第17話 ウホ(平和でいいな)

『神騎士』ダン。

『血染めの魔法剣士』ドレッド。

『音速侍』テッド。

『オリハルコンハンマー』マキ。


 式典において、突然襲撃を仕掛けてきた《伯爵級アール》の魔族――その撃破を経て、正式に『勇者協会』が勇者として認定したのは、上記の四人だった。

 そして各国より供出された『勇者協会』の基金より、彼らには《伯爵級アール》の魔族を撃破した報奨金、金貨百枚が与えられた。『神騎士』ダンはその受け取りを固辞、『音速侍』テッドはうち半分、金貨五十を得る。そして残る五十枚を、二十五枚ずつ『血染めの魔法剣士』ドレッドと『オリハルコンハンマー』マキが山分けした。


 突然現れた魔族――『炎帝』ハーシュヴァルの暴虐に対して、百人近くの勇者が何もすることができず倒れたことを経て、『勇者協会』のみならず、各国は共通の認識を持った。

 即ち、勇者とはまさしく特別な存在。

 その強さが常軌を逸した者しか、勇者を名乗ることは許されない。

 何せそれは、大陸各国の中でも最大の数――三十人以上の勇者を認定したギガンツ帝国など、誰一人生き残らなかったのだ。勇者を粗製濫造したところで、魔族に対しての切り札たりえないのである。

 結果的に、現状は四人のみ。

 今後、彼らに並ぶ者が現れたら、改めて精査を行った上で勇者として認定する。

 そういった形で、ひとまず『勇者協会』は設立された。


「……はぁ。国民に被害が出なかったことが、一応喜ぶべきことか」


「そうですね、父上……《伯爵級アール》の魔族が現れたと考えたら、王宮の広場が少々燃えたくらいの被害で済んだのは、僥倖だと思います」


「だな……とはいえ、我が国から現状、一人も勇者が出ていないことには変わらない」


「はい」


「……もう少し早く、戻ってきてくれたら良かったのだが」


「……はい」


 オティア一世、キアラがそう話す。

 その視線の先にいるのは、もぐもぐとリンゴを頬張っている勇者――ドーラの姿。

『勇者協会』設立にあたっての、魔族の襲来――それを経て、四人の勇者に対する報奨金が与えられ、ひとまず彼ら四人を勇者であると認定した。

 そして、彼らが国元へ帰った翌日、ドーラはひょっこりと戻ってきたのである。

 何故か、とても満足そうな顔で。


「ひとまず我が国としては、勇者殿を『勇者協会』に認めさせることから始めようと思う」


「ええ……まずは、そこからですね。『神騎士』ダンや『音速侍』テッドは間違いなく強いですが、我が国の勇者様に比べれば、足元にも及ばないと思います」


「……強さだけならば、な」


「ウホ?」


 オティア一世が、ジト目でドーラを見る。

 ドーラはそんな視線に対して、軽く首を傾げた。


「結果的に、彼らは《伯爵級アール》の魔族を討伐しました。ですので、わたくしたちもこれから、《伯爵級アール》の魔族を探して討伐する方向で進めていきたいと思っております」


「……頼んだ」


「それにあたり、まず国内の調査を行いたいと思っています。いつぞや、魔術師が察知した凶悪な魔力……それが、聖リューズ王国の内部で消失したことは、確認していますから」


「そうだな。宮廷魔術師が言うには、あの『炎帝』ハーシュヴァルを上回る魔力だったそうだ」


「はい。であれば、《侯爵級マーキス》や《公爵級デューク》である可能性も高いと思います。それだけの力を持つ魔族を撃破したとあれば、『勇者協会』も認めざるを得ないでしょう」


「うむ」


 キアラの言葉に、頷くオティア一世。

 何も言わず、ただ「我が国の勇者はとても強いから認定しろ!」と押し通すことはできない。何かしら、ドーラが成果を上げる必要があるのだ。

 それにあたり、一月以上前に聖リューズ王国に現れたとされる、強大な魔力を持つ者――それを討伐することが、第一となるだろう。


 もっとも、それが本当は魔王ラトゥアンスヘルの魔力であり、その魔王が既に討伐されていることを、彼らは知らない。


「ウホ」


 ぽりぽりとドーラが頬を掻いて、立ち上がる。

 そして、のそりのそりと拳をついた四足歩行で、無言で部屋から出て行った。


「……あれ、勇者様?」


「どうしたのだろうな」


「……よくリンゴを召し上がられていたので、花摘みかもしれません」


「ふむ……まぁ、そこらで適当に排泄をされるよりはましか」


「はい。では、次ですが……」













「ウホ」


 ドーラは、まだ焼け跡の残る王宮の広間にいた。

 数日前に《伯爵級アール》の魔族、『炎帝』ハーシュヴァルによって蹂躙されたそこは、まだろくに修繕もされていない。ただ、百人以上転がっていた亡骸については、既に国元へと送っている。

 だから、ここは現状ただの焼け跡。

 ここには『炎帝』ハーシュヴァルが最後に撒き散らした邪悪な魔力が漂うために、人の近付けない汚染された場所となった。

 ゆえに現在、放置されている。


「ウホ」


 ドーラはそこで、どすん、と拳を振り下ろす。

 同時に歯を剥き出しにし、鼻の穴を大きく広げ、威嚇をするかのように。


「ほう……」


 そんなドーラの威嚇に対して、広場の中心から上がる声。

 それはかつて、この地を蹂躙した魔族――『炎帝』ハーシュヴァルのそれだった。


「何者かは知らぬが……我がここにまだ存在していると、察知して来たか?」


「ウホ」


「ふん。人間が我ら魔族を殺そうなど、笑止千万。ここで再び力を蓄え、今度こそこの国を滅してやる……そう思っていたのだがな」


 急速に、邪悪な魔力がそこに宿る。

 ハーシュヴァルが最後に、この地を汚染させるかのように撒き散らした魔力――それは、彼が再びこの地に顕現するための準備だった。

 順調に進めば、十日ほどで魔力を根こそぎ吸収し、再び復活する。

 魔族とは、その体の中心にある《核》を破壊されない限り、永遠に復活し続けるのだ。


「邪魔立てするのならば、貴様の命を貰うとしよう……ゆくぞっ!」


 漂う魔力に炎が宿り、それが四方からドーラを襲う。

 ドーラはそんな炎に対して恐怖することもなく、後ろ足で飛び跳ねてから一気に広場の中央へと駆け出した。


「ウホッ!」


「えっ……?」


 そんなドーラが一直線に向かった先は、ハーシュヴァルの《核》。

 最も濃く、最も邪悪な魔力で囲んだそこは、決して人の近付くことができない場所――。

 そんな《核》に向けて、ドーラが思いきり拳を叩き落とした瞬間。


「なっ……なぁっ!? が、あぁぁぁっ!」


「ウホ」


「何故、何故、我の《核》がっ……あっ、ああぁぁぁっ!!」


 断末魔の叫びと共に、ハーシュヴァルの声が消えていく。

 粉々に砕かれたハーシュヴァルの《核》はそのまま霧消し、同時にそこに漂っていた邪悪な魔力も消えていった。


 再び、ドーラはこの国を救った。

 しかし、その事実を誰も知らない。

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