第19話 シンの凄さ その2


 シンが四階バルコニーの手すりがある位置まで駆けてくる足音が聞こえてきたけれど、俺は落下途中に魔砂マジックサンドで足場を作り出し、窓を経由して素早く三階の中に侵入していた。


 シンは今、外側に俺の姿が見えず困惑しているようで、大声で俺を呼んでいた。


「どこに消えたんだガラルド君! 君は本当に戦い方が読めないね!」


 その頃、三階に侵入した俺は廊下を走っていた。普通に走っていては足音で居場所が筒抜けになってしまうと考えた俺は、進行方向に魔砂マジックサンドを撒き、その上を歩くことで足音を小さくした。


 砂浜を走っているようなものだから、完全に音が消えるわけではないけれど、王宮殿は一階毎に高さがあり、床も壁も厚みのある構造上、簡単に音で気づかれはしないだろう。


 飛び降りることで肉弾戦が強すぎるシンから何とか距離を取ることができたが、肝心の攻撃手段はまだ思いついてはいなかった。あれだけ力強く、素早く動けるシンには生半可な攻撃ではヒットにならないだろう。


 そうなると高威力で尚且つ避けるのが難しい攻撃をしなければいけない、一体どうすればいいんだと悩んでいた俺に一つのアイデアが舞い降りた。


「縦にも横にも広い王宮殿の地の利を活かすしかない!」


 俺は作戦を思いついた後、三階に窓から入った南側とは真逆――――北側の窓から飛び出した。シンに見つからないように外側を経由して三階から四階へ行き、そして四階の屋上にあたる位置まで移動した。


 屋上から下を見下ろすとバルコニーにはまだシンの姿があり、どこからでもかかってこいと言わんばかりに、前後左右をきょろきょろと確認している。


「まだ、バルコニーに居てくれて助かったぜ、あの開けた位置じゃないと俺の作戦は成功しないからな」


 シンの位置を確認してホッとした俺は小声で呟いたあと『右手』と『左手に持つ円盾』にそれぞれ、ありったけの魔力を込めた。


次の攻撃が決まらなければ負けだと覚悟を決めたせいもあり、今までにない程魔力は濃くなっていた。その分、魔量の消耗も激しく、今すぐにでも倒れてしまいたいぐらいキツいわけだが。


 そして俺は円盾の外周縁に魔砂マジックサンドを回転させ、疑似的な円型投擲刃チャクラムを作り出し、屋上から斜め下方向にいるシンに向かって投げつけた。


「喰らえ! サンド・ソーサー!」


 高速回転する円盾は我ながらかなりの回転力だと自信が持てる。命中すれば一矢報いる事ができるだろう。しかし、肝心なのはここからである。


 甲高い回転音を鳴らしながら近づくサンド・ソーサーに気が付かないはずもなく、シンは直ぐに斜め上を向き、サンド・ソーサーの存在を認知した。


 シンはサンド・ソーサーを見て微笑を浮かべたあと、直ぐに横っ飛びで回避しようとした。恐らくこの時、シンは確実に避けられると思って笑っていたのだろう。


しかし、普通に投げれば避けられるであろうことは俺だって折り込み済みだ。


 俺はシンに避ける余裕と考える隙を与えないように、残りの右手に込めた魔力を解放し、追撃した。


「砂よ、敵を封じろ、ヴォルテックス・サンド!」


 俺が叫ぶと同時に、シンの周りに飛び散っていた魔砂マジックサンドが渦の様に回転し、筒状となってシンの退路を塞いだ。上から見ればまるで台風の目に取り残されたかのようにシンが身動きを取れなくなっている。


 戦いの開始直後、魔砂マジックサンドの防御壁をシンに砕かれた際にバルコニーに魔砂マジックサンドが散らばっていなければ、この作戦は出来なかっただろう。


「くっ、マズい!」


 さすがのシンもサンド・ソーサー&ヴォルテックスの波状攻撃までは予想できなかったらしく、初めて窮する声を発した。


 花瓶に花を挿すかの如く、必中を確信した俺は円盾に一層意識を集中させ、全身全霊をシンにぶつけた。


「喰らえぇぇぇ!」


 穴を塞ぐ形になったせいでシンの姿は確認できないものの、回転する渦の轟音とシンにぶつかるソーサーの衝撃音が交錯し、俺は確かな手ごたえを感じた。


 ソーサーの回転音が止まり、辺り一帯の視界を遮ぎっていた土煙も少しずつ晴れてきた。


渦の中心点であり、シンがいるであろう場所を土煙越しに見つめると、シンの声が俺の耳に飛び込んできた。


「あ~、本当に危なかったよ」


 俺の目の前に信じられない光景が広がっていた……。何とシンはあの僅かな時間で、人間サイズまで縮小させた白鯨モーデックを自身の頭上に召喚し、壁代わりにしてサンド・ソーサーの衝撃を防いでいたのだ。


 シンはモーデックの頭を撫でて労い、モーデックも嬉しそうに喉を鳴らしながら頬ずりをしている、まるで猫のようだ。


 全くダメージを受けていないシンは、立ちすくむ俺に笑顔を向けて拍手しながら俺を褒め始めた。


「今の攻撃は最高だったよ、ガラルド君。虚を突いてバルコニーから飛び降りて身を隠し、時間をかけて魔力を練り込んで、斜め後方の屋上から不意打ち、更には高出力のチャクラム攻撃と逃げ場を塞ぐ砂の渦まで放つ用意周到っぷり、戦術的には百点だよ」


「結果防がれたうえに、魔力を全投入しちまったせいで立っているのもやっとだけどな」


「魔力をセーブして戦い続けていても、突破口は開けずにジリ貧になっていただろうから、一撃に全てをかけたガラルド君の判断は間違ってはいないと思うよ。ルール的にも一撃さえ当てればガラルド君の勝ちだったわけだしね」


 手放しで褒めてくれてありがたい限りだが、俺の体に限界がきたようだ。俺は膝が抜けたかのようにその場で倒れた。慌てて駆け寄ってきたリリスが回転砂で擦り傷が出来た俺の手を回復魔術で癒してくれた。


 シンは俺の前でしゃがんで目線を合わせ、握手を求めてきた。


「惜しかったねガラルド君、今日は本当に楽しかったよ。久しぶりに五割ぐらいの力を出したんじゃないかな。また今度手合わせしよう。次の戦いで君が僕に勝つことが出来れば、その時は倍の賞金200万ゴールドをプレゼントするよ」


「あれで五割か……結局シンさんのスキル『白鯨モーデック』の詳細も掴めなかったし、全く底が見えなかったな。いつになるか分からないが、今度はきっと勝ってみせるぜ。こちらこそ今日はありがとう」


 そして、俺はシンと握手を交わした。その後、シンは懐から紙を取り出して何かを記入し、その紙を俺に渡して告げた。


「戦ってみた感じだとガラルド君に合いそうなギルドは『ストレング』が良さそうだね。さっきも言ったけどギルドのトップは俺の部下であり、俺の次に偉い立場でもある四聖の四人が務めている。ギルド名はそのまま四聖の名から取っているから、ギルド長の名はストレングだ。彼は僕と同じぐらい強いから色々と教えてもらうといいよ。この紙をギルドの受付に持っていくといい」


 シンが渡してくれた手紙にはシンの名と一緒に『即戦力の二人』と備考が記されてあった、認めてもらえたんだなぁと改めて嬉しくなってくる。


「色々と世話を焼いてくれてありがとうシンさん。それじゃあ新しいギルドで頑張ってくるよ、じゃあな!」


「ああ、君のハンター人生が最高のものとなることを祈っているよ、元気でね!」


 そして、俺とリリスはシンに手を振って別れを告げた。王宮殿から北へ少し離れた位置にあるギルド『ストレング』に辿り着いた俺達は、受付に紹介状を渡したあと、簡単な経歴書を記入してハンター登録を済ませた。


 受付嬢に『明日、ギルド長との面会を終えれば、直ぐにハンターの仕事を斡旋できるようになります』と説明された俺達は、今日のところは宿に入り休むことにした。どっちみち魔力を使い果たしてしまったから休むことしかできないわけだが。


 部屋に着き一息ついたあと、リリスが改めて今日の感想を述べた。


「本当に変わった街ですけど、活気があっていい所ですね。それに出自が特殊な私たちをこうも簡単に受け入れてくれて本当に良かったです」


「披露会も成功したし、順調な滑り出しだな。王様も人柄が良くて民からの信頼も厚そうだし。といっても流石にリリスが王の問いかけに対して『目的や目標は全て話さなければいけないのでしょうか?』と返した時には少し焦ったけどな」


「一国の王に対してかなり失礼だったかもしれないですよね、反省します……」


「……追放者を集める理由ってのは……やっぱり誰にも言いたくないのか?」


「いえ、少なくともガラルドさんにはいつか必ず伝えます。言わない理由も少し私の私情が入ってしまっていて、言い辛いだけですので……」


 いつも元気なリリスが少し目線を落として語った。その様子を見てこれ以上追及するのはよくないと判断した俺は自分なりにおもんぱかって声をかけた。


「リリスが言いたくなった時に言ってくれればいいし、言いたくなかったら一生言わなくてもいいさ。だから吐露できない自分を責めて落ち込んだりするなよ」


「ありがとうございます、やっぱりガラルドさんは優しいですね……。その優しさを称えてリリス特製膝枕チケットを一枚進呈しましょう!」


「そんな物要らねぇよ! でも、いつもの元気なリリスに戻って良かったよ、さぁ明日はギルド長との面会だ、準備を済ませて早めに休もうぜ」


 笑顔で頷いたリリスと一緒に武具とアイテムの準備を整えた俺達は早めに休み、翌朝を迎えた。


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