私と彼の1週間ー6日目ー先生の秘密ー
騎士団本部訓練場が見えてきたその時だった。
ゴーーーーン──。
グローリアスの鐘が鳴り、一斉に校舎から大勢の人が溢れ出す。
生徒達が向かう先を見て「あぁ、ちょうど昼みたいだな」と言ったシルヴァ様が「早くしないと嫉妬深いうちの息子にいじめられてしまうかな?」と揶揄うように続けた。
「だ、だから、私たちはそんなんじゃ……!!」
「シリルがあれだけ熱心に世話を焼く女性なんて、初めて見た」
シルヴァ様、面白いものを見たかのように思い出し笑いするのはやめてください。
「そ、それはシリル君が面倒見がいいから──」
「確かにあの子は面倒見がいいところはあるが、それだけでここまで自分から関わるなんて、ありえないよ。まして女性には……」
そう言われて言葉が詰まる。
確かに、女性にも容赦のない物言いをするシリル君だ。
未来のシリル君──先生を見ていても、その態度は歴然だ。
普段から感情の起伏が少ない先生だけど、言い寄ってくる女性への嫌悪感は隠すことがない。
『失せろ』
『邪魔だ』
『目障りだ』
女性にも容赦のないその凍てついた言葉に、心をへし折られた淑女も少なくはない。
それでもセレーネさんのように諦めることなく突き進む女性もいるんだから、美形は大変だよね。
他人事ながらにそう思う。
それを考えれば、私への扱いは随分と優遇されている。
どうにかして先生のパジャマ姿を写真に収めようと、先生が帰ってくるのを彼のベッドに忍び込んで待ち伏せてみたり(寝落ちして失敗した)
先生の筋肉を一目見ようとシャワールームに忍び込んでみたり(すぐに見つかってロープで縛られ吊るされた)
そんなことしてても、ゴミ虫を見るような目で見られはしても本気で突き放されたことはないし。
──あれ?
私、ろくなことしてないな。
もしかして私かなり気に入られてる方?
いやいや、先生は私が10歳の姿の時から一緒にいるから育ての親とかお兄さんみたいな感じに思ってるのよ、きっと!!
うん、間違いない。
身内枠ってやつだ、身内枠ってやつ。
でも昨夜のシリル君は──。
私の頭の中で昨夜のシリル君との出来事がフラッシュバックされる。
ぎゃぁぁぁぁぁだめ思い出しちゃ!!
「あの、百面相しているところ申し訳ないが、良いのかな? あまり遅れるとシリルに怒られるのでは?」
とまることのない思考の海に溺れかけていた私の意識が一気に浮上した。
「そうだった!!」
グリフォンが指示を待っているのか上空でぐるりと旋回を繰り返している。
どこに降りよう。
「シルヴァ様、グリフォンさん、どこに降りてもらいましょう?」
突然生徒達の前にこんな伝説級の生物が降り立ったら、それこそ大騒動になりそうだし、あまりこの時代で目立ちたくはない。
「訓練場なら今の時間誰もいない。みられはするだろうが、私の方に目がいって、あなたを気にするものは少ないだろう」
「じゃぁそこで!! グリフォンさん、お願いします!!」
私が言うと、グリフォンは一度大きく旋回してから、広い訓練場へと降り立った。
「キュイィィィィ!!」
私たちがグリフォンから降りると、グリフォンは大きな声でひと鳴きする。
「グリフォンさんありがとうございました!! さ、おうちに帰って平和に暮らしてください──あ、ちょっと待って」
私はあることを思い立って、グリフォンの首元へと近寄ると右手のひらを首元へと押し当てた。
そしてゆっくりと魔力を流す。
刹那、淡い光が手から溢れ、グリフォンの首元へ吸い込まれて消えた。
代わりに手を退けた部分には桜の花びらのようなマークが刻まれていた。
「聖魔法を組み込んでおきました。これでちょっとやそっとの瘴気にはやられないはずです。グリフォンさんと一緒にいれば、お仲間の方もその恩恵に預かることができるので、無事なはずですよ」
見上げてふにゃりと笑って言うと、グリフォンはまた「キュイィィィィ」とひと鳴きして、また大空へと舞い上がった。
まるでお礼を言っているかのように瞳は私達の姿を捉えたまま、ぐるりと旋回して西の空へと飛んでいった。
「さよーならー!! グリフォンさん、お元気でー!!」
だんだんと小さくなっていく巨体に向かって私はブンブンと大きく手を振った。
いつかまた、平和になった後に会いたいなぁ。
「すっかり遅くなってしまったな」
「ですねぇ。仕方ない、怒られきます」
私はこれから行われるであろうシリル君からのお仕置きに、苦笑いしながらも身を奮わせる。
まだ優しくて可愛気のあるシリル君だ。
「きっと先生みたいに大人気ないことはしない……はず」
私が先生に受けた数々の仕打ちを思い出して遠くを見つめていると、
「一体未来の息子はあなたに何を……」
とシルヴァ様が頬をひきつらせた。
「え、床の上に正座させたうえ、膝の上に分厚い本を置いてそのまま小一時間お説教をされたり」
「……」
「ロープでぐるぐる巻にしたうえ、木に吊るされたり」
「……」
「ぁ、無言で重石をつけられて、湖に突き落とされそうになったことも……」
「……」
私が先生が行った数々の仕打ちを挙げていくと、シルヴァ様は若干顔を引き攣らせながら、
「仮にも女性になんて事を……いやでも、いくらシリルでもそんな……」とつぶやいた。
「いや、事実です」
シルヴァ様の信じたくない気持ちを木っ端微塵に打ち砕く。
意外と大人気ないんです、未来のあなたの息子さん。
「でも大丈夫!! 愛ゆえですから!!」
きっと!!
そうだと思いたい!!
「……ヒメ嬢。少し耳を──」
そう言って私の耳元に端正なお顔を近づけ、ゴニョゴニョと耳打ちするシルヴァ様。
「!!」
なん……だと……!?
それを聞いた私は、あまりの衝撃に思わずフリーズしてしまった。
「もし辛い目にあったら、これを思い出すといい。なんなら本人に言ってみたって構わない」
悪戯っぽく笑ってから
「じゃ、また明日。明日はあなたに会える最後の日だ。何があっても行くと約束する」
そう言って爽やかに手を振り、騎士団本部へと帰っていった。
「先生の秘密の情報……ゲットしちゃった……!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます