第31話 コロシアム一回戦を終えて


――――ワアアアアァァァァァ――――


 司会のコールで再びあがった歓声を存分に背中へ受け、俺は武舞台から降りて退場した。


 武舞台脇の廊下に行くと、リリスとサーシャが全開の笑顔で迎えてくれた。


「ガラルドさん、すっっっごく! かっこよかったです!」


「ガラルド君、本当に訓練頑張ったんだね、きっとその成果が圧勝に繋がったんだよ」


「ありがとな二人とも、だが優勝するなら全部で7回も勝利しなきゃいけないから、この後も気を引き締めていこう。とりあえず一回戦は一瞬で片がついて疲労は溜まっていないから、コロシアム裏でのんびりしてくることにする」


「分かりました、二回戦が始まる20分前になったら呼びに行きますね、補助魔術もかけ直さなきゃいけないですし。それまでは私が第一武舞台、サーシャさんが第二武舞台の試合を観戦して他の選手の情報を集めておきます」


 総勢128名もの選手が参加することを考慮すると100戦以上の戦いが繰り広げられることになる。


その点を考慮して、三回戦ぐらいまでは武舞台を分けて同時進行していくらしい。情報収集の意味でも人手が欲しいところだから、サーシャが仲間になってくれたのは本当にありがたい限りだ。


「了解、よろしく頼む、二人とも」


 三人での話し合いを終えると、腹をさすりながらブレイズが近づいてきた。横にはレインの姿もある。


 二人はまるで親の仇のように俺達を睨みつけている。そして声を震わせながらブレイズが吐き捨てた。


「僕に勝ったからっていい気になるなよ。次の二回戦、ガラルド君は絶対に突破できないからね」


 やけに強く言い切るブレイズの言葉が気になった俺は廊下の壁に貼り付けてあるトーナメント表を再確認した。次に俺と当たる可能性があるのは……なんとブレイズの兄であるフレイムだった。


 俺はこの気まずさからまだ解放されないのか……とげんなりしていた。できることならフレイムが一回戦で敗退してほしい。そうなれば戦わずに済むのだが、ブレイズの口ぶりからは期待できそうにない。


 俺は早くブレイズから離れたくて、適当に言葉を返した。


「忠告ありがとよ、あんたの兄貴に負けないように精々気を付けるよ、じゃあな」


 俺達三人はさっさとブレイズとレインから離れた。二人の姿が見えなくなったところで俺はサーシャに質問する。


「教えてくれサーシャ。ブレイズは二回戦を突破できないと断言していたが、フレイムはそんなにも強いのか?」


「う~ん、剣術も魔術もフレイムさんの方がブレイズさんより少し上なのは確かだけど、そこまで差はないよ? 双子だからかスキルも同じだしね。五十日間でよっぽど訓練を積んだのかな?」


「俺達だって五十日間でかなり強くなれたから、フレイムだって油断できないよな。次も気を引き締めていかなきゃな」


 気合を入れ直したところで俺達は一度解散した。二人に他戦士の情報収集を任せることにした俺は、コロシアム裏でボーっと時間を潰していた。


 シード制もなくて、128名もいることを考えると、きっと朝から晩まで続く大会となるだろうから、肉体だけではなく精神のリラックスも大切になる。


 気が付けば20分ほど時間が経ち、程よい陽気で眠気すら感じていた。すると右前方と左前方の茂みからガサガサと物音が聞こえてきた。


俺以外誰もいない穴場休憩スポットだったのだが、他の戦士も休憩しにきたのだろうか? 俺は物音がした方向へ視線を向けるがそこには誰もいなかった。


 コロシアムの中ではなく外だから、猫か何かが横切っただけかもしれない、そう思って再び目を閉じて休もうとした次の瞬間、茂みから突然二つの風切り音が聞こえた。そして音は瞬く間に俺へと近づいてきた。


 その音の正体は氷を纏った矢であった! ギリギリのところで直撃を避けられた俺だったが、矢はベンチに突き刺さった瞬間に冷気を拡散させて、俺の右足を氷で固めた。


 右足とベンチが固定されて、困惑していた俺の頭上から、今度は炎の双剣で斬りつけにくる男が現れた。


逆光で見え辛いが真上にいることさえ分かっていれば問題は無い、俺は防御技サンド・ストームを展開し、斬撃を防いだ。


 サンド・ストームで外は見えないが、見覚えのある炎の双剣からして斬りつけ犯の正体はブレイズしかいないだろう。そして、二つの氷の矢を放ってきたのも恐らくアクアとレインなのだろう。


 俺はゆっくりとサンド・ストームを解除すると、そこには仮面を被った男一人と女二人が立っていた。正体を隠してはいるが、パープルズの特徴をこれでもかと披露していて、バレバレである。


 俺は仮面の男に問いかけた。


「試合外での襲撃は失格どころか、重罪になるんじゃないのか? ブレイズ、アクア、レイン」


「うるさいよガラルド君。君たちがいなければ、サーシャは抜けなかったし、僕たち四人がギルド内で恥をかかされることはなかった。今、僕達が周りのハンターからどんな風に呼ばれているか知ってるかい? 失恋四聖しつれんしせいだ」


 誰が名付けたのか分からないが中々にインパクトのある蔑称だ。パープルズと俺達が口喧嘩をしたのはギルドの中だったから、内情が他の人達にもガッツリと伝わってしまっているらしい。


と言っても、周りに聞こえてしまうぐらい大きな声で口喧嘩をしたのはリリスだけなのだが……。


 俺は一応リリスの言動を謝った。


「うちのリリスがギルド内にも関わらずデカい声で言いたいことを言いまくったのは謝るよ、他の人に知られなくてもいい内情が知れ渡ってしまったからな、すまなかった。だが、あんた達の言動に問題があるからサーシャは抜けてこっちにきたんだろ? だからサーシャを誘ったことに関しては一切謝るつもりはないぜ? 俺達が誘わずにサーシャがずっとパープルズに居たとしても、あの子は絶対に幸せになれないからな」


「チッ、言わせておけば……だが、余裕ぶっていられるのもここまでだ。不意打ちは失敗したが、それでも3対1であることには変わりない。人気ひとけの無いこの場所でガラルド君を再起不能にして、二回戦を不戦敗にさせてもらうよ」


 そして、ブレイズは再び剣に炎を宿し、構えた。アクアとレインも弓から杖に持ち替えて、氷と水の魔力を杖の先に集中させている。


「あんた達さえいなければ私達は……この恨み晴らさせてもらうわよ」


「姉さんも私も、あんた達の苦しむ顔を見る事でしか傷を癒せない……。消えてもらうわ!」


 試合外での襲撃は重罪になると忠告したにも関わらず、ブレイズ達はお構いなしのようだ。リスクを取ってでも俺達の邪魔がしたいうえに、フレイムの二回戦突破も確実にしたいのだろう。


 とはいえブレイズ達は一応悪行が漏洩しないように努めているようで、仮面で身元を隠しているのも、対策の一つなのだろ。


それに加えて、俺が人気ひとけのないコロシアム裏に行くという情報もリリスとの会話から盗み聞きして、それを上手く利用しているわけだ。


 もしブレイズ達が俺への襲撃を成功させた後、俺が大会関係者に襲撃された旨を伝えたところで、周りにそれを証明してくれる人がいないからブレイズ達を裁かせる術もない。


 色々とよく考えられているが、そういう知恵をもっと真っ当なことに使ってほしいものだ。そんなことを考えているとブレイズが先に俺へ攻撃を加えてきた。


「先手必勝だ! ガラルド君に加速はさせないよ!」


 一度俺が足元で魔砂マジックサンドを回転させて、踏み出しを速くしたことをちゃんと覚えていたようだ。俺は棍を頭上に構えて、ブレイズの振り下ろした剣を受け止めた。


 俺の棍に試合の時よりも強い衝撃と金属音が響き渡る、どうやらブレイズは試合に使っていた木剣ではなく、しっかりと刃のある剣を使っているようだ。本当に俺を潰したいらしい。


 棍でブレイズの双剣を抑えつつ、俺は凍ったままの右足をベンチから強引に引っぺがし、そのまま右足でブレイズの膝を蹴った。


体勢を崩したブレイズに攻撃を加えるチャンスに思えたが、左右からアクアとレインの魔術『氷弾・水弾』が襲い掛かかってきている。俺は慌てて後ろ跳びで避けた。


 右足が凍ったまま慌てて避けたせいで尻もちをついてしまった俺は、体勢を整え直したブレイズに再び剣を振り下ろされた。


寸でのところで剣撃を棍で防ぐことが出来たが、再び放たれた氷弾・水弾は避ける事ができず、俺の体へ直撃した。


「グアアァァ!」


 加速した水の破壊力は強く、俺の右腕は痣が出来るぐらいに打ちつけられた。一方で左腕に直撃した氷弾の冷たさは極まっており、俺の左腕は完全に固められてしまった。


 このままでは本当にやられてしまう、何か策を考える時間が欲しいと思った俺は力を振り絞ってサンド・ストームを作り出し、中へと閉じこもった。


 しかし、この状態では外を見る事ができず、三人からは俺がどこにいるのか丸わかりの状況だ。三人はこれをチャンスと思ったのか、外から一斉に火・水・氷魔術を放ってきた。


 俺のサンド・ストームが轟音をたてながらみるみると削られていく。三人全員の魔術よりドラゴンニュート単体の火炎ブレスの方が高威力ではあるものの、三方向から攻撃されては、火炎ブレスの時のように後方へ受け流すこともできそうにない。


 受け流すタイプのサンド・ストームは攻撃が単一方向だと確認したうえで、初めて砂の回転を楕円状にし、受け流し型にすることが出来るからだ。


 万事休すかと諦めかけたその時、俺達のいる位置よりも30ミード程離れた位置から、突然聞いたことのない男の声が聞こえた。


「三人で一人を攻撃かい? フェアじゃないね」


 俺と同じようにブレイズ達三人も驚いたようで、一旦魔術を中断した。アクアは声の主に怒りながら尋ねた。


「誰よアンタ! 邪魔するんじゃないわよ!」


 三方向から放たれていた魔術が中断されたことで余裕ができた俺はサンド・ストームを解除した。声がした方向を見てみると、そこにはフード付きのローブを着た細身の男が立っていた。


 男の顔を確認したかったが、目どころか鼻まで隠れるくらいにフードを深く被っているせいで口元しか見えない。そして男はアクアの問いにゆっくりとした喋りで答えた。


「う~ん、どうしようかなぁ~。じゃあとりあえず僕のことはローブマンと呼んでおくれよ、ローブを着ている男だからローブマン、分かりやすいだろ? 選手登録もローブマンって名前で登録しているしね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る