第29話 サーシャの見ている景色

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※今回はサーシャ視点です


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 『一人称を私からサーシャ』に変えてからどのくらい経ったかな?


 約9年前に実の親に捨てられて、そこから物売り、物乞い、ゴミあさり、貴族通りで芸を披露、数えればキリがないぐらい色々なことをやって生きてきた。


 物売りや芸をするうえで少しでも名前を憶えてもらって、常連さんを増やしたり、支援をしてもらうのが目的で『一人称をサーシャ』に変えたんだっけ。


 お爺ちゃんとお婆ちゃんに拾われて養子にしてもらうまでは飢えと貧しさとの戦いだった。だけど、サーシャにとって姉のような存在である黒猫の『サク』がいてくれたから貧しさだって耐えられたし、寂しさにも耐えられた。


 ある街ではサーシャが貧相な捨て子だと石を投げられて、また、ある街ではサクが『黒猫は不吉の象徴であり、悪魔の使いだ』と理不尽な理由で虐められることも多かった。


 どこかにサーシャ達が平和に暮らせるところはないかなって、ずっとサクと一緒に南へ南へと進んでいって、遂におじいちゃんとおばあちゃんに出会う事が出来た。


だけど、二人に出会ってから少し経った頃にサクはあの世へと旅立ってしまった。だから暖かい暮らしをほとんどさせてあげられなかったことだけが本当に悔しい。


 サクが亡くなった瞬間、サクの体から突然光の粒が放出されて私の体の中に入ってきて、そこ時からスキル『忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズ』が使えるようになったことは今でも昨日の事のように覚えてる。


このスキルはきっとサーシャとサクが生きてきた中で、辛かったこと、遠ざけたいこと、拒絶したいことが力となっている後天スキルだと思う。


 パープルズでいた頃はまだ、居心地が悪かったから負の感情を燃料に忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズを使うことが多かったけど、ガラルド君のパーティーに入ってからはポジティブな気持ちでスキルを使えているから、きっとサクも喜んでいるよね?


 コロシアム本番に向けての約五十日間、必死にサーシャ達は特訓を積んできた。サーシャの自慢の家族サクが優勝の一助になれるように今日は精一杯頑張りたいと思う。


 そんなことを考えていると気が付けばサーシャ達はコロシアムの前に立っていた。恐らく一番プレッシャーを感じているガラルド君に緊張していないかを聞いてみた。


「ガラルド君、緊張具合はどうかな?」


「普段は人並みかそれ以上に緊張するタイプなんだが、今日は全然緊張しないな」


「そうなんだ! 一体どうしてだろうね?」


「やるべきことは全部やったから自信があるのかもしれないな。特訓が本当にきつかったからな……」


 ガラルド君は遠い目をしながら語ってくれた。横にいるリリスさんも同じ様に遠い目をしていて、まるで鏡写しのようで少し面白い。


 特訓に関しては三人が同じ場所でする時もあったけど、基本的には別行動の方が多かったから二人がどんな特訓をさせられていたのか少し気になったから尋ねてみた。


「リリスさんとガラルド君はどんな特訓をさせられていたの?」


「私は診療所でひたすら回復魔術と解毒魔術を患者にかける特訓をして、患者がいなくなったら坂道ダッシュをひたすらやらされました。そして脚を休ませる休憩時間はずっと瞑想をやらされました……。おかげで魔術もアイ・テレポートの連続使用回数も集中力も鍛え上げることが出来ましたけど、もう二度とやりたくないですね……」


 まるで修道士・修道僧モンクのような特訓をさせられたリリスさんが少し気の毒になってきた。リリスさんは更に愚痴を続ける。


「私のトレードマークでもある『ドレスのように綺麗なキトン』も連日の坂道ダッシュには向いていないので着る機会が減ってしまって悔しいですよ。比較的涼しいこの時期にずっと半袖半ズボンで坂道ダッシュを繰り返していたんですけど、私を見た街の人達は『元気ちゃん』って変なあだ名で呼び始めましたし……」


 『元気ちゃん』ってカワイイあだ名だなって笑っちゃいそうになったけど、ここで笑ったら、ますますリリスさんが落ち込んじゃいそうだから、唇を噛みしめながら必死に堪えてみせた。


 きっとガラルド君の特訓内容も面白いだろうなぁ~っと意地悪な期待を込めて尋ねてみる。


「ガラルド君はどんなキツい特訓だったの?」


「俺は魔砂マジックサンドを使ってひたすら荒地を耕したり、土木作業をやらされたり、新聞を回転砂で運んで配る修行をさせられたりと、ハンターっぽくない修行を沢山させられたよ。しかも、俺の特訓は頭に木の皿を乗せて、落とさないように作業をするルールだったから難易度も高かったぞ……。ストレング曰く、魔砂マジックサンドは砂粒一つ一つに繊細なコントロールと力強さが必要となるから『火力』『集中力』『バランス感覚』を鍛えるべく考案した特訓らしい」


 絵面を想像すると相当コミカルで面白いけれど、凄くタフなガラルド君がここまで辛そうな表情をしているなら、きっと本当にハードなトレーニングだったのだと思う。


 サーシャも忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズの練度を上げる為のトレーニングを色々とさせられたけど二人程ハードなものではなかった。


サーシャはリリスさんとは違う診療所に行くように言われて、そこで痛みに苦しんでいる患者さんに少しでも痛い時間を減らしてもらう為に『アクセラ』の能力を使い続けながらトレーニングを積んでいった。


 多くの人にスキルを使ったから魔力の使い過ぎで疲労は大きかったけど、沢山の人にお礼を言われることで、自分のスキルが好きになれたし、サクの事が褒められているような気がして嬉しかったから、疲れも軽減されていた気がする。


 猛特訓に対する愚痴で盛り上がっていると、ガラルド君が突然不敵な笑みを浮かべ始めた。遂に心が壊れてしまったのかと心配になったけど、そういう意味ではなくて、優勝賞金が高額だから笑えてきたらしい。


 ガラルド君はコロシアムの募集用紙を取り出して、もう一度確認し始めた。


「何度見ても目を疑ってしまうが、やっぱり高額だな、へへへ。一位が3000万ゴールド 二位が1500万 三位と四位が750万 そしてベスト8でも500万も貰えるんだからな」


「ガラルドさん……笑い方が気持ち悪いですよ?」


「そりゃ笑ってしまうさ、今ならリリスだって金額の価値が分かるだろ? 前にも言ったが一般的な仕事をしている人の一年の稼ぎが平均100万ゴールドぐらいだからな。俺達みたいな命の危険があるハンターでも一年で200万~400万程しか稼げないっていうのに優勝したら3000万だぜ?」


 3000万ゴールド…………多すぎてサーシャ自身ピンとこない数字だけど、もし仮におじいちゃんの鍛冶工場を一括で取り戻すとしたら規模の大きさからして2000万ゴールドぐらいはかかる。


そして、ギルドを新しく設立して人員も揃えるとなると、こちらも2000万ゴールド程かかるらしい。どっちにしても大きな事が達成出来て、おつりまで出ちゃうぐらいの金額であることは間違いない。


 リリスさんは指をおって何かの数をかぞえて計算を始め、溜息を吐いたあとに呟いた。


「私達のパーティーが三人になり、貯金の一括管理をすることになってから知ったんですけど、私達って結構貧乏ですよね? 三人全員の貯金を足しても400万ゴールドしかありませんでしたし……」


「俺達全員の力を合わせたような言い方をしているが、その内の八割は俺がコツコツ溜めていた貯金だからな?」


 ガラルド君の言う通りだ。リリスさんは女神という立場であり、ハンターの仕事を始めてまだ百日も経ってはいない。


サーシャはリリスさんより職歴は長いものの、ほとんどを仕送りに使ってしまったからお金はあまり持っていなかった。


仕送りと言ってもおじいちゃん達が貧乏になったのはサーシャの病気を治す為に沢山のゴールドと財産を工面してくれたのが理由だから、仕送りというよりも罪滅ぼしに近いかもしれない。


 申し訳なくなってきたサーシャは二人に謝った。


「ごめんね、サーシャがもっと稼げていたら……」


「違う違う、サーシャは何も悪くないぞ! リリスの言い方にツッコミを入れたかっただけなんだ。それに、そもそもリリスは高い菓子の食べ過ぎで無駄に食費がかかり過ぎなんだよ」


「レディに向かって何てこと言うんですか! それを言ったらガラルドさんだって大食漢じゃないですか! だからそんな風にムキムキの岩みたいな体になっちゃうんですよ」


「なんだとぉ?」


 大事な試合前だというのに二人はいつものように楽しく遠慮のない言い合いをしている。付き合いの長さがそうさせるのか、それとも超えてきた苦労の数々が絆を作ったのか、サーシャには分からないけれど、二人の関係が少し羨ましく思えた。


 そんな二人を眺めていると、わざと二人の間に身体を滑り込ませる大きな男の人が現れた。その人は皆が見慣れているストレングさんだった。


 ストレングさんは茶目っ気のある笑顔で、二人の仲を揶揄ったあと、コロシアムの方を指さして真面目な顔で忠告した。


「コロシアムに住む勝利の女神はいつも気まぐれだ。俺が優勝した時も、沢山のドラマと不運があの場所に溢れていた。特に今回のコロシアムは例年よりも賞金額が多いぶん、なりふり構わず勝利をもぎ取ろうとしてくる奴も多いだろう。何があってもいいようにしっかり備えておけよ」


 ストレングさんが過去にコロシアムで優勝していたなんて初めて知った。やっぱり四聖と呼ばれるだけあって、本当に凄い人なんだ。


 ガラルド君はストレングさんの言葉にハキハキとした返事をかえし、四人でコロシアムへ入場した。


 受付で闘技者とサポートメンバーの欄にサインを済ませて、開会式が始まるのを待った。



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