第3話 運搬効率を上げよう

 次の日の朝、錬はジエットを連れ、奴隷使いが起こしに来るよりも前に小屋を出た。


 坑道の出口にある魔石置き場へ、ジエットに運んでもらった木材で台座を組み、魔石エンジンを設置する。


 崖の上には車輪があり、長大な麻紐ベルトで上下を繋いでいる。


「これで完成だな」


「ずいぶんと大がかりになったねぇ」


 ジエットが額の汗を手で拭った。


 リフトは縦長の逆L字形で、魔石選別所まで直通となっている。準備万端だ。


 その時、空っぽの麻袋を手にした奴隷達がやってきた。


 今まさに魔石を詰め込んで運ぶところだったのだろう。木で組み上げられた魔石エンジンを見て目を丸くしている。


「何だこりゃあ……?」


「リフトです」


「リフト……?」


「まぁ見ててください」


 レンは車輪を手で回して魔石エンジンを始動。すると火花を散らしながら麻紐の輪がゆっくり回転を始めた。


「魔法の道具だと!?」


「レン、おめぇ魔力持ちだったのか!?」


 奴隷達がどよめく。


「魔法でも魔力持ちでもないです。これは魔石エンジンですよ」


「魔石……エンジン……?」


 困惑する彼らの中から、目に傷のある熊獣人ベルドが身を乗り出した。


「……オレ、頭悪イカラ、ヨクワカラナイガ……紐ガ回ルト、ドウナル?」


「ここには掘った魔石の仮置き場がありますよね」


「アルナ」


「崖の上は魔石選別所ですよね?」


「ソウダナ」


「つまり魔石置き場と選別所の最短コースは、ここから崖を登る道って事です。そしてここで回っている麻紐ベルトは、短い輪をたくさん繋いで作ったものなので、フックをかける事ができるんです。だから魔石の入った袋をこうして引っかけてやれば――」


「……ッ!? マサカ、魔石ヲ運ンデクレルノカ!?」


「そういう事です」


 この数日、山道を何度も往復したおかげで、どこに何を設置すれば効率化できるかは概ね把握していた。


 リフトの終着点では引っかけたフックが自動で外れるようにしてあるので、積み荷を下ろす手間もない。


 これで運搬作業は大いに楽になるはずだ。


「オレの分も運んでくれたりしねぇか!? 晩飯のスープを分けてやるから……!」


「オレもオレも! やってくれたら芋を少し出すぞ!」


「オレだって……!」


 我先にと詰めかける奴隷達。


 だが彼らから対価を受け取るわけにはいかない。食糧は乏しく、皆飢えているのだ。


「芋やスープはいりませんよ。作業を手伝ってくれるならそれでいいです」


「い、いいのか……?」


「はい。皆さんはここで魔石を袋詰めしてリフトに乗せる人と、崖上で魔石の整理をする人に分かれてください」


「お安いご用だぜ!」


「ジエットは皆にリフトの使い方を教えてあげてくれ。俺は魔石エンジンのメンテナンスをしなきゃならないから」


「任されよう!」


 清々しいまでのドヤ顔で胸を叩くジエットだった。




 ***




「ふぁ~あ……面倒くせぇ~」


 奴隷使いの男は、眠い目をこすりながら大あくびを漏らした。


 魔石を運ぶ奴隷どもを監視するだけの簡単な仕事だが、逃亡や反乱が起きないとも限らない。連中は魔法こそ使えないが、そろいもそろって腕っ節だけはあるのだ。


 雇い主からそこそこの金をもらっている以上はしっかり監視せねばならない。


「面倒くせぇが、昼休憩まで我慢がま……ん?」


 遠目におかしな奴を見つけたのはそんな時だった。


 崖のふもとで、木材と車輪で組んだ何かが動く様子をしきりに観察している子どもの奴隷が一人いる。


「おい、そこのお前!」


「あ、おはようございます」


 奴隷使いは面食らった。


 奴隷どもは怒鳴ると普通へいこら頭を下げるのに、脳天気に朝のあいさつを返してくる奴など初めてだ。


「何やってやがる! さっさと魔石を運べ!」


「運んでますよ」


「なにぃ……?」


 奴隷使いは睨みを利かせるが、ほがらかな笑みを返されるだけだ。


(頭でもおかしくなったか……?)


 彼は手足の細い十歳くらいの少年奴隷だ。記憶によれば、ほんの一、二週間ほど前に来た新入りである。


 魔石鉱山での労働は過酷で危険であり、そこで働く奴隷達は体力がないと二ヶ月もしないうちに大体死ぬ。この少年奴隷は見込みが薄く、そう長くは保たないだろうと奴隷使いは踏んでいた。


 だがそんな事は関係ない。死んだら別の奴隷がやってくるだけだ。それより日々のノルマをこなせずに雇い主からどやされる事の方が問題だ。


「とっとと持ち場に戻れ! 今日のノルマをこなせなかったらぶっ殺すからな!」


「それなら大丈夫です。もうすぐノルマに達しますから」


「は……? ノルマに達する?」


「そうですよ。ほら、ここに置いてあった魔石がほとんどないでしょう」


 平然と言ってのける少年奴隷。


 彼の指差す先には今日のノルマとして置かれた魔石の山があったはずだが、なるほどたしかになくなっている。


「魔石は……どこへやったんだ……?」


「崖上の選別所へ運びました」


 奴隷使いが崖を見上げる。少年奴隷の言う通りここは魔石選別所のほぼ真下だ。崖の上下では長いロープで繋げられており、それは先ほどからガタゴトと音を立てている謎の装置と連動していた。


「……お前、本当に何をやってるんだ?」


「ですから、魔石を運んでるんですよ。こんな風に」


 少年奴隷は麻袋をフックで引っかける。すると回転するロープに載って崖の上へと昇って行った。


 つまりこの謎の装置は、魔石を崖の上まで直通で運ぶものらしい。


 奴隷達が麻袋に詰めて山道を一往復する間に、その何倍もの量を自動で延々と運搬し続ける。便利どころではない革新的な装置である。


 だがなぜこんなものがあるのか? 雇い主からは何も知らされていないし、奴隷使いのリーダーも何も言っていなかった。


「お~い、レン! こっちは終わったよ~!」


 崖の上から顔を出した半獣の少女奴隷が手を振っている。


 少年奴隷はそれを見て大きく手を振り返し、謎の装置を停止させた。


「終わったみたいなので、俺は休憩してきますね」


「おい待て……! 仕事はどうする!?」


「ノルマはこなしましたから大丈夫ですよ」


「いや、しかし……」


 思わず言い淀む奴隷使いである。


 ノルマを達成してしまったなら、一体何をさせればいいのだろうか? 上からは、奴隷を殺してでもノルマを達成させろとしか指示されていないのだ。


 少年奴隷は頬をぽりぽり掻いた。


「奴隷にノルマを達成させるのがあなたのお仕事ですよね?」


「……そうだが」


「ノルマ分の魔石は上に運びましたよね?」


「……あぁ」


「じゃあ、あなたの仕事も終わりですよね?」


「そう……だな……」


「わかっていただけてよかったです!」


「あ、あぁ……」


 思わず生返事してしまう。


 まだ昼飯前の時間帯だ。魔石の運搬ノルマは奴隷達が陽が落ちるまで働いてようやくこなせるかという配分になっている。


 本来こんな時間に終わるはずがないのだが、しかし現に魔石は運び終えているのでぐうの音も出ない。


「それじゃ、俺はこれで失礼します」


「お、おい……っ」


 少年奴隷はペコリとお辞儀し、スキップするようにして上機嫌に奴隷小屋へと走っていく。


 彼を引き留める言葉は何一つ思い浮かばず、奴隷使いは狐につままれたようにしばらく呆然と佇んでいた。




 ***




 その報告が来たのは、魔石鉱山の主であるルード=バエナルド伯爵が紅茶をたしなんでいた時だった。


「伯爵様! 奴隷どもが!」


 駆け込んできたのは奴隷使いのリーダーの男だ。


 伯爵はヒゲをチョチョイと整え、男へ目を向ける。


「なんだ騒々しい。反乱でも起きたか?」


「い、いえ……そうではありませんが、運搬係の奴隷どもが午前中に仕事を終えて休んでいるのです」


「サボタージュか? こしゃくな連中め……」


 ティーカップを雑に置き、伯爵は眉間にシワを寄せる。


 消耗品である魔石は国内外で需要が高い上、大粒のものは王族へ献上する場合もある。


 奴隷どものせいで供給が途絶えてはたまったものではない。


「奴らの代わりなどいくらでもいる。ノルマをこなさん奴隷は全員殺してしまえ!」


「そ、それが、ノルマはこなしているのです……」


「は? どういう事だ?」


「ですから、一日分のノルマを午前中で済ませてしまった……という事でして……」


 その言葉の意味を反すうするも、伯爵には何が問題となるのかわからない。


「それは……良い事ではないのか?」


「はぁ……良い事なのですが、運搬係の奴隷は皆好き勝手に休んでおりまして……。しかしノルマをこなしているため叱責する事もできず、我々も何をしてよいやら……」


「なんだそんな事か。早く終わったなら、ノルマを増やせば済む事であろう」


「よろしいので……? 奴隷達が反発する恐れがあるのでは」


「いいからさっさとやれ! つまらん事で我輩の手をわずらわせるな!」


「か、かしこまりました!」

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