第84話 一条の光

 闇に浮かぶ赤い瞳を怒りに染め、黒竜が口から煙を燻ぶらせる。


 そんな怪物を前に、錬は魔石銃で狙いを付けていた。


 だがトリガーを引いても魔法は出ない。先ほど三属性の魔弾を撃ったため、魔石が枯渇しているのだ。


「レン様……」


 不安そうにつぶやいたのはメリナだ。騎竜の手綱を握り締め、身を震わせている。


 追撃がないと見て、魔獣部隊の隊長が安堵の息をついた。


「ふぅ、脅かしやがって! てめぇの魔法なんざ効かねぇんだよ!」


 再び黒竜が口を開いた。


 鼓膜を震わす高音とともに魔法陣が浮かび上がり、光球が肥大化してゆく。だがそれにより魔光石回路もまた輝きを増し、魔石に魔力が充填されていく。


「今だ!」


 まさにブレスが放たれるかというタイミングで、錬が魔弾を黒竜の口内へ叩き込む。


 再び黒竜の悲鳴が闇夜に轟き、巨体で大地が揺れた。


「誰の魔法が効かないって?」


「く、くそっ! どうなってやがる!?」


 隊長は表情を引きつらせる。


 黒竜もまた焦りを覚えたのだろう。立て続けの三属性魔法攻撃に錬への警戒を強め、今度はブレスではなく前足を高く振り被った。


「メリナさん、回避を!」


「はいっ!」


 メリナが手綱を引くと騎竜がいなないた。一瞬前までいた場所に黒竜の足がめり込み、土砂が舞う。


「いいぞ! おらおら、踏み潰せぇ!」


 隊長の指示で黒竜が四肢を振り回し、仲間の魔法兵もろとも地面を穴だらけにしていく。


 敵軍はもはや恐慌状態となり、統制もへったくれもない有様だった。


「味方ごと潰すのかよ……ひどいなあいつ!?」


「そんな事よりレン様、なぜ反撃しないのですか?」


 メリナが困惑した様子で尋ねてくる。


「しないんじゃない、できないんだ。竜のブレスを魔力源にしてるから、相手に撃ってもらわないと反撃できない」


「そんな……」


 黒竜のブレスは最も強力な攻撃だが、それを撃てば反撃される。その事を黒竜は経験的に察したのだろう。さっきから四肢での攻撃に終始している。


(これじゃ負けはしないが、勝つ事もできないな……。何か決定打はないか)


 膠着状態の中で勝ち筋を探していた――その時。


 空から一条の光が差した。


 神秘的なほど美しいその光は分厚い雨雲を切り裂き、ぶわっと一気に広がっていく。


「な、なんだ!?」


「雲が消えていくぞ……!?」


 その不可思議な現象に敵兵達がどよめく。


 だが錬はそれを見て戦況が変わった事を悟った。


「ジエットだ! ジエットが雲を払ってくれたぞ!」


 眩いばかりの月光を浴び、錬は騎竜から飛び降りる。


 それを見て黒竜に乗る隊長が嘲笑した。


「くははっ! この状況で騎竜から降りるたぁバカな野郎だぜ!」


 黒竜が錬に向かって歩き、足を振り被る。


「まぁ安心しろ、俺様が大賢者殺しの肩書きを背負ってやるからよォ!!」


 対する錬はそれを笑い飛ばす。


「悪いが俺は、大愚者殺しなんて肩書きはごめんだな」


 その瞬間――錬の魔石銃が閃光を発した。


 豪炎と暴風をまとった岩石の魔弾が断続的に放たれ、黒竜を蜂の巣にしていく。強靱な竜鱗を焼き焦がし、切り裂き、粉砕する。


 その破壊的な威力に、黒竜が断末魔を上げた。


「そ……そんなバカなッ!?」


 倒れた黒竜の背にしがみつき、隊長が驚愕のあまり瞠目する。


「こいつを倒すなんざありえねぇ!! 三属性の変異種なんだぞ!?」


「現実逃避してないで、さっさと投降したらどうだ?」


「ぐ……て、てめぇわかってんのか!? こっちの手にはてめぇらの大事な大事なテラミス王女様がいるんだぜ!? これ以上やるってんならくびり殺してやるぞ!?」


「なるほど、人質にするのか。ところでその王女様はどこにいるんだ?」


「教えるわけねーだろ! バカかてめぇ!!」


 錬は小さく嘆息した。


「まだ気付いてないのか? テラミス王女が今どこにいるのか見てみろよ」


「はっ!?」


 隊長が慌てた様子で視線を向ける。その先にある竜車はもぬけの殻になっていた。


 地竜がいなくなり、敵兵がパニックになった隙に使徒・・の者達がこっそり救出していたのだ。


 しかし隊長は顔面蒼白にしながらも、まだ諦めてはいないらしい。


 黒竜の亡骸の上で唾を飛ばし、下にいる兵士達を睨み付ける。


「て……てめぇら何ボサッとしてやがる!? 全員で大賢者をぶっ殺さねぇかッ!!」


「無駄だ。もう諦めた方がいい」


「う、うるせぇ!! こっちの魔法兵は千人近く残ってんだ、まだ戦いは終わっちゃいねぇ!!」


「いいや、終わりだ。あんたらの負けだよ」


 錬は月に向かって魔石銃の魔弾を打ち上げる。


 すると山林の闇から歓声が上がった。


「大賢者殿が敵の地竜を討ち取ったぞ! 全員かかれぇー!」


 ゼノンの号令で百騎からなる聖堂騎士達が飛び出す。


 それだけではない。


 山道に立ち込める霧の向こうから現れたのはアラマタールの杖を携えたジエットだった。


「レン! 助けに来たよ!」


 彼女は木製の手作り自動車に乗り、ローズベル公爵家の旗を掲げる騎竜兵を率いている。


 その数、ざっと五百はいるだろう。


「援軍……だと……!?」


「これでもまだやるつもりか? 全滅したいなら止めはしないけど」


 錬が笑みを浮かべて魔石銃を向けると、魔法兵達は次々と杖を放り出す。


「く……そっ! くそっ! くそぉぉぉぉッッッ!!!!」


 投降する配下達を見て、魔獣部隊の隊長は遂に膝を屈したのだった。

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