私のこれまでの人生



「単刀直入に聞こう。君は、この世界に来た時に、『この世界の、ある程度のことが載っている物語がある』と言っていた。私はずっと、それはこの世界の紹介のようなものであって、主な役職の人物のみだと思っていた。だが君が知っているのは、人物だけではない。起こる出来事も、ではないか?」


 あぁ。

 やっぱり気づいたんだ。

 さすが先生。鋭い。


「……はい。知っていました。ある程度は、ですが」

 私が抑揚よくようなく答えると、先生は言葉を一瞬詰まらせた。


「……なら……エリーゼのことも……私が何をしたのかも、何をしようとしているのかも──」

「知っていました。────最初から──」

「っ!!」


 先生の顔を見上げると、大きく身開かれたアイスブルーがこちらを見ていたようで視線が交差する。

 こんな話、こんな体制でするのもでもないのに、彼の鼓動が私に勇気をくれるようで、今私は不思議と落ち着いている。


「知っていて、なぜ君は私についてきた? 怖くないのか? 幼馴染を私はこの手で殺めたのだぞ?!」


 少しだけ強められた言葉に私は彼の胸へピッタリと額をくっつけて「怖いはずない」と小さくつぶやいた。


「私は貴方の優しさを知っています。強さも、愛情深さも。そんな貴方が、怖いはずないです」

「っ……どうして君は……そこまで……」

 先生のその歪んだ目元からは、理解できない、という感情が見て取れる。


「……少しだけ聞いていただけますか? 私の──これまでの人生のこと」

 困ったように苦笑いしながら先生を見上げる。


 覚悟は決めた。

 あまり、楽しい話ではないけれど。

 この人に聞いてほしい。

 私の、これまでの人生。

 これからの人生。


 私の問いかけに先生もまた真剣な表情を浮かべると、神妙にゆっくりと頷いた。


「──あらためまして、神崎ヒメです」

「知っている」

 間髪入れずに突っ込み、本題へいけと急かす先生。

 せっかちさんめ。


「私はこの世界ではない世界の、日本という国でました。私には両親と、【セナ】という姉がいました」


 【セナ】の名前を出した瞬間、先生の鼓動が、肩が、大きく跳ねて、はっと息を呑む声が聞こえた。


「私には3歳以前の記憶があまり無いし、セナは私が生まれる前に事故で亡くなっているので、詳しくは知らないんですけどね。父母がよく話していたセナは、明るくて、賢くて、何でもできて、皆に愛されて、皆の光で【特別】でした。彼らは、いつもセナの写真を見て話しかけていました。私なんて、いないもののように──」


 先生の服を掴む手にギュッと力が入る。

 今はこうしていないと話せる気がしない。


「私が与えられた役割はセナになること。セナのようになればいつかきっと父と母に愛してもらえる──。だから私必死にセナになろうとしました。明るく元気な、しっかり者のセナ。父と母が話していたセナの通りに振る舞いました。でも……どんなに頑張っても、私はセナになることはできなかった」


 愛に飢えた子どもはそれでも頑張るしかなった。

 来るはずのない、いつかを信じて。


「私は『私を愛して』の言葉も言えないまま、嫌われないように、捨てられないようにひっそりと息をした。──そしてあの日が来ました。7歳の頃でした。私は学校へ行く前に、父母にお守りの鈴を手渡されました。「ヒメが持っていて」と。あの瞬間、あの時だけが、セナではなく私を見てくれた瞬間でした。そして学校から帰って私が見たものは──首をロープで括ってぶら下がった、2人の変わり果てた姿でした」


 私を抱いている先生の右手が硬直するのを感じる。

 こんな重い話だもんね。

 私だってあまり、思い出したいわけではない。

 あの日の記憶。

 二つ並んだ吊り下がったそれは、幼い私にはどういう状況なのか理解するのに時間を要した。


「ぶらりと垂れた父と母の足を手を伸ばして突いても2人とも動かなくて……。私、急いで隣のおばさんの家に助けを求めて……。それから身寄りのなかった私は、福祉施設──ここでいう孤児院のような場所へ入りました。でも、孤児院でも学校でも、特異な目で見られて馴染めなくて……。大学に入ると同時に一人暮らしを始めました」


 幸い、お金は父母が貯めていてくれたようなので、と言って見上げると、何とも言えない表情を浮かべた先生が私を見下ろしていた。


「1人で暮らしていたのか?」

「はい。友人も恋人もいなかったですし、1人ですね」

「1人で、大丈夫だったのか?」


 気遣うような静かな声に、私の方がピクリと震える。


「…………大丈夫……じゃ、なかった。1人は怖くて、寒くて、寂しくて……時々父母の夢を見て──っ!!」


 言葉を紡ぎながらだんだん俯いていく私の顔に、先生の手がそっと添えられた。

 何を言うでもなくただ添えられた手が、大丈夫だと、前をむけと言っているようで私は言葉を続けた。


「でも、そんな時、ある乙女ゲームに出会いました」

「オトメゲーム?」

 あ、そうか、この世界に乙女ゲームなんてないんだ。


「この世界を舞台に攻略キャラと恋をしていくゲームです。その攻略対象者に、レイヴンやレオンティウス様達がいて……。その中でこの世界の出来事が語られるんです」


 それを聞いて私の頬に添えられた手が硬直し、先生は眉を顰めた。


「あ、心配しなくても先生は残念ながら攻略対象者ではなかったので、恋愛してないですよ!!」


 女性嫌いな先生だもんね。

 ゲームとはいえ知らない間に恋愛させられてたらショックよね。

 そう思って弁明するも、先生から帰ってきたのは意外な言葉だった。


「……レイヴンやレオンティウスとは……したのか?」

 低く絞り出された言葉に「はい!?」と思わず声を上げる。

「……いや、何でもない。そのゲームに出会った君は、少しは大丈夫になったのか?」

 眉間の皺をより深くして話を戻す先生に、私は首を傾げながらも続けた。


「はい。そのゲームで先生を知ってその瞬間から私の世界に色が溢れました」

「私?」

 訝しげに私を見る先生に、私は無言で頷く。


「ゲームの先生は、今、私の目の前にいるあなたと同じで、自分にも他人にも厳しくて、でも本当はとても面倒見が良くて、わかりにくいけど優しくて……。先生の一途な愛情を知って、こんなにも誰かを愛せる人がいるんだって、幸せな気持ちになれた」


「……誰かを……愛せる……?」

「ここに転移したあの日、私のやりたいことはすぐに決まりました。先生を絶対に死なせない。先生の幸せのために、私は生きるって。そのためにも、私がエリーゼを蘇らせるって──」

「っ!! 君が私の代わりに死んで……それが私の幸せだと?」


 回された右腕に力がこもり、低い怒気を含んだ声が耳をつく。

 そんな先生に、私はニヤリと笑って答えた。


「私がエリーゼのために死ぬとでも? 私は死にませんよ。先生のためにも、私は生きるんです。何があっても。生きてエリーゼを蘇らせる。私ならそれができます」


 言い切った私に先生が眉を顰める。


「そのために5年間努力を重ねてきたんです」


 毎日積み重ねてきた努力。

 剣を持ったことのなかった私が、魔法を扱ったことのなかった私が、どれほどの努力を重ねてきたか。

 それは修行に付き合ってくれた先生が1番よく知っている。


「確かに君はやりすぎなほど努力を重ねた。今では君の魔力は私と同等かそれ以上になる。だが、それでもあの術を使うには命と引き換えになってしまう」


 苦しげなその表情に、私は再び口を開いた。


「──先生、この国の王は、王位を継ぐ際に王の力を受け継ぐそうです。先生は前王の名をご存知ですか?」


 何の脈絡もなく放たれた言葉に、先生はそれでも律儀に答えた。


「アキ・ヴァス・セイレ前国王陛下だ」

 その答えに、私は首を横に振る。

「アキ・【カンザキ】・ヴァス・セイレが正式な名前だそうです。彼は異世界から転移してきた、本物の転移者だったので」


 大きく見開かれるアイスブルー。

 私は気にすることなく次の問いかけを彼に放つ。


「先生、あらためてお聞きします。私の──名は?」


「!! ──ヒメ・【カンザキ】──……」

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