キャパオーバー
先生の顔が徐々に近づいてきて、唇が重なるまであと数センチ──というところで──。
「うっわ、何これ素敵じゃない!!」
「あぁ!! なんだこれ、見たことない花だな!!」
とてつもなく賑やかな2つの声に、私と先生の意識が浮上する。
「っ!!」
「!!!」
至近距離で視線が絡み合い、私たちはどちらからともなっくバッと勢いよく距離を取った。
今……キス、しそうだった……?
なんで!?
先生の大きな手の温もりが未だ残る頬に、そっと自分の手を添える。
「貴様ら……」
低く唸るような声を出しながら、先生がレイヴンとレオンティウス様を睨みつける。
何か……怒ってる?
「ヒメ、シリル、おかえりなさい。すごく素敵ね、これ。何て花?」
レオンティウス様が色気を大放出させ、うっとりと桜を見上げながら尋ねる。
「桜っていうんです。私が記憶を頼りに魔法で作りました」
「へぇ。さっすが、全属性持ち《オールエレメンター》だな」
感心したようにレイヴンが笑いながら私の頭をガシガシと乱暴に撫でた。
「これは、ヒメの世界の花なの?」
レオンティウス様の何気なく発せられた言葉に「へ?」と私の間の抜けた声が漏れる。
私、この世界の人間じゃないって言ったっけ?
私の認識では、知っているのは先生とフォース学園長だけ、だったような。
戸惑い言葉を無くす私を見て、レイヴンが口を開いた。
「お前は他の世界から来たんだろう? とっくに知ってるよ」
はい!?
知っている……だと!?
「なんで……」
「5年前、コルト村での事件があった後、フォース学園長に聞いた。お前のそばにいる俺たちには話しておくってさ」
「ふふ、黙っててごめんなさいね」
バツが悪そうに頭をかきながら言うレイヴンとは対照的に、楽しそうに微笑むレオンティウス様。
何その5年越しの告白。
「で、君たちはなぜここに?」
眉間に皺を寄せたまま先生が尋ねる。
「あぁ……。帰って早々に悪いんだけど、緊急騎士団会議よ。例の国についてね」
真剣な表情に変え、声を潜めて言うレオンティウス様に、先生の眉がピクリと跳ねる。
例の国──グレミア公国か。
「わかった。すぐ行く」
そう言うと先生は、名残惜しそうにもう一度頭上の桜の花を見上げた。
「先生、大丈夫ですよ。流石にもう初夏なので、長くは持ちませんが、明日まではおそらくまだ満開です」
「……あぁ、わかった。カンザキ、せっかく【サクラ】を作ってもらったのにすまない。──行くぞ、レオンティウス、レイブン」
先生は律儀に謝罪をしてから、私に背を向け歩き始めた。
「またね、ヒメ」
「しっかり休めよ」
そう言って3人とも聖域を後にした。
私はというと────……
「…………キャパオーバーです……先生」
ここ数日の甘い展開に今更ダメージを受け、しばらく呆然と桜の木の下で立ちつくすのだった──。
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