燻る闇


 バタバタと日々は過ぎ、夏休みに入ったこのグローリアス学園には生徒は今私一人だ。

 皆、それぞれの家に帰って行ってしまった。

 少し寂しさを感じながらも、私はまた毎朝先生と食事を取る喜びを噛み締める。


「朝から行くのか?」

 先生がカップを口元に持っていきながらたずねる。

 コーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。

「はい!! 食べ終わったら行ってきますね!! 明後日の朝には帰るので、またお手合わせよろしくお願いします」


 今日はついに年に一度の楽しみ、カナレア祭の日。

 3日間を通して行われるこのお祭り。

 毎年修行をおろそかにしないように1日のみ参加して帰るのだけれど「たまにはめいいっぱい羽を伸ばしておいで」というフォース学園長の勧めで、今年は2泊3日の予定だ。


「3日目も1日いても良いんだぞ」

「いえ!! お祭りも楽しみですが、先生に会えない日が続くと禁断症状が出るので!! 3日目の朝きっかりに帰らせていただきます!!」

 被り気味にそう言うと、頬を引き攣らせて「そうか」とコーヒーを一飲みする先生。

 先生に会えない日が続くなんて、私にとっては死活問題だ。

 それに、あと少しなんだ。

 修行を疎かにするわけにはいかない。


「先生、私がいなくて寂しいですか?」

「いや、静かでいい」

「またまたぁ。たまには素直になってくれても良いんですよ?」

「いや、本心だ」

「一人で寝るの、寂しいでしょう?」

「っ!! 誤解を招くようなことを言うな変態」


 あぁ、この感じ。

 懐かしい日常だわ。

 入学してからは基本クレア達と食事をとっていた私にとって、この先生との久々の時間が幸せすぎる。


「相変わらず仲が良いわね」

 声がして振り返ると、レオンティウス様とレイヴン、そしてアレンの3人組が立っていた。

 バタバタと忙しく動かれているレオンティウス様に会うのは久しぶりだ。

 私は嬉しくなって「レオンティウス様!! お隣どうぞ!!」と隣の椅子をぽんぽんと叩いてすすめる。

「ふふっ。ありがとう」

 そう言いながら私の隣に座ると、レオンティウス様は私の右手をスッと取り、ムニムニと揉んでいく。


「あ、あの、レオンティウス様?」

「あぁ……これよこれ。癒しだわ……」

 疲れている。

 レオンティウス様がすごく疲れている……!!

 表面的にはいつものキラキラした麗しのオネエだけれど、声に覇気がない。


「あんまうちのご主人様にベタベタしてると切るぞ、レオン」

 ついに私をご主人様呼びし始めたレイヴンが向かいの先生の隣に腰を下ろす。

「そうだね。セクハラ、って言うらしいよ、レオン」

 アレンも私と先生の間に腰を下ろしながら言う。


「良いのよ!! ていうか、私がセクハラならヒメなんて今頃騎士団に捕縛されて切られてるわよ!!」

「ちょっ!! どう言う意味ですか!?」

 私はただ先生への愛を日々本人と周りの人間、魔物に語っているだけだと言うのに。

 解せぬ。


「あれ? アレン、どうしたんですか? 目の下に隈が……」

 私がふとアレンを見ると、くっきりと目の下に隈が浮かんでいることに気づいた。

「あぁ、ちょっと、最近夢見が悪くて。あまり眠れてないんだ」

 そう言って力無く笑って答えるアレン。

「夢って、どんな?」

「真っ暗なんだ。闇の中にいるみたいな。ひきづり込まれそうになって、必死でもがいて起きる。毎日その繰り返しなんだ」


 闇の中──。

 まさか、闇が侵食し始めている?

 魔王が力を持とうと蠢いているって言うこと?

 冗談じゃない。

 させてたまるか。


 私は机の上でぎゅっと組まれたアレンの手に、そっと手を添える。

「アレン。大丈夫です。それは夢です」

 じっと彼の綺麗なアメジストの瞳を見つめて、ゆっくりと自分の聖魔法を乗せた魔力を流す。

「これは?」

「飲まれそうな時、これがアレンを守ってくれます。誰にも侵されることのない、私のとっておきの光ですよ」

 ふにゃりと笑ってアレンに言うと、アレンは不思議そうに自身の手を見てからふわりと微笑んだ。

「そっか……。ありがとう。ヒメが言うなら、そうなんだろうね」

 

 ほのぼのと暖かい空気が流れる。

 アレンのふんわりとした暖かさを、魔王なんかに奪わせてなるもんですか。

 もうすぐアレンのことも幸せにできるんだから。


「そういやヒメ、お前今日また行くのか? コルト村に」

 レイヴンが肉にかぶりつきながらモゴモゴとしゃべる。

 よく朝からステーキ肉なんか食べられるな、この人。

「えぇ、もちろん。食べ終わったらすぐに出発します!! 今年は2泊3日ですよ!!」

 えっへんと胸を張ると、レイヴンがフォークに刺していたステーキ肉をポトリと落とし、目を大きく開いてこちらを凝視した。


「おまえ一人で!? いや、そりゃねぇか。はっ!! まさか男と一緒とかじゃないだろうな!?」

 とんでもない誤解に私はぶんぶんと首を横に振る。

「違いますよっ!! 一人に決まってるじゃないですかっ!!」

「一人で泊まりがけって、危険じゃねぇか!?」

「そうねぇ、近頃物騒だし……」

 

 でた。

 うちの過保護な大人達。

「レイヴンが一緒にいるよりは遥かに安全です」

 私がそう言ってやると「確かに」とレオンティウス様が深く頷いた。


「これももう子どもではない。大丈夫だろう。カンザキ、わかっているだろうが、くれぐれも面倒ごとを起こすな」

「信じてくれてるんですか信じてくれてないんですかどっち!?」

 多分後者だ。


「ふっ……、気をつけて行ってこい」

 小さく笑いながらそう言うと、先生は私の頭にポンと大きくて筋張った手を置いて、食堂を後にした。

 突然のデレにぽかんと口を開けたまま固まる私。

 そして驚きに目を大きく見開く男達。


「デレたな」

「デレたわね」

「あんなシリル、初めて見たよ」


 先生、いつもどれだけ仏頂面で過ごしてるんだ……。


「でもまぁ、本当に気をつけて行ってきなさいね?」

 私の髪を指先でいじりながら、少しだけ心配そうに私を見つめるレオンティウス様。


「はい!! 気をつけて、行ってきます!!」


 私は心配させないように、なるべく元気な声でそう返した。


 それでも心配そうに揺れるレオンティウス様の青い瞳だけが、私の心をとどまらせるのだった。

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