第17話 ウホ(平和でいいな)
『神騎士』ダン。
『血染めの魔法剣士』ドレッド。
『音速侍』テッド。
『オリハルコンハンマー』マキ。
式典において、突然襲撃を仕掛けてきた《
そして各国より供出された『勇者協会』の基金より、彼らには《
突然現れた魔族――『炎帝』ハーシュヴァルの暴虐に対して、百人近くの勇者が何もすることができず倒れたことを経て、『勇者協会』のみならず、各国は共通の認識を持った。
即ち、勇者とはまさしく特別な存在。
その強さが常軌を逸した者しか、勇者を名乗ることは許されない。
何せそれは、大陸各国の中でも最大の数――三十人以上の勇者を認定したギガンツ帝国など、誰一人生き残らなかったのだ。勇者を粗製濫造したところで、魔族に対しての切り札たりえないのである。
結果的に、現状は四人のみ。
今後、彼らに並ぶ者が現れたら、改めて精査を行った上で勇者として認定する。
そういった形で、ひとまず『勇者協会』は設立された。
「……はぁ。国民に被害が出なかったことが、一応喜ぶべきことか」
「そうですね、父上……《
「だな……とはいえ、我が国から現状、一人も勇者が出ていないことには変わらない」
「はい」
「……もう少し早く、戻ってきてくれたら良かったのだが」
「……はい」
オティア一世、キアラがそう話す。
その視線の先にいるのは、もぐもぐとリンゴを頬張っている勇者――ドーラの姿。
『勇者協会』設立にあたっての、魔族の襲来――それを経て、四人の勇者に対する報奨金が与えられ、ひとまず彼ら四人を勇者であると認定した。
そして、彼らが国元へ帰った翌日、ドーラはひょっこりと戻ってきたのである。
何故か、とても満足そうな顔で。
「ひとまず我が国としては、勇者殿を『勇者協会』に認めさせることから始めようと思う」
「ええ……まずは、そこからですね。『神騎士』ダンや『音速侍』テッドは間違いなく強いですが、我が国の勇者様に比べれば、足元にも及ばないと思います」
「……強さだけならば、な」
「ウホ?」
オティア一世が、ジト目でドーラを見る。
ドーラはそんな視線に対して、軽く首を傾げた。
「結果的に、彼らは《
「……頼んだ」
「それにあたり、まず国内の調査を行いたいと思っています。いつぞや、魔術師が察知した凶悪な魔力……それが、聖リューズ王国の内部で消失したことは、確認していますから」
「そうだな。宮廷魔術師が言うには、あの『炎帝』ハーシュヴァルを上回る魔力だったそうだ」
「はい。であれば、《
「うむ」
キアラの言葉に、頷くオティア一世。
何も言わず、ただ「我が国の勇者はとても強いから認定しろ!」と押し通すことはできない。何かしら、ドーラが成果を上げる必要があるのだ。
それにあたり、一月以上前に聖リューズ王国に現れたとされる、強大な魔力を持つ者――それを討伐することが、第一となるだろう。
もっとも、それが本当は魔王ラトゥアンスヘルの魔力であり、その魔王が既に討伐されていることを、彼らは知らない。
「ウホ」
ぽりぽりとドーラが頬を掻いて、立ち上がる。
そして、のそりのそりと拳をついた四足歩行で、無言で部屋から出て行った。
「……あれ、勇者様?」
「どうしたのだろうな」
「……よくリンゴを召し上がられていたので、花摘みかもしれません」
「ふむ……まぁ、そこらで適当に排泄をされるよりはましか」
「はい。では、次ですが……」
「ウホ」
ドーラは、まだ焼け跡の残る王宮の広間にいた。
数日前に《
だから、ここは現状ただの焼け跡。
ここには『炎帝』ハーシュヴァルが最後に撒き散らした邪悪な魔力が漂うために、人の近付けない汚染された場所となった。
ゆえに現在、放置されている。
「ウホ」
ドーラはそこで、どすん、と拳を振り下ろす。
同時に歯を剥き出しにし、鼻の穴を大きく広げ、威嚇をするかのように。
「ほう……」
そんなドーラの威嚇に対して、広場の中心から上がる声。
それはかつて、この地を蹂躙した魔族――『炎帝』ハーシュヴァルのそれだった。
「何者かは知らぬが……我がここにまだ存在していると、察知して来たか?」
「ウホ」
「ふん。人間が我ら魔族を殺そうなど、笑止千万。ここで再び力を蓄え、今度こそこの国を滅してやる……そう思っていたのだがな」
急速に、邪悪な魔力がそこに宿る。
ハーシュヴァルが最後に、この地を汚染させるかのように撒き散らした魔力――それは、彼が再びこの地に顕現するための準備だった。
順調に進めば、十日ほどで魔力を根こそぎ吸収し、再び復活する。
魔族とは、その体の中心にある《核》を破壊されない限り、永遠に復活し続けるのだ。
「邪魔立てするのならば、貴様の命を貰うとしよう……ゆくぞっ!」
漂う魔力に炎が宿り、それが四方からドーラを襲う。
ドーラはそんな炎に対して恐怖することもなく、後ろ足で飛び跳ねてから一気に広場の中央へと駆け出した。
「ウホッ!」
「えっ……?」
そんなドーラが一直線に向かった先は、ハーシュヴァルの《核》。
最も濃く、最も邪悪な魔力で囲んだそこは、決して人の近付くことができない場所――。
そんな《核》に向けて、ドーラが思いきり拳を叩き落とした瞬間。
「なっ……なぁっ!? が、あぁぁぁっ!」
「ウホ」
「何故、何故、我の《核》がっ……あっ、ああぁぁぁっ!!」
断末魔の叫びと共に、ハーシュヴァルの声が消えていく。
粉々に砕かれたハーシュヴァルの《核》はそのまま霧消し、同時にそこに漂っていた邪悪な魔力も消えていった。
再び、ドーラはこの国を救った。
しかし、その事実を誰も知らない。
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