4.32.一瞬


 応錬が片手をあげ、それを天使へと向ける。

 何かする気だということはすぐに分かったので、天使も盾を前に構えた。


「死なないように手加減するのって、意外と難しいんだよな」


 そう言ったあと、応錬の開いていた手が一気に閉じる。


「『無限水躁むげんすいそう』」

「!!? なっがぼぼ!!?」


 次の瞬間、天使の背後から大量の水が広がった。

 それは天使を飲み込み、暴れるのを押さえて質量をどんどん大きくしていく。


 上ばかり気にしているようではあるが、人間の兵士は今も尚応錬に迫って来ていた。

 危ないと思ったのも束の間、急に糸が切れたかのようにばたばたと人間が地面に倒れていく。

 なにが起こったか分からずに死んだものがほとんどだったようで、誰一人として苦しんだ表情をしていない。


 天使に連れられてきた兵士は、今この場を持ってゼロとなった。

 残るは、大将だけである。


 応錬が脇差を抜刀する。

 その刀身は意外なことに黒く、周りで燃えている炎の光を受け付けない。

 切っ先を今も尚水の中で暴れている天使へと向ける。


「話を聞かせてもらおうか」


 黒い刀身の脇差を、片手で軽く振るう。

 一瞬なにも起きなかったかのように思ったが、応錬が技名を口にした瞬間それを目にする事ができた。


「『天割てんわり』」


 ズバンッ!!!!

 水が縦に裂け、大地も裂け、空を漂っていた雲すらも裂けた。

 なにが起こったのか皆目見当がつかなかったが、少なくとも天使の構えた盾を両断し、ダメージを与えたことは分かる。


 瞬きの一瞬ですべてが裂け、もろに攻撃を喰らった天使が地面へと落ちる。

 それを水を操って回収し、更に水を拘束具として腕と足に巻き付けた。


 一通りの作業を終えてから、応錬は手に持っている黒い日本刀を見る。

 魔法袋の中で四百年眠っていた日本刀だ。

 それは昔と変わらず、手に馴染んだ感触が今でも残っていた。

 しばらく眺め、静かに納刀する。

 今度は魔法袋の中へは戻さず、腰に差したままにするようだ。


「うんうん、いい感じだ」

「劣ってはいないようですな」

「成長してもいないけどな」


 軽く笑い合う二人を見ながら、僕は口を開けて驚いていた。

 ウチカゲお爺ちゃんが消えたと思ったら人間の兵士全員倒れてるし……瞬きしたら地面が割れてたし……。

 えっ……何この人たち……。


「つっよ……」

「アブスさんが、応錬さんの封印を最初に解こうって言った意味が分かった?」

「う、うん。分かった……。なんか、あの人が居れば何とかなる気がする」

「戦力としては申し分ないからね」


 アマリアズの言う通りだし、アブスさんは嘘をついていなかった。

 本当に、あの人は四人の中でも一番強そうだ。

 ウチカゲお爺ちゃんもそうだけど、やっぱり技能を持っている人は強い。


 ……いやでも、もしかしたらあの天使が弱かった……?

 何の抵抗もできていないように見えたしなぁ。


 そんなことを考えていると、応錬さんとウチカゲお爺ちゃんが天使を起こして尋問をし始めようとしている。

 展開が早くて少しびっくりしたが、僕たちは一度顔を見合わせてその話を聞くことにして近づいていく。

 それにしても見事な手際だ。

 こういう経験が何度かあったのだろうか?


「あ、そうだ。その前にダチアを治しておかないと」

「……お前、思い出したみたいに言うんじゃねぇ」

「はははは、悪い悪い。『大治癒』。あとこれ飲んでおけ」


 技能を掛けられ、ダチアの体が少しの間緑色に淡く光った。

 すると体についていた傷が見る見るうちに癒え、出血も止まったようだ。

 放り投げられた小さな瓶には、水色ではあるが淡く緑色の光っている液体が入っていた。

 ダチアはそれを一気に飲み干し、瓶をその辺に捨てる。


 体の調子を助かめる為に何度か腹を軽く叩いてみるが、違和感は一切ない様だ。

 苦しそうな表情は消え、そのままスッと何事もなかったかのように立ち上がる。


「助かった」

「いいって。それよりこいつ尋問してくれないか? 俺、得意なの拘束までだったわ」

「任せておけ」


 指を鳴らしながら先ほどやられた意味合いも込め、気絶している天使の顔面に蹴りを繰り出す。

 いきなりその乱暴さで尋問に挑むのか、と数人はその行動に引き気味だった。


 とりあえず尋問はダチアに任せることにして、応錬はこちらへ近づいてきた。


「どうよ!」

「凄まじいですね……」

「はははは、そうだろう! ま、今の技能は俺の持ってる内のほんの一部だけどな」

「幾つ持ってるんですか?」

「えーと、四十くらいか」

「「四十!!?」」


 さらっと事も無げに言ったことに対し、僕だけでなくアマリアズも驚きの表情を見せた。

 自分の中にある技能だって、十個あればいい方だ。

 もしかしたら気付いていない技能もあるかもしれないが、それにしたって四十は多すぎる。


 昔はそんなに多くの技能を所持することができたのだろうか?

 そんな疑問が浮上したと同時に、そういえば聞かなければならないことも多いことを思い出した。

 だが今は、自分の父親について聞くのはよしたほうがいいだろう。

 この天使から情報を聞き出し、次にする事が定まった後、移動中に聞くくらいでちょうどいい。


 急ぎではないのだ。

 応錬がいる限り、話はいつでも聞くことができる。


「ちなみに耐性は十五個あるぞ」

「耐性が……十五……?」


 やっぱりこの人おかしい。

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