第39話 ライバル



 ローブマンは俺の味方だと言っているが、こんな怪しい男の事をどこまで信じられるか分からないうえ『俺の味方ではあるが俺達の味方』とは言っていない以上、最善の結果を得る方法はただ一つ……ローブマンを倒す事だ。


 迷いの無くなった俺は大きく深呼吸をして、全神経を肉体とスキルに集中させた。そして、ローブマンに宣言する。


「お前を倒し、全てを知り、仲間と故郷と街を守る、俺の務めはそれだけだ。行くぞローブマン……サンド・ステップ!」


 自身の身体に強い風圧を感じる。俺は今までに出したことがないスピードで突進していた。集中力が生み出した成果なのかは分からないが、意外とこのスピードにも順応できている。


 正直不思議な感覚だった。周りが少しだけスローモーションに見えて、身体も微弱な電気が走っているかのようにピリピリとしている。そして何より身体が軽く、バネの様に動くことができると確信が持てる。


 しかし、ローブマンは俺の速度が想定外だったのか反応が遅れた、その瞬間を見逃さなかった俺は再びローブマンの腹に拳を叩きこむ!


「ガハァッ!」


 ローブマンのうめき声があがる。再び確かな手ごたえを拳に感じたと同時にローブマンの体が大きく吹き飛んだ。


だが、今度はローブマンが倒れる事は無く、空中で身体を反転させて足から着地した。


「いたた、今度は拳に魔砂マジックサンドを纏わせていないにも関わらずこの威力か、ふふふ、面白くなってきた。今ガラルド君が味わっている感覚こそが強さの第二段階だ。これじゃあ僕もスキルを使わざるを得ないね」


 そう言うと、ローブマンは袖から何かの粒の様なものを投げてきた。その粒は俺の五歩手前ぐらいの位置に落ちた。


 粒の正体が何なのかを凝視して確かめてみると植物の種だった。そして、ローブマンの指先から種に向かって光の筋が繋がった。


何か嫌な予感がして、慌てて後ろに下がったが俺の判断は少し遅かった。ローブマンは指を鳴らして呟く。


「グロース!」


 そう呟いた瞬間、目の前の種が一瞬で馬鹿デカい風船のような植物へと成長し、俺の体を吹き飛ばした。後ろへ転がった俺は慌てて、起き上がるとローブマンが距離を詰めてきており、拳撃を繰り出してきた。


 焦りながらも何とか拳撃を捌いていたが、ローブマンは再び種を足元に投げた。


 さっきよりも至近距離に撒かれたら一層大きく吹き飛ばされると危惧した俺はサンド・ステップを応用し、真上へと飛んだ。しかし、その判断が誤りだった。


 ローブマンはさっき投げた種とは違うものを空中に投げた。そして、指先からの光を受けた種は瞬時に柱状の樹へと巨大化し、俺の体を上方向へ吹き飛ばした。


 まるで隕石の動きを巻き戻したかのような質量と速度だ。ガードした俺の腕がミシミシと悲鳴をあげる。骨こそ折られていないものの、とんでもない衝撃だ。


 身動きのとれない空中にいるのは危険だと判断した俺は、レナ戦でも使った『サンド・テンペスト』で暴風を斜め上に放出し、高速で地面に着地した。


 消耗の激しい『サンド・テンペスト』を攻撃ではなく移動の為だけに使うのは勿体ないが、種の挙動が読めない以上仕方がない。


 恐らくローブマンのスキルは植物を瞬時に成長させるものなのだろう。時間経過をさせるという意味ではサーシャの忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズに近くも感じるが、サーシャの『アクセラ』による加速はあくまで数倍レベルだ。


 それに比べてローブマンは種から一気に成木まで育てている、こんなに恐ろしいことはない。


もしこれを人間相手に使えたとしたら瞬時に老化させて殺すことも可能なのだろうかと嫌な想像をしてしまう。しかし、ローブマンはスキルの説明がてら、それが不可能だという事を教えてくれた。


「僕のスキル『グロース』は成長を促すスキルなんだけど、脳のある生き物には使えないから、ガラルド君に直接使う事はできない。だから安心していいよ」


 俺が不安そうな顔をしていたのかは分からないが、不安はお見通しだったようだ。少し癪に障った俺は、ローブマンを煽った。


「そんなにべらべらと自分のスキル詳細を話してしまっていいのか? 後半からは二発拳撃をクリーンヒットさせている俺の方が優勢なんだし、伏せといた方が良かったんじゃねえのか?」


「ただ勝つことが目的ならそうだろうね、だけど僕は100%の力を出し切ったガラルド君に勝ちたいと思っているのと同時に、僕だけが君のスキルを色々と知っているのも不平等だと思っているんだ。だからお互いの手が分かり切っていて初めて、僕が理想としている平等な戦いの舞台が完成するんだ」


 どうやらローブマンは思っていたよりも誠実な人間だったらしい、少なくとも戦いに関してはだが。俺は舐められていると勘違いして突っかかり、煽ったのが少し恥ずかしくなった。


ローブマンの心意気が理解できた俺は目を真っすぐ見て笑いながら呟いた。


「お前の気持ちは分かったよ、それじゃあここからが真の戦いであり、最終ラウンドだ、行くぜ!」


 俺は魔砂マジックサンドを自身の周囲へ旋回させた、そうすることで風を起こし、種を近づけさせないようにする為だ。それを見たローブマンがニヤリと笑う。


「なるほど、よく考えたね。確かに風を起こされちゃ種は飛ばされてしまう。それなら!」


 ローブマンは足に力を入れ、旋回する魔砂マジックサンドの中を強引に突っ込んできた。種での攻撃を止めて肉弾戦一本に絞ってきたのだろうか? それなら好都合だ。俺は両こぶしに魔砂マジックサンドを纏わせ、迎撃する為に構える。


 しかし、ローブマンは2メード前まで近づいてきたところで、急停止し右掌をこちらに向けてきた。


「グロース!」


 ローブマンが再びグロースと呟くと、ローブマンの服の袖から、槍の様な植物が複数本伸び出して俺を襲った。


種を投げずに手元から成長させれば、狙った位置に攻撃できるという考えらしい。俺には思いつかなかった。


グロースへの警戒を下げていた俺は反応が遅れ、肩と腹にまともに刺撃を喰らってしまった。


「ぐっ! しまった。一旦逃げるしかない、サンド・ストーム!」


 俺は痣ができた肩と腹を抑えながら全力で魔砂マジックサンドを周囲に展開し、追撃されないようにサンド・ストームで防御壁を張った。


サンド・ストームは防御性能こそ高いが、満遍なく周囲を覆うことで外が見えなくなってしまう弱点があるがこの状況では仕方ない。


 外が見える様に横縞型に回転させればいいかとも考えたが、風を起こしていてもなお、隙間に種を投げ込まれる可能性も0とは言い切れないから、そうする訳にもいかない。


 俺はサンド・ストームの中に閉じこもり、ローブマンの出方を伺った。俺達の間にサンド・ストームの音だけが響き続けること十秒、先に動き出したのはローブマンの方だった。


「さすがガラルド君。これだけ回転の強い球体状の壁なら拳では弾かれちゃうなぁ、なら回転を弱めて中に侵入するしかなさそうだ。行くよ! グロース・カルテット!」


 ローブマンは今までとは違い、奴らしくない大きな声で技名を叫んだ。すると、俺のサンド・ストームを前後左右から謎の衝撃が襲った。サンド・ストームの回転が段々と弱くなっていく。


「何をしやがったローブマン……あっ、カルテットってことはまさか、グロースを四つ同時に発動しやがったのか?」


「ピンポーン、大正解。そのまま四方から潰されちゃいなよ」


 ここにきてローブマンはグロースを同時発動できることを隠していやがった。着々と削られていくサンド・ストームが敗北のカウントダウンを始める。


このままではジリ貧となり負けてしまう、かと言って真上へ飛べば撃ち落とされる。どうするか迷いに迷った俺は、一か八かの策を思いつき、サンド・ストームを解除すると同時に真上へと跳び上がった。


 四方から襲いかかってきていた植物が一斉に砂を押し潰し、中心で衝突し合うと同時に砂煙があがった。


 そして、俺が跳び上がって逃げたと予測したローブマンが上擦った声で叫ぶ。


「跳んじゃったね! 君の負けだ。撃ち落とせグロース・ピラー!」


 地上からローブマンが一際逞しい柱状の植物を服の袖から伸ばしてきた。しかし、俺は何も考えずに跳び上がった訳ではない。


自身の身体を縦回転の大きなサンド・ホイールで包んだ俺は、こちらに伸びて攻撃してきた植物の突撃を回転で往なした。その瞬間、植物と直接繋がっていたローブマンの体が大きくよろけた。


その瞬間を見逃さなかった。俺は攻撃・防御・移動を兼ねたサンド・ホイールごと植物を伝って急下降し、ローブマンへと突撃した。


「ぐっ! ぐああぁぁ」


 高速回転する砂の車輪がローブマンの体に連続で衝撃を与え続ける。このままダメージを与えつつ、押し出して勝負を決める! そう決意した俺は今までに出したことがない雄叫びをあげながらサンド・ホイールでの突進を続けた。


「うおおおぉぉ! 落ちろぉぉ!」


 ローブマンを押して押して押しまくり、遂に武舞台の端を超え、ローブマンの体を武舞台の外へ吹き飛ばすことに成功した。


「よし、勝った!」


「甘いよ! グロース!」


 俺は場外勝ちを確信したが、ローブマンにはまだ手が残っていた。ローブマンは吹き飛ばされて空中にいる状態にも関わらず、手元から植物をフック状に伸ばし、俺の体を背中側から巻き込んだ。


 武舞台端にいた俺は、武舞台の外へ吹き飛んでいるローブマンに引っ張られ、勢いよく場外へと放り出された。このままでは吹き飛んで高い位置にいるローブマンより地面に近い俺の方が先に場外に着地して負けてしまう。


 絶対に負けたくない……その強い思いの成果なのかは分からないが、俺はかつてない速度で場外に大きな砂の柱を作り出し、自分の体を無理やり押し上げた。


とっさに放出した砂柱の形は奇しくも樹状でローブマンの影響を受けており、自分で自分を攻撃して体を打ち上げるやり方はレナのやっていた方法だ。


 窮地に追い込まれた末に俺が頼ったのは、ライバルたちの技や発想になるなんて皮肉な話だ。そんなことを考えているうちにローブマンはもう一つ、フック状の植物を伸ばして移動し、俺の作った砂柱の足場へと着地した。


 数歩進めば拳が届く狭い足場に俺達は立った。叩き落せばすぐに場外勝ちになるし、逆にやられる可能性もある危険な状況となった訳だが、俺とローブマンは笑っていた。


 ローブマンがどう思っているかは分からないが、今の俺は戦いが楽しくて仕方がない。


ずっと他人と親しくなるのを避けてきた俺が、リリス、サーシャという大切な仲間と出会い、師匠・恩師と呼べるストレング、シンと出会うことができ、そして今はローブマンというライバルと出会えた。


 夢や目的の為の道程というのは必ず辛いものであり、耐え続けることがルールだと思っていた俺にとって、修行も狩りも試合も楽しめている今が嘘のようだ。


 しかし、楽しい試合もいつか終わりの時が来る。俺はローブマンと撃ち合うべく拳を構えた。


「ハァハァ、そろそろ決着をつけようかローブマン。俺はもうクタクタだからな。早くシルフィウム・ジンジャーエールを飲みてぇよ」


「ハァハァ、もうバテたのかい、だらしないよガラルド君」


「お前もバテバテじゃないか、強がりを言わせられるぐらいお前に迫ることが出来たって思っていいのかもな」


「正直、グロースの連発は堪えるんだ。特に同時発動なんて魔力消費が倍々に増えていくから辛かったよ。でも君のサンド・ストームは四か所から一斉に抑えないと止められないぐらいの回転力だったからそうするしかなかったんだけどね」


「褒めてくれてありがとよ、まぁ俺もサンド・ストームに力を込め過ぎて疲れちまったんだけどな」


「ふふふ」


「あははは」


 きっと狭い足場で会話をしながら笑っている二人の姿は観客からだと奇妙に映っただろう。だが、俺はローブマンに対して不思議な友情を感じていた、ローブマンもそうであることを願いたい。


 そして、先に動き出したのはローブマンだった。ローブマンは一気に腰を落とし、右脚で俺に足払いを仕掛けてきた。それを跳んで避けた俺に対し、ローブマンは残った左脚で蹴り上げてくる。


 少し吹き飛ばされて足場から離れた俺は再び魔砂マジックサンドで真下へ足場を形成し、元の足場へ小さな橋を連結した。


 そして小さな橋を伝って加速した俺は再び拳へ魔砂マジックサンドを纏わせ、サンド・インパクトをローブマンの腕へとお見舞いした。


ガードの為に両腕を交差させていたローブマンだったが、身体ごと吹き飛ばしてしまえば問題ない。その考えは正解だった。ローブマンは足の踏ん張りが効かず、身体が浮いて足場から離れて落下した。


 しかし、ローブマンにはグロースがある。下からグロースを発動して植物で這い上がってきたローブマンと接近し、激しい殴り合いが始まった。


 殴っては吹き飛ばし、殴られては吹き飛ばされ、その度に砂や植物で足場を作り、少しでも相手より高い位置に立ち、拳やスキルで攻撃する。




そんな展開が三分近く続き、気がつけば砂と植物が大樹の根の様に絡み合うフィールドが出来上がっていた。


 高さも三階席ぐらいまで上がり、砂と植物の足場はいつしか武舞台から大きく離れていた。いつまでも続きそうな戦いだったが、それも遂に終わりがくることとなった。


 お互いに体力も魔力も残っていないのが分かっていて、次が最後の一撃になることも分かっていた。俺は魔砂マジックサンドを、ローブマンはグロースの魔力を拳に込めて、互いに全身全霊の一撃を放った。


「サンド・インパクト!」


「グロース・ナックル!」


 二つの衝撃音がコロシアム中に響き渡った。観客も完全に見入っているのか誰の声も聞こえない。いや、俺の視界が揺らいでいるから意識が消えかけていて聞こえないだけかもしれない。


 視覚も聴覚もぼやけているが、足場から落下している浮遊感だけはハッキリと認識できる。もはや指一本動かせなくなった俺はそのまま重力にまかせて場外へと落下した。




 薄れゆく意識の中、観客の大歓声が耳ではなく、肌……触覚で感じられた。今、司会がローブマンの勝利をコールしているのだろうか? 俺は心の中でローブマンにおめでとうを言い、ゆっくりと瞼を閉じた。



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