第127話 ちょうどその頃は脂がのってて特に美味しいですよ!

「えっ! それじゃエリスさんって皇太孫殿下のお妃になるの!」


「そうだよ。クライブ殿下の準備が整ってからになるから、再来年くらいかな。だから、今は殿下の婚約者だね」


 私たちはアレンに操船を任せて、お茶を飲みながら乙女話に花を咲かしている。


「将来の王妃様か……その格好じゃ誰もわからないよ」


 今日の私とエリスとユッテの服装は動きやすい格好。いわゆる作業服みたいなものを着ている。見ただけで私たちの身分を分かる人はいないだろう。


「いいのです。今の私はティナ様のメイド。それ以上でもそれ以下でもありません」


「そうは言っても……ユッテ、大変だね」


 ユッテはクリスタの問いに無言で頷いた。


「ところでクリスタ。他はどんな漁をしているの?」


「魚によって違うけど海に潜って貝を採ったり、沖で一本釣りしたりもするよ。あ、アレン様、もう少し右に向かってください」


「え? 右? クリスタちゃん、陸はまっすぐだよ。右に向かうと岬の方に行っちゃわない?」


 岬というのは、さっきクリスタがいった魚群を探した見張りがいるところだ。私たちが出航した小屋の辺りはここからだと岬の左側だから、アレンが言うように右に向かうのは不安になるよね。


「沖の方は潮が南から北に向かって流れているのですが、ここから先が逆向きになってます。そのまま進むと流されて、戻るのに苦労するんですよ」


 さすがは海の女、このあたりの海は知り尽くしているって感じだな。


「わかった。クリスタの言う通りにやってみるよ」


 それからアレンは岬を目掛けて船を漕いでいく。船はまっすぐ岬を向いているはずなのに、しばらくすると左の陸地の方に向かっていた。


「クリスタの言った通りだね。ちゃんと小屋に近づいているよ」


「でしょう。このあたりのことなら私に任せて! と言いたいところだけど、船乗っている人はみんな知っているんだよ」


 船に乗って流されたら命にかかわることもある。こちらに住んでいる人にとっては当たり前の知識なんだろう。もしかしたら、私たちだけで船に乗ることもあるかもしれないから、今度ちゃんと教えてもらおう。





「そうだ、クリスタ。冬になったら王国の艦隊がこっちに来るかもしれないんだ。言うの忘れてた」


 もうすぐ陸地というところになって思い出した。いきなり王国の軍艦が現れて驚いたらいけないから、クリスタたちに教えておこうってアレンと話していたんだった。


「へぇー、珍しいね。私も、一、二度しかみたことないよ」


 クリスタは確か14才だ。それにメルギルから出たことが無いとも言っていたから、十数年の間に王国の海軍が来たのはほんの数回だったのかな。


「ねえ、クリスタちゃん。軍艦が来たらどこに停泊させたらいいと思う?」


「軍艦って結構大きかったですよね……前見た時は嵐の時に沖合で避難していた時でしたが、停泊するとなると潮の流れが速いのでお勧めできません。もう、この辺りでいいんじゃないですか海も深いですよ」


 もしかしてアレンは、ハンス船長にどこに船を泊めたらいいか教えるつもりなのかな。ほんとにここに停泊できるのなら、沖合に停泊するより小舟での移動も楽だよね。船員さんたちも喜ぶよ。


「ちなみに大きな船はどのあたりまでいけそう?」


「ここから左側は遠浅になっているので難しいかな。岬の先の方は結構深いからそっちならかなり近くまでいけると思います」


 ほぉー、そんなことまでって、そういえばクリスタたちは海に潜るって言っていた。海の中の地形も知っているのかもしれない。


「ありがとう、参考になったよ。それと、方角はこのままでいいのかな。もう流されなくなったみたいだけど」


「あ、はい。ここからはまっすぐ向かって大丈夫です。あの小屋を目指して漕いでください」


 改めて陸地を見ると、小屋の形がはっきりとわかるようになっていた。









「もう、食べられない。アレンは?」


「しばらく魚はいいかな」


 陸に着いた私たちに、クリスタのお母さんが獲れたばかりのマクレーを料理するけど食べていかないかと聞かれた。当然返事は決まっていて、みんなでご相伴にあずかることになったのだ。


 出てきた料理は様々で、焼いたものや煮付けたものだけでなく、獲れたては生も大丈夫と言うことでなんと刺身も出てきた。王都で出てくるマクレーはすべて火に通されたものばかりだったから、最初はほんとに大丈夫かとドキドキしながら頂いたんだよね。


「どれも美味しかったけど、やっぱりお刺身が一番だった」


 焼いたものもよかったけど、お刺身の甘みに驚いた。生だと全然味が違うんだよ。


「私は野菜と和えたものが酸味が効いててよかったです」


 うん、あれも美味しかった。お酢が入っていたのかな、エリスは酸っぱいの好きだもんね。


「焼いたものもいつもと違った気がしました」


 ユッテの言う通り、味が違った。脂の乗りとかの違いなのかな?


「そうでしょう。ここで獲れるマクレーはおいしいんだよ! でも、マクレーって王都でも獲れるんでしょう? おいしくないの?」


 王都のマクレーも美味しいんだけど、その美味しさの度合いが違うようなのだ。


「もしかしたら、海流の影響なのかな……」


 お腹をさすっているアレンが呟いた。


「海流?」


「うん、クリスタちゃんがメルギルの沖合は海流の流れが速いって言っていたから、そこで育った魚だから違うのかも」


 王都のマクレーと運動量が違うってことかな。


「クライブ様にも食べていただきたいです」


「そうだね。寄ってくれたらいいんだけど……」


「……ハンス船長に頼んで寄ってもらおうか。クリスタちゃん、艦隊の人全員に食べさせたいんだけど大丈夫かな?」


「艦隊って、どれくらいの人がいるんですか?」


 どれくらいかなぁ。確か私たちが乗った船は50人ちょっといたと思う。


「たぶん五隻くらいのはずだから、300人前後だと思うよ」


「天気次第ですけど、それくらいなら平気です。冬に来るんでしたよね。ちょうどその頃は脂がのってて特に美味しいですよ!」


 海軍のお兄さんたちにも味わってもらえそうだ。

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