第二十一話 イペルセ国王の真意

 客室に到着すると、ダヴィデが席を勧めてきた。アウリールは前にこの部屋を訪れた時と同じように上座に座る。

 自身も腰かけたダヴィデは口を開く。


「さて、何から話したものかな……アウリール、わたしがなぜ、毒物なんて物騒なものに興味を持ったのかについては、まだ話していなかったね?」


「はい」


「端的に言うと、わたしも子どもの頃、シュツェルツのように命を狙われてね。ただ、わたしの場合、毒に気づかず口に入れてしまった。命が助かり、後遺症も残らなかったのは幸いだったよ」


 あるいはそうかもしれない、と思っていたアウリールは驚かなかった。無言で続きを待つ。ダヴィデは苦い笑みをこぼした。


「君なら気づいているかもしれないが、その毒がモルスだ。わたしに毒を盛ったのは二番目の兄でね。それを知った時は恐ろしくておぞましくてならなかったよ。次兄は優しい人だった。今から思えば、うわべだけは。それが余計に怖くてね」


 ダヴィデのセルリアンブルーの瞳が、過去の泥濘を見つめるように暗い色を宿した。


「イペルセではマレと違い、国王の指名で王太子が決まる。自分で言うのもなんだが、わたしは第三王子でありながら両親の覚えがめでたかったからね。次兄は競争相手であるわたしを邪魔に思ったのだろう」


 それだけではなく、第二王子は両親の愛を一身に集める弟が憎かったのかもしれない。同じく競争相手である第一王子は、命を狙われなかったのだから。

 胸が痛んだ。幼い頃、笑顔の仮面を貼りつけて兄王子に接していたシュツェルツの悲しい姿が思い浮かぶ。


(なるほど……そうか……)


 アウリールはバラバラになっていた点と線が繋がったことを知覚した。

 ダヴィデは遠くを見るような目をする。


「わたしに毒を盛ったことを長兄に暴かれた次兄は、王位継承権を剥奪され、半永久的に幽閉されることになった。だが、わたしはいつまた次兄が自分を殺しにくるのではないかという恐怖から逃れられなくてね。回復したわたしは、取り憑かれたようにモルスを追い求めるようになった」


「その結果、医学を?」


「ああ。モルスを作ったバルロッツィ家の者とも会ったし、様々な毒、それに解毒剤についても学んだ。そのおかげで、シュツェルツを助けられてよかったよ」


「なるほど……さようでございましたか。では、マレをご訪問なさるにあたり、イペルセ国王があなたにお命じになったこととはなんでしょう?」


「わたしにわざわざ言わせる気か? シュツェルツにはヒントを出したから、もう気づいているはずだよ。君だって感づいているのだろう?」


「やはり、ご本人のお口から伺いたいと存じまして」


 今まで振り回された意趣返しにアウリールがにっこり笑って追求すると、ダヴィデは苦笑した。


「やれやれ……まあ、いい、話そう。アルトゥルの病状が思わしくないという情報は、イペルセ宮廷にも届いていてね。わたしの役目はみっつある。ひとつ目はアルトゥルの病状を確かめること。ふたつ目は次の王太子になるであろうシュツェルツが、イペルセにとって好ましい人物かどうかを見極めること。みっつ目はシュツェルツがイペルセにとって友好的な人物だった場合、彼が王太子になるのを助けること。それで全部だ。君の予想通りだっただろう?」


「まあ、おおよそは。それで、シュツェルツ殿下はあなたのお眼鏡に適ったのですか」


「もちろん。たとえアルトゥルが健康だったとしても、わたしはシュツェルツを推していたよ。アルトゥルは優しすぎる。シュツェルツも優しいが、彼は人の上に立つためには、厳しさも時には必要だということをよく分かっている。自分自身や他者の清濁を併せ呑めるのは、まさに君主としての資質だ。それに歳に似合わず聡明でもある」


 大切に育ててきた主君を褒められて嬉しくならないわけがない。アウリールは破顔した。多分、ダヴィデから見れば満面の笑みを浮かべていることだろう。


「そうでしょうとも」


 ダヴィデも釣られたように笑った。


「君たちはいい主従だね。いや、兄弟といったほうがいいのかもしれない」


 ダヴィデに言われたこともあり、余計に照れくさくなったアウリールは、あえてその評価を無視することにした。


「もうひとつだけお訊きしたいのですが」


「なんだ、欲張りだな」


 訊きたいのは本当に大切なことなので、アウリールはダヴィデの軽口を無視した。


「王妃陛下は、邪魔なシュツェルツ殿下を排除して欲しい、とそちらにお書き送りになったのですか」


 ダヴィデの軽薄な顔が真剣味を帯びる。


「いや。さすがに姉もそこまでは思っていなかったのだろう。わたしも詳しくは聞いていないが、前にシュツェルツと何かあったということだけは知っているよ。……それでも、自分のお腹を痛めて産んだ子をどうこうしようという気にはならなかったのではないかな。これは弟としての贔屓目ひいきめかもしれないがね」


 それならば、王妃はまだ、あの国王よりは見込みがある。彼女との関係性をどう構築し直すか、全てはシュツェルツ次第ではあるが……。


(それに、イペルセに留学するか否か……俺を連れていくかどうかも)


 幾分か表情を和らげ、今度はダヴィデが尋ねた。


「で、この一連の暗殺未遂事件は誰が仕組んだことなのかな? わたしがわざわざ君を呼んだのは、これを訊くためだったのだよ」


「なぜ、わたしにお訊きになるのです?」


「おいおい、それはないだろう。わたしにはちゃんと分かっているよ。君には、事態の全体像が見えているのだろう?」


「まあ、多少は。間違っていてもよいのであれば、お話しいたしますが」


「是非とも頼むよ」


 ダヴィデに促され、アウリールは語り始めた。


「わたしの見立てはこうです。一連の事件はマレの次期王位継承に深く関わるものでした」


 語りながらアウリールは思った。早く、シュツェルツにもこの推測を伝えたい。いや、聡い彼のことだ。男爵との会話の中で既に何かを掴んでいるかもしれない。

 アウリールははやる気持ちを抑えながら語り続けた。

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