【Sideシリル(15歳)】とある公爵令息の敬愛
彼女と出会って三日目。
昨日の彼女の戦いに興味を持った私は、彼女に魔法について教えを乞うた。
図書室で自分でも調べてはみているものの、よくわからない理論が多くて行き詰まっていたところだったからだ。
彼女に聞いたのは正解だった。
丁寧な説明、具体性のある提案。
そしてそれは彼女自身の経験という根拠に基づいているからかとても理解しやすい。
同級生に聞いたとしても、私の言っていることはほとんど通じないだろう。
昨日の夕飯時に年齢を聞くと、彼女は私と同い年だと言う。
同じ年齢にもかかわらずこの博識さ。
中身は変態だが、知識を得るにはありがたい存在だ。
私はどうしても悩んでいた魔法剣について尋ねようと、魔術書を見せる。
一向に言葉が返って来ないので、何かあったのだろうかとすぐ隣の彼女をチラリと見ると──。
ニマニマと不気味な笑みを浮かべてこちらを見るヒメの顔。
なんだこいつは。
賢いのか?
それともただの馬鹿なのか?
だが彼女は我に帰るとすぐに私の問いにまたも的確に答えた。
「ここは私も苦労しました!! 魔力量が増えるまでは、力を流すスピードを一定に保つと少し維持できるようになりますよ!!」
一定に保つ。
そんなこと意識したことはなかった。
膨大に流れるもの《魔力》をただ流していただけだったから。
でもそうか、だからすぐに維持できなくなるのか。
そんな彼女はこれから訓練場で練習しようと提案すると、私は彼女に引きずられるようにして図書室を後にすることになった。
その後フォース学園長に使用許可を取りに行った時のことなんて、思い出したくもない。
無駄に暖かい笑みを浮かべて使用許可を出したフォース学園長は、私と彼女の距離感を絶対楽しんでいたに違いない。
そしてしばらくの間、私たちはグローリアス学園の訓練場で二人、訓練をした。
魔力の流れを見てもらうために両手を彼女に握られるのを最初は全力で拒否したが、やっていくにつれてそんなこと全く気にならなくなった。
予想以上に集中力と精神力、魔力を使う作業で、手を繋いでいるとか気にする余裕など無くなったのだ。
私が彼女に、ここにいるまでの間の訓練を付き合ってもらえないかと頼むと、またも不気味な笑みを浮かべて脳内で一人暴走し始めた。
「むしろご褒美です!!」
そう言って勢いよく私の両手を取った彼女に驚き、少しだけ距離を取ってしまった。
不快な思いをさせただろうか、とらしくないことを考えていると、彼女は私に謝罪の言葉を述べた。
「ごめんなさい。シリル君、女嫌いでしたね」
そう申し訳なさそうに眉を下げるヒメ。
なんで知ってるんだ。
私と彼女はまだ出会って3日目だというのに。
確かに私の人間嫌い、女性嫌いは有名ではあるのだろうが……。
彼女がそれを知っているのは、有名だから、ではない気がする。
まぁ、別にその理由を聞いたところで何になるわけでもないが。
そういえばヒメのことは最初から女性としてきちんと認識している。
人参やカボチャだと思ったことはない。
まぁ、出会いが出会いだったからというのもあるのかもしれないけれど。
あぁ……思い出すのはやめよう。
彼女はその後も、私の手袋のことや、私服の色についてまでもたずねてきた。
色のことはあまり言いたくなかったが、彼女には貴重な知恵を授けてもらったし、有意義な訓練まで付き合ってくれたという恩もある。
色の理由を教えるとなぜかものすごく驚かれたが、馬鹿にされることはなかった。
礼代わりに他に聞きたいことはないのかとたずねると、再び彼女は目を丸くした。
「あまり詮索されるのは好きじゃないように思っていたので」
そう返したヒメは、意外と気遣いのできる人間のようだ。
それに、私のことをよくわかっている。
まぁ、相手が変態人間なだけに、なぜ知っているのかはあまり知りたくはないが。
特に聞きたいこともなさそうだったので、私から一つその強さの理由を尋ねた。
魔法剣の維持力、魔力量、剣術。
どれも最高クラスだ。
すでに現騎士団長である父上より強い力を持つ私よりも、もっともっと強い。
こんな馬鹿そうなのに。
このレベルになるまで、私以上に努力を重ねたことは言わずともわかる。
朝も昼も夜も、きっと寝る間を惜しんで訓練を続けたのだろう。
そうまでして力を得た理由が、なんとなく気になったのだ。
しばらく無言のまま動かないヒメ。
しまった、聞いてはまずいものだったか。
そう思ってすぐに忘れてくれと言うが、その後こぼされた彼女の呟きに、私は息を呑んだ。
「……大切な人の幸せのために」
静かで、穏やかな声だった。
「私に生きる力をくれた人。不器用だけどとても暖かくて優しい人──」
じっと見つめてくるローズクォーツ色の綺麗な瞳から、私も目を離すことができない。
不思議な瞳だ。
「その人は、とっても大変な道を歩もうとしています。自分を犠牲にして……。私は、その人が幸せになれないなんて、そんなの絶対に嫌。だから、その人が幸せになるためにも、強くなる必要があったんです。私にとって1番の幸せは、先生が幸せになること。だから私は──」
いつものふざけたような笑みとは違うヒメの穏やかな笑みに、少しだけ戸惑う。
『先生』と口にする彼女の表情はとても穏やかで、それでいて何か幸せなことでも思い出しているような。
目は合っているのに、その瞳に映っているのは私ではない誰かのようだ。
先生──それが彼女をこんな表情にしているのだろうか。
そこまでの努力をするほど、その先生とやらを好いているということか。
少しだけ胸にちくりとした何かを感じる。
なんであれ、彼女がここまで強くなったその努力は素晴らしい。
正直、同年代の女性でこんなにも尊敬に値する人間がいるとは思わなかった。
私が彼女に尊敬の念を伝えると、いきなり「シリル君!! 大好きです!!」と言いながら勢いよく抱きついてきたヒメの頭を手帳で叩く。
それでも幸せそうに妙なニマニマ顔でこちらを見つめるヒメ。
なんだ。
なんなんだこの女性は。
未だ得体の知れないヒメに、今日も思い切り振り回される。
だけどこの時間が、そんなに悪くないと思い始めているのは、ヒメには絶対に言わない。
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