第62話 雲なき雷雨(その2、逃げる騎士達)


「お、大盾おおだてを前に出せえッ!!」


 一人後方でウラデミィーが大声を張り上げている。


 どすんっ!どすんっ!


 手に持って使うと言うより、地面に立てて飛来する矢を防御するような大きなものを打ち立てる。騎士達がその後ろで身を寄せ合い、スクラムを組むようにして盾を支えている。そしてそのいくつかの大盾の隙間から長槍の穂先を外に出す。どうやらそうして迎え撃つつもりのようだ。


「よしッ!それで良いッ!!」


 ウラデミィーの満足そうな声が聞こえてくる。


「いかに大きくとも柵を巡らせ陣としている。さらにその後ろには大盾がある!こんな芋虫風情、モノの数ではないわ!!良いか、者ども!近づいてきたら腹部にあたる場所を刺せィ!柔らかな場所をブスブスとなァ!!」


「ダ、ダメですッ!!刃が通りませんッ!!」


「なァにィ?貴様、ちゃんと腹を突いているのか!?」


 配下の騎士の言葉にウラデミィーは不満そうな声を上げた。


「ご、ご覧下さいッ!奴ら、腹を内側にして合体しております!こ、これでは上下左右どこをとっても背甲はいこうを表にしている有様…。長槍も…、騎兵槍ランスでも突き刺せるものではありませぬ!」


「ぬ、ぬ、ぬうぅぅ!芋虫風情が生意気な!互いに身を寄せ合って弱点を補おうというのか!?だ、だが、まあ良い!柵と盾で守りに徹するのだ!あれだけたくさんの虫の集まりだ、動けば必ずや隙が生じる!その時に見せた個々の腹部を突いてやれ!」


「「「「「心得ましたッ!!」」」」」


 ウラデミィー配下の騎士達は号令に従いグッと足を踏ん張る体勢をとった。その時、連結芋虫リンクキャタピラーは柵の目前に迫っている。それは日本の住宅の二階の屋根くらいの高さまである大蛇のような圧倒的な大きさ。その大蛇と化したキャタピラー達が頭部を振りかぶるようにしている。


「た、戦いの素人の僕でも分かる!か、体をムチのようにしならせて…、あのモンスターは柵に体当たりをするつもり…」


 ぶわちぃっ!!!!


 僕の言葉が終わる前にリンクキャタピラーが柵に体当たりをした。戦闘用の陣地さながらに組まれた柵がたったの一撃で弾け飛ぶ!!


「うわああああ!」

「ひいいいっ!」


 盾を構える騎士達から悲鳴が上がった。


「ひ、ひ、ひるむなァッ!」


 誰よりひるんだ声を上げウラデミィーが叫んでいる。


「柵などしょせん木で出来た物に過ぎん!だがその大盾は何重にも鉄板を貼り合わせいかなる矢弾やだまも通さぬように作られた物だァ!!し、死守だァ!これ以上はやらせるな!う、後ろでサリナス殿が…女性達が見ているんだぞ!」


「ものさしがちげーんですよ」


 遠くで叫ぶウラデミィーを眺めながらサミが呟く。


「いかに丈夫に作った盾でも…」


 ぐわあっ!


 再びリンクキャタピラー達が頭部を振りかぶる、その光景は僕に往復ビンタの動きを彷彿とさせた。


「所詮それは人が放つ矢とか石を防ぐ物。巨獣と化したモンスターの一撃を止めやがる事なんて…」


「「「「「「う、うわああッ!?」」」」」


 ぐしゃあッ!!


 ひん曲がったり、砕け散ったり…。ウラデミィーご自慢の厚重ねの大盾も大蛇のひとぎには何の意味もなかった。しかも、鉄の大盾を支えていた配下…、五人の騎士達も吹っ飛ばされ無様に地面に転がっている。


「出来る訳、ねーですよ」


 サミが総結論づけた。


 うーん、こりゃアレだな。日本の機動隊とかが持つジュラルミンの盾をいくらしっかり構えたところでトラックが突っ込んで来たらどうにもならないようなものだ。


「か、かな《かな》わない、かなわないィィ!」


 そう言うとウラデミィーはに逃げ出す事にしたようだ、愛馬に向かって走った。しかし、大型モンスターの大暴れに混乱しているのは人だけではない。馬もまた大混乱、不用意に近づいたウラデミィーはその愛馬の体当たりを受け部下達と同じく地面を転がった。後ろ足による蹴りでなかっただけマシというものだろう、大きな怪我はないようだ。


「う、うぐ…。ヒィヤアアアァァッ!!」


 すっかり恐慌をきたしたウラデミィーは泥まみれになりながらもなんとか立ち上がり、騎乗する事は諦め自らの足で逃げる事にしたようだ。それに六人の荷馬車を扱っていた男達が続く。


 そして最後方、大盾を支えていた騎士達が我も我もと逃げ出した。盾が砕けた事が幸いしたらしい、おそらくあの合体した連結芋虫リンクキャタピラーの一撃を盾が全て吸収してくれたのだろう。派手に吹っ飛ばされたもののこちらも大きな怪我はなかったようである。


「む。ウラデミィー殿、踏みとどまれよ。部下を見捨て、敵と一度も刃も交えず逃げるのか?」


 サリナスさんの声はよく通る。こちらに…、というか僕らの後方に進んだところにあるダンジョン入り口に向かうウラデミィーに馬上から呼びかけた。


「わ、私はァッ!!」


 慌てながらもウラデミィーは叫ぶ。


「あくまで視察に来ただけ!用は済んだァ!」


 そのまま僕らの横を駆け抜けて逃亡していった、部下達がそれに続いていく。そしてここには僕達が残された。


「…さて、我々はどうすべきか?」


 逃げるウラデミィー達を一顧だにせずサリナスさんが口を開いた。


「あのようなものがダンジョン入り口近くにいては他の者が難儀しよう。奥深くに入っている者が戻ってくる際に出会でくわしでもしたら…」


 どうやらサリナスさんはこのモンスターを退治してしまいたいらしい。しかし、あんな強大な奴が相手では…、僕がそう思った時だった。視界の隅に青い髪が揺れた。


 ひらり…、すたっ!!


 馭者席からライが地面に飛び降りた。


「このライ、そしてシグレッタにお任せ下さい」



次回予告。


巨大モンスターに立ち向かおうとするライ。その出撃直前に彼女は傳次郎にこんな言葉を残す。


「こ、この戦いが終わったら…私と…」


「そ、それってフラグ…」


二人はどうなるのか?


次回、なんでも屋のかよだ


第63話、届かない求婚


お楽しみに。

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