5年目のカナレア祭ー孤児院改革ー



 リンリン──。


「いらっしゃいませー」

 

 【眼鏡をかけた、くるんと曲がった髭が特徴のくまさんマークのパン屋さん】に入るとクレアが愛想の良い顔で出迎えてくれた。

 私たちだと気付くなり「なんだ、あんたたちか」といつもの表情に戻ったけれど。


「お疲れ様です、クレア」

「ありがと、ヒメ」

 そう言いなが手際よく私の好きなクマの形のパンをトレイに二つ乗せ、オレンジジュースと共に私に手渡してくれるクレア。

「はい、これは私からのおごり。アステルもカナリンお疲れ」

 知ってたのか、カナリンの秘密を……!!

「おう。ありがとな」

 そう言うとアステルは私の手からトレイを取り、近くのテーブル席へと運んでくれた。

 私もアステルに続いて、テーブル席に行って椅子に座る。


 オレンジジュースを一口飲み喉を潤わせると、クレアが自分の分のパンとジュースを持ってきて隣に腰を下ろした。


「で、あんたたちもデート?」

「ぶふぅぅぅぅぅっ!!」

 私は勢いよく口に含んだばかりのものを吹き出した。

「うわっ!! きったねぇな!!」

 オレンジに染まったアステルが悲鳴とともに立ち上がる。

「すみません、つい」

 そう言いながら私は、浄化魔法で吹き出したものを綺麗にする。

 もちろんアステルのオレンジ色に染まった白いシャツも元通りにしておく。


「ごほんっ。私はクロスフォード先生一筋なんで!!」

「あー、はいはい。そうだったわね」

 面倒くさそうに聞き流すクレア。

 お決まりのセリフではあるけれど事実なのに。


「でも、あんたたち“も”って?」

「あぁ、メルヴェラとラウルよ。二人でデートしてからここに来るって言ってたわよ」

 どうやら二人とも仲良くやっているようで、聞いているこっちまで嬉しくなる。

 我が子の恋愛を陰から見守るような、そんな気分だ。


「ごきげんよう」

「あ、噂をすれば」

 メルヴィとラウルが手をつないで来店すると、クレアはニマニマとした笑顔を向けて「いらっしゃい、お二人さん」と歓迎した。


「まぁ、ヒメとアステルも来ていたのですね。学園ぶりですわね」

 メルヴィがラウルのエスコートで席につく。

「ありがとうございます」「いいえ」と微笑み合う二人は、本当に仲が良さそう。

「お久しぶりですメルヴィ。ラウルも。元気そうで何よりです!!」

「はい。ヒメも、お元気そうでよかった」

 ラウルも席につくと、クレアが二人にオレンジジュースとくまパンを持ってくる。

「二人もよかったらどうぞ」

「ありがとうございます、クレア」


 皆で揃って話をしながら食べていると、リンリン──とベルが鳴って、クレアの両親が店に入ってきた。


 おじさんの腕には大きな袋が二つ。

 買い出しに行っていたようだ。


「おや、皆さん、ようこそ。ヒメちゃん、久しぶりだね」

 おじさんが目尻の皺を深くしながらにっこりと笑った。

「はい!! お久しぶりです。今年も来ちゃいました」

「いつもうちのパンを贔屓にしてくれてありがとう。ゼノのことも。ヒメちゃんには助けられてばかりだわ」

 おばさんがおじさんから荷物を受け取るとカウンターの裏にどさっと下ろしながら言う。

 

 すっかりこの店のパンに惚れ込んでしまった私は、グローリアス学園にいても時々パンを配達してもらっている。

 私の伝達魔法「鶴の恩返し」で注文すればすぐに包んで、返信用に同封した鶴にくくりつけて配達してくれる。

 ありがたいことだ。


「ゼノは頑張っていますか?」

「えぇ。もうすっかり仕事も覚えて、一人で店番も任せられるほどよ」

 クレアが自慢げに言う。


 ゼノというのは、孤児院に住んでいる13歳の男の子だ。

 クレアが学園に行っている間の人手が足りないこのパン屋で働いてくれている。


 18歳で施設を出る前に、何らかのサポートをしてあげれば、少し社会に出ていきやすくなるのではないかという思いから、私は孤児院改革を進めた。

 領主でもあるクロスフォード先生の手を借りながら。


 これは私がした孤児院改革の一つ【就職支援】だ。


 とりあえず、孤児院から近いこのコルト村で人手が足りずに困っているところへ、希望者には手伝いとして仕事をしてもらうのだ。


 そして孤児院を出る18歳までに経験を積み、ある程度のスキルを身につけ、スムーズに社会に出ることができるようにしていく。

 そのままお手伝い先に就職する子もいれば、知識を活かして他の地に移り住みそこで就職する子もいる。

 5年で一定の成果は出始めたけれど、まだまだこれからだ。

 けれど自立ができれば、これからの人生を生きていくのに大きな力になるだろう。


「お、おじさん、おばさん、おかえり」

 そう言いながら奥から出てきた少し幼い顔立ちの丸眼鏡をかけた少年は、私に気づくと「あ、ヒメ。いらっしゃい」と言って笑った。

 この子がゼノだ。

 穏やかで人懐こくて、接客業にも向いているだろうと私が紹介した。


「ゼノ、こんにちは。お仕事頑張っているようですね」

 そう言って頭を撫でてやるとゼノは顔を赤くして私の手を振り払う。

「ぼ、僕ももう子供じゃないんですから、それはやめてください」

 2歳しか違わないにしても私にとってはまだまだ子どもなのになぁ。

 子どもの成長は嬉しい反面、少し寂しいものだ。


「さて、父さんと母さんも帰ってきたことだし、そろそろ皆でカナレア祭回らない?」

 クレアがパンッと手を叩いて立ち上がる。

「そうですね、せっかくですし」

「そうと決まれば、ゼノ、店番よろしく!!」

「はい。クレア、ヒメ、皆さんも、お気をつけて」


 私たちはクレアのパン屋さんから出ると、たくさんの屋台で美味しいものを買い、食べ歩きを楽しんだ。


 【名前も味もその通りなのに色が赤いフライドポテト】や【ビー玉サイズのりんご飴】。

 【チョコバナナ】に【虹色の綿菓子】……。

 たくさんの美味しいものたちに、私たちのテンションも上がる。

 


 大勢の友達と回るお祭りがこんなにも楽しいだなんて。

 初めての体験に少しくすぐったくなりながらも、私はこの状況を楽しんだ。


「お前、よく入るな、その身体に」

 言いながら私を上から下までジロジロと舐め回すようにみるアステル。


「アステル変態です!!」

「いや、変態に変態って言われたくねぇよ!!」

 むぅ。失礼な。


「変態とは失礼なっ。私のどこが変態だって言うんですかぁっ!!」

 持っていた【鳥の原型そのまま焼き鳥】の手をもぐっと口に入れる。

 ん、美味しい。


「え、いや」

「どこがって……」

 呆れ顔で私を見るアステルとラウル。

 メルヴィはふふふ、とおっとりとした笑顔を私に向けて見守っている。


「まぁ、普通の子なら、魔物にまでクロスフォード先生について熱く語ったり、転写魔法で先生の顔をノートやバッグに転写させてニヤニヤ見つめたりはしないわよ、変態娘」


 辛辣!!

 クレアの言葉がグサグサと私に刺さる。


「仕方ないです。先生が可愛いから悪いんですっ」


 私が胸を張ってそう言うと、その場が凍りついた。


「……俺、何も聞かなかったことにするわ」

「私も」

「私もそうさせていただきますわ」

「僕も……」



 ……解せぬ。

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