第104話 えっ! もしかして、旦那様は〇〇の権利をお持ちでないんですか?
「うっわぁー! ほら、アレン見て! 海がきれい!」
南東の斜面を進んでいた私たちの目の前の森が開け、アレン側のドアの窓からは濃い青が
「ふわぁぁー。海? それならもうすぐ着くのかな」
馬車の揺れにも慣れて、うつらうつらとしていたアレンは寝ぼけまなこをこすりながら外を見ている。
「へぇー、カチヤとは違った青なんだ。ねえ、ルーカス。どこかこのあたりが見渡せるところで止まってもらうことってできる?」
ルーカスさんはアレンに一礼して、馬車のドア側の窓を開け、馬に乗って並走している近衛兵さんに事の次第を伝えた。
「場所を探してもらっております。今しばらくお待ちください」
しばらくして、馬車が止まった場所で降りた私たちの目の前には、青と緑のコントラストが美しい雄大な景色が広がっていた。
「まだ見晴らしがいいところがあるのかもしれませんが、急な事でしたのでこの場所でご勘弁ください」
「いえ、十分過ぎます。ねえ、アレン」
「うん、ここなら領地がよく見える……」
私たちがいるのは山沿いの道の右カーブのところ。道下に木が生えてないので、メルギルの町とその周りの様子も見ることができた。
「あれがメルギルかな…………なんだか、思ってたよりも小さいかも」
海のそばに建物が集まっている場所があった。そのほかは点々とした感じだから、たぶんあそこがメルギルだと思う。新しいカペル領はカチヤの時に比べて領地は広いんだけど、町の規模は半分くらいかもしれない。
「でも、平地は多いね。あれは畑かな? いや米のあとか。あぜ道がある。川は流れているけど、水はどうしているんだろう。それにここからじゃよく見えないけど、海で漁をしているのかもしれないね。小さな船が沖合に
最初海のそばの町と聞いていたから、カチヤのように
「うん! やっぱりいい場所みたいだね」
アレンの言う通り、穏やかそうで平和なところのように見える。こういう時の第一印象は大事だと言うけど、それに関しては満点と言っていいかもしれない。
「あれ? 南部の他の領主さんたちが、メルギルを欲しがらなかった理由って何だっけ?」
これだけの広さの土地があって農業ができるのなら、十分だと思うんだけど……
「父の話だと、馬や羊を飼えないという理由だったようです」
そうだ、馬車の中でルーカスさんが説明してくれたんだった。
「きっと、南部の他の領地の人たちの間では放牧できるかどうかが重要で、農業にはそこまで力が入っていないのかもしれないね」
ここから見える範囲に草原みたいなものは無く、農地と森が広がっている。確か地図によると、ここ以外の領地も山や森だったと思うから、この領地はあまり放牧には向いてないのかもしれない。
「お二人ともよろしいですか? それでは、そろそろ参りましょう。早く行かないと日が落ちてしまいます」
私たちは馬車に乗り込み、メルギルに向かって出発した。
山を下り、平野に出て、田んぼの間のあぜ道を通り、海の方へと向かう。このあたりになると急に道がよくなって、馬車が揺れることもなくなってきた。
どうしてだろうと呟いたら、ユッテが『農作業で荷馬車を使うから道を良くしているんじゃないですか』って言っていた。
「灌漑はできているんだね」
「かんがい?」
「うん、山からはよく見えなかったんだけど、田んぼに水が流れるように用水路をうまく作っている」
アレンが指さす先には、高い位置にある川から田んぼに向かって流れる小川みたいなものがあった。
「これがあるとお米がたくさんとれたりするの?」
「たぶんね。ボクも本でしか見てないんだけど……。ん? そうだ、こういうのはユッテちゃんが詳しいんじゃないかな」
「あ、はい、アレン様。……そうですね、水が使えるのなら用水路を広げることで田んぼや畑を増やすことができるので、収穫量は増えてくると思います」
「へぇー、それじゃ、たくさん作って余ったら他の町に売ることもできるんだね。みんながクルを食べるようになったら、きっとお米を欲しくなるはずだよ」
他の南部の人たちが放牧を中心にやっているのなら、お米はあまり食べてないと思う。でもクルを食べるようになったらご飯は必須だからね。
「お米じゃなくても麦でパンを作って食べるかもしれないけど、そうなる可能性はあるかな」
そういえば、ナンで食べたカレーも美味しかった。あれはたしかパンの一種だ。
「それじゃ、今のうちから田んぼを増やす準備を進めておくの?」
こちらでは米を収穫したあとに麦を植えているみたいだから、田んぼを作ったらお米も麦もとれるはずだ。ただ今見た感じだと、田んぼになってないところは木が生えてたりするから、お米を植えられるようになるまでに時間がかかりそうだ。
「あ、あの、ただ、こういう水って勝手には使えないんですけど……。あ、そうかご領主である旦那様が管理をされてますから心配いらないですよね。余計なお世話でした」
ユッテはテヘペロという感じで舌を出している。ユッテも私と同い年なんだけど、ちょっとした仕草がなんだか可愛らしいんだよね。しかし、水か……そう言えば、お父さんからの手紙で読んだ記憶がない。
「ねえ、アレン。王家からの資料に載ってた?」
私の質問に対しアレンは首をかしげながら……
「水だよね。確か、前の領主から王家に移行するときにうまくいかなかったって書いてたような気がする」
「えっ! もしかして、旦那様は水の権利をお持ちでないんですか?」
ユッテのこの驚きよう、もしかしてそんなに大変な事なの?
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