第40話 人型拘束(ホールド・パーソン)と二人の追跡者


 ててててっ!!


 頭部が青い子犬と背中に一対の黒いブチがあるヒョウ柄の猫が街道を走っている。言葉だけなら可愛らしく微笑ましい光景だろう。そんな二匹がスピードを上げる、今までは軽い助走だったとでも言いたげに。


 しゅぱっ!

 とんっ!

 ぎゅんっ!

 

 目にも留まらぬスピードで登り坂を跳ね次の瞬間には離れた場所に着地、さらに加速して追跡者達に迫る。


「で、どうするのだ?尾行けて来てる奴を」


 シトリーがアヌビスに聞いた。


「そんな事も分からんのか。尾行を止めさせあるじの事を誰にも洩らさぬように誓わせるのだ」


「ふん!それならひと思いにってしまえば良いではないか」


「それを主が喜ばぬのだ!ゆえに我が神族の徳をもって悔い改めさせる」


「…上手くいくとは思えんがの」


「まあ見ておれ、我の手並を」


 そんなやりとりをすること数十秒、二匹には追跡者達の姿をハッキリと捉えた。細い体に古い革鎧を着ている。それはよくあるこげ茶色一色ではなく、黒い部分もあれば灰色がかった部分もある。


 字面じづらだけ見ればちくはぐな印象にも思える。しかし、それが妙に調和しているのだ。普通ならどこかおかしな格好だと思いそうなものだが実は計算され尽くした配色なのである。それは木々や草むらがある自然の中に立った時に進化を発揮する、また暗くなれば暗くなるほど良い。地球で言えば迷彩服カモフラージュというやつだろう。


 ちなみに忍者が着ていたと思われている黒装束くろしょうぞく、実際には使われないらしい。ほとんどの者はこげ茶とか濃い草色の服を着ていたとの事。黒は夜に行動する忍者に好まれそうなものだと感じる所だが、実はその黒が致命的になるというのだ。


 月明かりなどわずかな光でもあればその黒装束と周りの景色の差を際立たせてしまうのだ。それは景色の中に輪環を浮かび上がらせる、わざわざ教科書の重要な文章テキスト部分に蛍光ペンで目立たせるようなものだ。


「小細工は無用だな、このまま行く」

「構わん、さっさと済ませてわらわはあの『こたつ』とやらの中に潜りたい』


 そう言い合うと二匹は空高く跳ね上った。



 セキザンの商業ギルドマスター、ムーラ・カミュ・ファンドゥの命令で二人の男が傳次郎達を追跡していた。二人がセキザンの街を出たのは傳次郎達が街を出てから二日後の事だった。用意させた塩も荷馬車も冒険者達も無駄となったムーラ・カミュ・ファンドゥが周囲に当たり散らし冷静になるのに時間を要したためだ。


 ロクに荷物を持っていない軽装の男がグランダライ公国に塩の販売をすると言う。しかも荷馬車の一台も連れていない。公国の姫騎士と同道しているのだ、まさかなんて事はないだろう…それがムーラ・カミュ・ファンドゥの考え方だった。


「あの若造は何らかの手段で連絡つなぎをつけてどこからか荷馬車を呼ぶんやないか?あるいは現地で落ち合うとか…」


 そう言って二人の冒険者を探りにやらせた。正直、素行は良くない。しかし腕は確かだ、金に従順なところも良い。必要とあらば赤児あかごさえも躊躇わずに殺すだろう。


「見たか?」


「見た。ゴブリンを倒した」


『そっちじゃねえ」


 ぱしん!最初に問いかけた男が応じた男の丸刈り頭を叩いた。


「建物が建った!」


「そう、そっち」


 丸刈り頭の方が少し背が高い、反対にもう一人は無造作な短髪の小男こおとこだ。密かにレトロゲーム好きな傳次郎なら『スパ◯タンXに登場するトムトムか妖術使いか?』と言った事だろう。


「あれなら昨日みたいな雨でも濡れないな!」


 ぱしん!


「そうじゃねえよ。いや、それもそうだがよ」


 昨夜、長い時間ではないが雨が降った。雨を避けながらの野営をしたのだが火を焚く訳にもいかず難儀なんぎした。今も着ている物は湿っぽい。


「きっとあの中に物も金もあるんだ!」


「まあ荷物持ってねえからな。それに寝泊りも出来そうだしな」


「良いなー!ムーラの旦那、すぐに後を追えって言うからロクに荷物も用意が出来なかったんだもん。野ウサギ捕まえて食べなきゃならなくてさー」


 ぱしん!


首刎くびはねウサギだよ!」


「そうそう!そうとも言う〜」


 ぱしん!


「そうとしか言わねえよ」


「じゃあさ〜、アレ…っちゃおうよ。邪魔するなら殺しちゃえば良いんだ!」


「待てよ、あの中に本当にあるかが分からねえだろ。だから今は我慢しろ」


「え〜、やだよ〜!ちゃんとした物、食べたいよ〜!」


 丸刈り頭がそう言った時だった。


 すとん!すたっ!


 高く跳んだシトリーとアヌビスが二人の前に降り立った。


「あ〜、子犬ワンワンだあ!子猫ニャンコもいる〜!変わった柄だねえ!?」


 丸刈り頭がニコニコしながら二匹に視線を向けた。


「ねえねえ、おいでおいで〜」


「コホン!我は神族、冥界に住まうアヌビスである。楽にするが良い、人間ひとの子よ」


「「しゃ、しゃべった!?」


 二人の男が顔を見合わせる。


「我にとって言葉を話す事など造作もない。それよりも…」


「頭が青い毛でぇ…、ここなんか金色ぉ…」


 丸刈り頭がアヌビスの姿に釘付けだ。


「ふむ、我の神々しい姿に…」


「これは高く売れるよぉ!」


 そう言うと丸刈り頭がアヌビスを捕まえようと手を伸ばす。


「何をする!?」


 アヌビスが素早く身をかわした。


「ッン!!」


「ッ!?」


 いつの間にか背後に回っていた男がアヌビスに手を伸ばした。


 ぴょん!


 アヌビスはそれを高く跳ねてかわした。


「ふ、ふはははっ!神の徳とやらはどうした!?欲に目がくらんだ此奴こやつらには何の効果も無いようじゃぞ!」


 おかしくてたまらない、そんな様子でシトリーが笑う。お腹を抱えてパタパタパタ…、背中の羽を広げて飛んでいる。


「あ〜!羽が生えてる〜。これも高く売れるぞぉ!」


 丸刈り頭がシトリーを指差して言った。捕まえようとするがシトリーも素早い、伸ばされる手をたやすくかわしていく。


「やるか?」

「そうじゃな」


 アヌビスがシトリーに問いかけるとそちらを向かないままシトリーが応じた。


「「人型拘束ホールド・パーソン」」


 たちまち幾重にも光の輪が現れ二人の男の体を縛りつけた。たちまちその身動きを取れなくする。


「な、な、なんだこりゃあ!?」


人型拘束ホールド・パーソン、この犬と猫は魔法を使うのか?」


「ほぅるどぱぁそん?」


「知らねえのかよ、人間とかゴブリンとかヒューマンの形した生き物にかける魔法だ!魔法で縛りつけて身動きを取れなくするんだ。さっき見てただろ!」


「あー、ゴブリンに使ってた〜!」


「気づくの遅えよ!」


 動けなくなったとはいえしゃべる事はできる。二人は今起こっている事を話し始めた。


「まさか同じ魔法を使うとはの」


「我は主との誓いは守るのだ、ゆえに傷つけず無力化した。貴様の方こそ…」


「妾の力ではやり過ぎるからの。あの女子おなごの使った魔法を真似したに過ぎぬ」


「ふん、良い方法を人間ひとの子に教えられたという事か」


 ふわり…、すとん。


 シトリーが地面に降り立つ。二匹が並んで拘束された男二人を見上げた。


「さて、これでゆっくりと話せそうだな」


 アヌビスが二人の男に話しかけた。

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