1.12.占い


 元気よく挨拶をしてくれた姫様に対して、僕は軽く会釈した。

 というかなんで僕の名前を知っているんだろう。

 ウチカゲお爺ちゃんが教えていたのかな?


『ねぇねぇ! お母さんは元気!?』

「えっと、元気……です」

『わーよかったぁ~! 鬼と人って違うから取り上げる時怖かったのよねー! でも元気なら安心ね! 宥漸ちゃんも元気そうだし、ウチカゲは……すごい歳とっちゃったけど』

「生きていれば、誰でも歳はとります」


 そう言って、ウチカゲお爺ちゃんは自分の白髪を触った。

 歳をとれば髪の色も変わり、角の色も変わる。

 まだまだ自分に死の影は近づいて来ない、とよく口にしていることがあるけど、一体何歳まで生きるつもりなんだろうか。


 だがそれはそれとして……。

 今のウチカゲお爺ちゃんの喋り方は、他の鬼たちと同じ喋り方だ。

 それが何だか凄い違和感があった。


「ウチカゲお爺ちゃん。なんでウチカゲお爺ちゃんは姫様に対してそんな喋り方なの?」

「ふぅむ……。この方は年齢だけで言えば私より年下だが、立場としては私より上なのだ」

「立場?」

「姫様が生きている昔、私はこの方に仕えていたのだ。つまり……上司」

「上司って?」

「……目上の人」

「目上?」

「…………姫様、何か良い言葉はありませぬか」

『前鬼城現当主しっかりしなさいよ!!』


 長生きをしているからなのか、子供に分かりやすく説明するのが不得手になってしまっているようだ。

 苦笑いをして頬を掻く。


 姫様がウチカゲお爺ちゃんを叱責してから、こほんと咳ばらいをして向きなおった。


『宥漸ちゃんにも分かりやすく説明するなら……そうねぇ。あ、じゃあまず、敬語って誰に使う?』

「知らない人? とか?」

『うんうん、正解正解。じゃあ宥漸ちゃんは、自分と同じ歳のお友達にも敬語を使う?』

「んー、仲良くなった鬼たちには使わなかったです」

『お友達だからかな?』

「多分……」

『でも大人になるとね、同じ歳の人にも敬語を使わないといけない時があるの。立場とか上司とか、年上の人とか知らない人とかには特に注意しないといけないんだ。今は難しいお話だけどねー』


 説明しながら、手を使って上司や年下の人を表現している。

 まだちょっと分かりにくいけど、言いたいことはなんとなく分かってきた。


「でも僕、ウチカゲお爺ちゃんには敬語を使ってないですよ?」

『ウチカゲはいいの! ていうかまだ小さい宥漸ちゃんは敬語を使わなくても誰も文句は言わないわよ。大丈夫大丈夫~。ま、もうちょっと大きくなったら理解できるわ』

「へー……」


 ……結局どうしてウチカゲお爺ちゃんが姫様に敬語を使っているのか教えてもらってない!

 なんかはぐらかされてる!


「それで、どうしてウチカゲお爺ちゃんは姫様に敬語を使っているんですか?」

『くっ……騙されなかったか……!』

「まるわかりですよ」


 どうやら姫様は説明をしている内に、自分じゃ教えるのは無理だと悟ったらしい。

 それで曖昧な答えを出して話から逸れようとしたようだ。


 だがどうにも立場やら関係性やらを教えようとすると、難しくなってしまう。

 考えても分かりやすく説明はできなさそうだった。


「まぁいいか」

『いいの?』

「宥漸。姫様は私が昔……若い頃に仕えていた城主様の娘なのだ。城の中で一番偉い人の子供なのだよ」

「ああ! だからか!」

『ええええええ!? それで分かったのぉ!?』


 今のが一番分かりやすかった気がする!

 姫様の説明は分かりやすく説明しようとして空回っていた感じだった。

 やっぱりウチカゲお爺ちゃんは凄い。


 姫様は納得がいかなかったのか、ゆっくりと沈んでいってしまった。

 すると、眠気が襲ってくる。


 こんなに夜更かしをしたのは初めてだ。

 瞼が重くなり、目を擦って目を覚まそうとするが……無理そうだった。


「……」

「宥漸、明日から特訓だ。今日はもう寝なさい」

「う~ん……」

「それでいい」


 もそもそと布団にもぐり、目を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。

 その様子を見ていたウチカゲはしっかりと毛布を肩までかけ、ぽんぽんと軽く頭を撫でる。


 すると真横からにゅっとヒスイが出てきた。

 可愛らしい寝顔を見てニコニコしている。


『むふふ……』

「そんなに出てきて大丈夫ですか?」

『ええ、大丈夫よ。技能を使わない限りはそう簡単に死なないわ。ていうかウチカゲ、カルナさん連れてきてよ! お話がしたいわ!』

「機会があれば連れて来ましょう。ではそろそろあれを頼めますか?」

『そうね』


 ヒスイは宥漸の頭に手をかざすと、目をつぶって技能を口にする。


『『占い』』


 しーんと静まり返る和室の中で、その言葉だけが響いた。

 特に何か起こるということはない。

 しかしヒスイは確かに感じ取っていた。


 占い、という技能は未来視に近い能力を持っているのだがあまり精度が良くない。

 数十から数百の人生の分岐点があり、それが一気にヒスイの頭の中に流れ込んでくる。

 それをすべて見て、一番確実になりえる未来を探し当てていく。


 ヒスイは数百本からなる人生の分岐点で、一つの共通点を見つけた。

 どの分岐点を選んでも、その人物が必ず入っているのだ。

 それも、良い方向に持って行ってくれている。


『……誰? この子』

「どうされましたか?」

『数年後、宥漸ちゃんの未来に欠かせない人がこれから現れる。宥漸ちゃんより年下だけど、年相応の性格はしていないわね……あっ』


 占いの効果時間が終わり、パツンッと弾き出されるようにしてヒスイは戻ってきた。

 これを使うと頭が少しくらくらするので、早々に眠りにつきたい。

 だがウチカゲがそれを許さなかった。


「それは誰ですか?」

『うう……。分からない。でも、宥漸ちゃんの助けになってくれる人よ。絶対に損はしない』

「なるほど、分かりました」

『それじゃあねぇ~』


 ヒスイは今度こそ、眠る為に天井へと消えていった。

 その様子を見届けたウチカゲが腕を組み、宥漸を見る。


 あの占いの中の分岐点にすべてその人物が出てきたというのであれば、確実にその人物とは出会うことになるはずだ。

 良い方向、とは言っていたがそれは本当に良い方向なのだろうか。

 その人物と接触して、よからぬことが起きなければいいのだが。


「……なるようにしかならんか」


 そう独り言ち、静かに襖を閉めて自分の部屋へと戻ったのだった。

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