやま はるか(15)♀

辻村美琴つじむら みこと(16)♀

戸田正木とだ まさき(17)♂

中島海斗なかじま かいと(18)♂

西岡与一にしおか よいち(19)♂

野口智江のぐち ともえ(20)♀

檜山風紀ひやま ふき(21)♀

広瀬孝之ひろせ たかゆき(22)♂

美空夏名みそら かな(23)♀

矢口美穂やぐち みほ(24)♀

和田雄大わだ ゆうだい(25)♂


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