第二十三話 首謀者への一喝
夏の夜空がようやく白み始めた頃、両親と十代の兄妹で構成された四人の家族がステラエ港に現れた。彼らは数名の使用人に荷物を持たせ、帆船が接岸している桟橋に向かっていく。
物陰に隠れていたシュツェルツは、アウリールとエリファレット、ダヴィデ、それにデニスとケヴィンを含めた総勢十人の近衛騎士とともに彼らの前に躍り出る。
「シュツェルツ……」
家族の先頭に立つ伯父エードゥアルトが呆然と呟いた。
「伯父上、この場にお見えになったということは、やはりあなたが暗殺の首謀者でしたか。残念です」
シュツェルツが断じると、エードゥアルトは引きつった笑みを浮かべた。
「な、何を……わたしたちは身の危険を感じているがゆえ、一時的に亡命するだけだ」
「身の危険を感じているのはこちらのほうですよ。つい先日も、あなたは僕の飲み物に毒を入れるよう指示なさったではありませんか。かわいそうに、毒を入れた女官──ゲルタは自ら同じ毒をあおって亡くなりましたよ。失敗した場合に備えて、毒を多めにお渡しになったのでしょう?」
「知らぬ!」
シュツェルツはエードゥアルトの怒鳴り声を無視した。
「僕がマレに帰国した日、出迎えてくださったあなたに、暗殺未遂に遭ったことをお話しいたしましたよね? なぜ、あの時、大した交流もないあなたがわざわざ僕を出迎えてくださったのか、ずっと疑問でした。なんのことはない。あなたは僕が生きているのか、それとも死んでいるのかを確かめたかったのです」
エードゥアルトは黙り込んだ。シュツェルツは再び口を開く。
「港に現れた暗殺者たちは、剣と短剣にゲルタが使ったものと同じ毒を塗っていました。そうですね、叔父上?」
ダヴィデが一歩前に進み出る。
「ああ、間違いない。エードゥアルト殿下、ベティカ公に無理を言って、秘密警察が押収していた暗殺者たちの剣と短剣を調べさせていただきましたよ。付着していた物質を液体に入れた時の反応は、ゲルタが使った毒と同じものでした。あなたはイペルセのバルロッツィ家からモルスをご入手なさったのですね。バルロッツィ家はマレ王兄のあなたになら、喜んでモルスを売りつけたはずだ」
シュツェルツは皮肉たっぷりに評する。
「国内で知られていない上に検出されにくく、突然死に見せかけて殺せるモルスを使えば、足がつきにくくなる。お考えになりましたね、伯父上。ですが、あなたの誤算は、暗殺者が二人も捕まってしまったことです。律儀な二人はあなたとの契約通り、モルスを塗った短剣で自害した。もし、心臓麻痺で死んだ暗殺者が一人だけだったなら、なんらかの持病が原因だろうと考え、僕たちも不審には思わなかったかもしれません」
顔面を蒼白にしてエードゥアルトがなんとか答える。
「全て状況証拠だ。わたしがやったという確かな証拠はない」
「証拠ならあります」
シュツェルツはベルトの間に挟んでいたゲルタの詩を取り出す。
「ゲルタが首謀者はあなただという証拠を遺してくれましたよ。この詩にはこうあります。毒を意味する『眠り薬』。それに、『翼の生えたあなた』と『
「ぐ、偶然だ! 死人の戯言だ!」
「そうでしょうか。あなたの荷物を調べれば、残りのモルスが出てくるのではありませんか? モルスは希少な毒ですからね。ほんの少しでも何枚の金貨と換えられるのか……亡命する身としては、もったいなくて捨てられないでしょう?」
荷物を持っていた使用人の一人が、ヒッと声を上げ、鞄を取り落としそうになる。エリファレットが彼の前に進み出た。
「その荷物を渡してもらおうか。中を
元々がややきつい顔立ちのエリファレットは、厳しい顔をすると、とても怖く見える。エリファレットに睨まれた使用人は彼の威圧感に負け、鞄を渡そうとする。エードゥアルトが使用人たちを見回しながら叫んだ。
「何をしている! 荷物を渡してはならぬ! お前たちもだ!」
シュツェルツはわざとらしくため息をついてみせた。
「おや? やましいところがなければ、荷物を検められても問題はないのではありませんか?」
「くっ! 小僧、貴様さえ、貴様さえいなければ……!」
エードゥアルトは憤怒の形相で腰に帯びていた剣を抜き放ち、こちらに向け突進してくる。エリファレットが彼とシュツェルツの間に入ろうと足を踏み出す。
「エリファレット、僕がやる」
シュツェルツは護身用に持ってきた剣を抜く。エリファレットも認めた、実用的な長剣だ。不思議と恐怖はなかった。妙に遅く見えるエードゥアルトの動きをただ目で追う。
走ってきたエードゥアルトが剣を突き出す。シュツェルツはエリファレットに剣の鍛錬で教えられたように身をかわす。力を込め、剣の腹でエードゥアルトの腕を叩く。
「ぐっ」
エードゥアルトが呻きながら剣を取り落とし、バランスを崩した。シュツェルツは彼の喉元に剣先を突きつける。
「伯父上、あなたを僕の殺人未遂の現行犯で拘束いたします。あなたの負けだ」
エードゥアルトは喚いた。
「わ、わたしは認めぬぞ! お前のような小僧が次の王太子などと! 国王になるのはこのわたしだ!」
王兄であるエードゥアルトの王位継承順位は第三位。つまり、アルトゥルとシュツェルツがいなくなれば、彼は第一王位継承権を手に入れられる。
シュツェルツは再びため息をつく。
「やれやれ、それが動機ですか。まあ、分かってはいましたが」
「元々、現国王にふさわしいのはメルヒオーアではなくわたしだったのだ! それを、王妃の子だからというだけでわたしより年下の
これはだめだ。「メルヒオーアの息子であるシュツェルツ」がどんな言葉をかけても、エードゥアルトの心には届かないだろう。シュツェルツは彼に言わせたいだけ言わせておくことにした。
「いい加減になさい」
涼しい早朝とはいえ、今は夏だ。その暖かい空気を一気に凍てつかせるような声を発したのは、アウリールだった。
「あなたはシュツェルツ殿下を暗殺しようとしただけでなく、ゲルタ嬢や暗殺者たちをも死に追いやった。自分の都合のよいように扱った挙げ句、命をゴミのように使い捨てたあなたが国王にふさわしい? 妄想も大概になさい。次の国王にふさわしい人間がいるとすれば、それは誰がどう見てもシュツェルツ殿下ですよ」
容赦のない毒舌を食らい、さすがのエードゥアルトも呆然としている。
シュツェルツはくすりと笑った。
(アウリールには敵わないなあ)
我に返ったように、エリファレットをはじめとした近衛騎士たちがエードゥアルトのもとに歩み寄り、彼とその家族を拘束する。アウリールの言葉に毒気を抜かれたのか、今度はエードゥアルトも抵抗しようとはしなかった。
シュツェルツはアウリールに近づき、面映ゆさを隠しながら笑いかけた。
「アウリール、ありがとう」
アウリールは苦笑する。いつもの彼だ。
「いえ、出しゃばった真似をいたしました」
「ううん。嬉しかったよ」
シュツェルツが拳を前に出すと、アウリールも拳を作り、軽く触れてくれた。
ふと、陽光の眩しさが目に染みる。東の空から、夏の太陽が光を放ちながら顔を覗かせていた。
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