第6話 岩を掘るだけの簡単なお仕事(2)
「今日からすべてのノルマを昨日までの三倍にする!」
翌朝、奴隷使いの男は芋をかじる奴隷達へ言い放った。
リーダーからのお達しではあるが、何とも厳しい事を言うものだと奴隷使い自身ですら思う。
ノルマをこなせなければ食事は抜きというのがここでのルールだ。
なのに到底こなせないノルマを課してしまえば飢えから暴動が起きてもおかしくない。何なら今この場で反乱が起き、魔法で奴隷を虐殺せねばならない可能性すらある。
そんな覚悟を決めていたが、しかし奴隷どもは青ざめるどころか、むしろにこやかに返事をするのだ。
「あいよっ、ダンナァ! 任せといてくだせぇ!」
「ノルマ三倍だってよ、昼までには終わるか?」
「楽勝楽勝! 朝の内に全部済ませてやらぁ!」
(な、なんだこいつら……? なんでこんなに楽しそうなんだ!?)
もはや不気味を通り越して恐怖心すら湧いてくる。
採掘係が使うツルハシの数は増やされていないのにノルマ三倍である。それに運搬係は昨日の時点で三倍だったのだから、更に三倍で実質ノルマは九倍である。どう考えても不可能なはずだ。
なのに奴隷どもときたら、そろいもそろって昼前に終わるかどうかの心配をしている。
(い、いや……いくらなんでも無理なはずだ。丸一日かけても絶対終わるわけがねぇ……!)
奴隷使いは一抹の不安を振り払い、いつものように監視の仕事に立つ。
だがその懸念は間違っていなかったと、仕事が始まってものの数分で気付いた。
「なん……だ……これは……」
崖を繋ぐロープの装置は今や六つに増設され、常に魔石が選別所へと送り出されている。
それだけではない。坑道の奥からも、魔獣の咆哮かと思うほど猛烈な音が響いているのだ。
これにはさすがに他の奴隷使い達も騒然としていた。
「おい、何が起こっている!? この音はなんだ!?」
「奴隷がおかしな道具で魔石を掘ってやがるんだ!」
仲間の報せを確認すべく、奴隷使いは坑道へと走る。
そこでは筋骨隆々の熊獣人がツルハシを装着したおかしな装置を手に一人で岩を掘っていた。
「おい、お前! 何やってる!?」
毛むくじゃらの背に呼びかけるが、しかし振り向きもしない。音が大きすぎるのだ。
「てめぇ、聞こえてねぇのか!?」
いらだちを隠さず肩をつかむと、獣人奴隷は強面に似合わず目をぱちくりさせた。
「おお、ダンナですかい! どうかしやしたか?」
「どうかしやしたか、じゃねぇ!! てめぇ何やってやがる!?」
「何って、魔石を掘ってるんでさぁ」
話している間も猛烈な勢いで岩が削られてゆく。
「こ、この道具は何だ!?」
「これは魔法で岩をぶっ壊す道具らしいですぜ。サクガンキ、とか言ったっけな?」
「魔法具……だと……!?」
魔法が使えない者でも魔法を使う事のできる道具、それが魔法具だ。
それらを作り出す技術は前世紀に失われてしまったため、現存する魔法具は極めて貴重なものである。それこそ王族や大貴族が持っているような代物であり、一介の奴隷ごときが手にできるものではない。
「なぜそんなものがある!?」
「レンが作ったんでさぁ」
「レン……? 誰だそいつは!?」
「知らねぇので? ほら、新入りの奴隷にガキがいたでしょうや」
そう言われて奴隷使いの脳裏に一人の少年奴隷が浮かんだ。
昨日一昨日と怪しげな装置の近くにいた子どもだ。
「あいつか……っ!」
「よし終わりぃ!」
獣人奴隷は動作を停止したサクガンキなる魔法具からツルハシを外し、背を向ける。
「お、おい! どこへ行く!?」
「今日の仕事が終わったんで小屋に戻るんでさぁ」
「そんなわけないだろう!! ノルマは三倍だぞ!?」
「そう言われても、実際に掘っちまいましたしねぇ……ほら」
獣人奴隷が手を向けた先には、想像を超える量の魔石が転がっていた。
「バ、バカな……ッ」
本来数人がかりで三日はかかる量を、朝の内に、あろう事か一人で掘ってしまったらしい。
奴隷使いは魔法具を実際に目にした事はなかったが、かくも強大な力を持っているというのか。
「そういうわけですんで、おれっちはそろそろ失礼しやすぜ、ダンナァ!」
「待っ……!?」
獣人奴隷はウキウキした様子で坑道を後にする。
奴隷使いはもはや開いた口が塞がらず、立ち尽くすほかなかった。
***
報告が来たのは、ルード=バエナルド伯爵が来客の女性と商談していた時だった。
「伯爵様! 奴隷どもが!」
駆け込んできたのは例のごとく奴隷使いのリーダーである。
伯爵はイライラしながら男へ鬼の形相を向けた。
「キサマァ……毎日毎日いいかげんにしろ! 来客中だぞ!!」
「も、申し訳ございません! ですが火急のご報告がありまして……!」
「火急だとぉ!? しかし今は……」
「わたくしは構いません。急ぎのようですのでどうぞ」
女性は一礼し、そっと窓の外へ目を向ける。
商談相手である彼女にそう言われては報告を聞かないわけにはいかない。
「エスリ殿、しばし失礼……。それで報告とはなんだ! 今度こそ反乱が起きたのか!?」
「い、いえ……そうではありませんが……」
「じゃあなんだ! 言ってみよ!!」
「ど、奴隷どもがまたも午前中に仕事を終えて休んでいるのです……っ!」
「くぅぅぅ……バカが!!」
伯爵は青筋を浮かべて唾を飛ばす。
「ノルマを増やせと昨日言ったばかりであろう! なぜそうせんのだ!!」
「い、いえ……! ノルマは昨日までの三倍としているのです! 運搬係に至っては当初の九倍となっておりまして……っ!」
「はぁっ!? 九倍だとぉ……!?」
そこまで膨大なノルマを課してなお午前中に仕事を終えるなど、もはや常軌を逸している。奴隷を増やすか、魔法でも使わない事には絶対に不可能な数字だ。
「なぜそんな事になっておる!?」
「それが、どうも奴隷の中に魔法具のようなものを作り出せる者がいるようでして……」
伯爵は「むぅ……」とうなる。
魔法具を作る技術は何百年も前に失われたとされる。そんなものを奴隷ごときが作ったなどという報告はとんだ眉唾物ではあるが、念のため確認する必要はあるだろう。
それにノルマをこなしているのは結構だが、奴隷の分際で連日陽の高いうちから休息をとるなど許されざる行為だ。
これは自ら出向いて処罰せねばならない事態だと伯爵は判断した。
「……よろしい。明日に我輩が視察に行くとしよう。お前も部下を連れて一緒に来るのだ」
「はっ!」
奴隷使いのリーダーは床にひざまずく。
「魔力なしの奴隷が魔法具を……?」
そんな女性の小さなつぶやきに、伯爵が気付く事はなかった。
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