4.16.天使について


 魔族領に来た目的は、天使に対する対抗手段を得るため。

 現地に住む悪魔には、その協力を要請するために来たのではあるが、既にウチカゲがダチアに申告してくれていたので、そこはスムーズに進行することができた。

 アブスさんには悪いことしたけど……。


 僕たちがダチアさんたちにしなければならない話もあるけど、まずは天使について理解しておきたい。

 とりあえず敵だということは分かっている。

 技能も持っているみたいだし、四百年前に起こっていた戦いにも一枚噛んでいた。


 それに、何かしようとしていることも分かっている。

 だが具体的な話は一切分かっていない。

 悪魔の情報網であれば、何か知っているかもしれなかったのでまずは彼らの話に耳を傾けることにした。


「まず天使とは、俺たちが戦ったなにか・・・の味方をしていた存在だ。応錬のせいでなんなのかは分からなくなってしまったが、それだけは確かだ」

「四百年前、その天使は何をしたんですか?」

「分からん」


 意外な回答に、僕はちょっと驚いた。

 てっきり数百年前の戦争は終わり、その過程で起こったことはすべて歴史になっていると思っていたのだが、そういうわけではないらしい。

 だがそれには理由があった。


「もちろん、天使については調べ上げた。奴らは最後の最後でバルパン王国という所で事を起こしたのだ。だが、派遣した悪魔は全員帰ってこなかった」

「帰ってこなかった……? 天使はそんなに強いのかい?」


 アマリアズが口を挟む。

 悪魔が天使の調査に向かって帰ってこなかったということは、死んだことを意味する。


 もし、もしアマリアズが前に行っていたことが真実だとしたならば、天使を生み出したのはアマリアズということになる。

 技能の神だとも言っていたし、彼らに付与した技能なども覚えているはずだ。

 彼らについて誰よりも知っているからこそ、ダチアの言葉に疑問符を浮かべたのだろう。


 何を何処まで知っているのかは分からないが、ここでこの事を口にしてしまえばアマリアズは悪魔たちに拘束されてしまう可能性がある。

 今はこの事は黙っておいた方がよさそうだ。

 知りすぎるっていうのも、何処かでボロが出るかもしれないから怖いな……。


 ダチアはアマリアズの最もな問いを聞いて、腕を組んで唸った。


「強かったのだろう。中級悪魔では戦いにもならない程に」

「あの時派遣したのは僕の小さな部隊だったんだ。体を変形させることを得意とする仲間たちだったんだけど……。帰ってこなかったからね。そういうことだと思う」


 少し寂しそうに、アブスが呟く。

 連絡手段役を担っていた下級悪魔ですらも連絡が途絶えてしまい、最後にはアブスともう一人の上級悪魔──当時は中級悪魔だったが──と共に大部隊を連れてバルパン王国へと向かった。

 だが天使はすでに撤退しており、その場には痕跡一つ見つからなかった。

 先行させていた仲間たちの死体も。


 だが、天使についての情報は応錬がほんの少しだけ握っていた。

 彼らの仲間がバルパン王国に潜伏しており、それらが連絡を寄越してきたのだ。

 その内容は、天使が人々の前に現れて何かを唱えていた、というものだった。


 教会に潜入して乗っ取ったという報告もあったので、彼らのことにも注意を払って捜索をしたが、それすらも撤退しており、調べた時には教会はもぬけの殻状態だったことをアブスは覚えている。

 結局、それから調査は進展せず、バルパン王国での調査は打ち切りとなった。


「それから今の今まで、天使の姿を見た者はいない。そして、その教会の人間たちすらも」

「……! アマリアズに襲ってきたあの男って……!」

「可能性は高いと思うよ。天使によってどこかに連れ去られた、教会の信者……」


 忘れすはずもない十二歳の時に起きた男と魔族領の魔物の襲撃。

 アマリアズはあの男が神の名を口にしたことを覚えている。

 それは僕にも共有されており、ウチカゲお爺ちゃんも知っていることだ。


 この四百年間、何処かで天使がひそかに活動しており、信者を増やし続けているとすれば……。

 ああいう人材が育っていても、なんらおかしくはない。


「あっそういえば! ダチアさん!」

「なんだ?」

「昔、僕たちを攫おうとした男がいたんです。その男が身に付けていた防具なんですけど、魔道具らしくて。テキルって人が作ったものだってウチカゲお爺ちゃんが言っていたんですけども……」

「「テキルの武具!?」」


 ダチアとアブスが目を瞠って驚愕の表情を露にした。

 アトラックも一瞬だけ目を開き、すぐに難しい表情に切り替わる。


「え……知り合いですか?」

「おいおい……流出してんじゃねぇかあの馬鹿やろうが……」

「えーっと、テキルって人は簡単に言うと魔道具制作のプロだね。作り出す物は超一級品。あ、ウチカゲの義足も彼が作ったんだよ」

「へぇ!? そうなんですか!?」

「うん。でも、とても危険な物ばかりだったな」


 テキルには、兄がいた。

 兄は戦闘が得意であり、彼の手助けが何かできないかとテキルは幼いころから思案し、そして魔道具を作るという技能を開花させる。

 出力魔力を底上げする魔道具、空を飛ぶことができる杖型の魔道具、痛覚を遮断することができる魔道具。

 これらすべてがテキルが幼い頃に作り出したものであり、国宝レベルの財産に指定されている。

 今は前鬼の里で厳重に保管していたはずだ。


 だが、幼いころから開花させていた才能は大人になっても輝き続ける。

 更に高性能、軽量、量産などを計画に入れて作り続けてきたが、そこでふと、作業の手をはたと止めてしまった時期があった。


「己の才が恐ろしくなったのだ」


 兄を手伝うだけの魔道具が、いつの間にか人を殺すためだけの魔道具に変わっていた。

 戦闘職だった兄を手伝っている時点でその根本的な内容は変わらないかもしれないが、これはテキル自身の考え方の問題だ。

 量産に手を付けようとした時点で、兄を手伝うという目的とは違う方向へと進んでいる。

 それに気付き、辛うじて大量虐殺兵器誰でも使える魔道具の量産は打ち止めとなった。


 それからは前鬼の里の農業に使えそうな魔道具や、身を守ることができる鎧、折れることのない釣り竿など人の命を守ることができるような魔道具の生産に力を入れていたように思う。

 しかし……その設計図は、残っていたはずだ。


「それが何かしらの原因で流出したとなれば、たとえ人間でも鬼に勝る力を手に入れている可能性がある」

「……この四百年間天使が現れなかったのは、下準備ってことかな?」

「なんにせよ、動き出した時期が宥漸がこの時代にやって来てから、というのが腑に落ちん。情報を得るためにも、何か打開策を用意しなくてはな」

「「ああ、それなら」」


 僕とアマリアズが声を合わせた。

 アブスも話の内容を知っているので、何を口にするかはすぐに分かったらしい。


「僕、応錬っていう人の封印を解けるみたいです」

「……!?(驚愕する)」

「なんだと!!?」

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