第30話 最弱で最強

 ▽▲▽


「いや、めっちゃ負けちまったわ!」


 圧倒的実力差で正面から負けた普代剣将。

 彼は屈辱的な敗北をした直後でもカラッとした空気を纏っていた。

 他のふたりに関しては、紫波雪風に拉致られてボロボロのコンディションで帰ってきた訳だからまだ自身にも他人にも言い訳ができるだろう。

 万全の状態じゃなかったから負けました、と。

 しかし、彼の場合は違う。

 真面目に練習し、体調体力ともに万全に整えた状態。

 それでも、ボロボロだったふたりより無様に負けたのだ。

 今度は普代くんの方が、部活を辞めかねない。

 ボクはそう思っていた。

 だが、連絡試合が終わった後に皆んなで集まって行った反省会。

 そこで彼は、引け目を感じさせない声色で自身が負けたことをちゃんと受け止めていた。


「明日からまた練習頑張るわ!」


 そう言い放ってガハガハと豪快に笑う彼の姿に呆気に取られたのは、ボクだけじゃない。


「お前、悔しくないのか?」


 彼にそんな問いかけをしたのは、どちらの先輩だっただろうか。

 あんなに無様に負けて、悔しくないか、恥ずかしくないか。

 ーー辞めたくならないか、と。


「悔しいッすよ、勿論。けど、だからって辞めることもしないし、強くなることを諦めませんよ。だって俺はーー」


 にこやかに笑って、彼は続ける。


「剣道、好きッすもん」


 普代くんのその言葉で、ボクは少し前世むかしを思い出した。

 かつて男子高校生だったボクはその頃、サッカー部に所属していた。

 と言ってもガチガチの部活ではなく、ボクの同期は自身を含めて三人しかいないような感じ。

 そんな三人の中で、当初一番上手かったのはボクだった。

 入学時までサッカーの経験は殆どなかったけど、運動神経には自信があったタイプだし、実際にそうだった。

 反面、三人の内のひとりはかなりの運動音痴で、入った当初はあまりのに先輩たちが呆れ返っていたレベルだった。

 実際、彼に対し先輩たちは何度か退部を勧めていたらしい。

 ここにいても活躍できないだろうから、別の文化部とか行ったらどうかと。

 だが、結局彼は退部をすることは無かった。


 ーーそれどころか、三年生の時に部長となったのは彼であった。


 彼は自分が弱いと知っていてもなお、絶対に諦めなかったし、日々練習を怠ることもなかった。

 毎日、誰よりも早くから練習を始め、帰るのは一番遅かった。

 だからと言って、劇的な上達もしなかったが。

 ある時、ボクはふと聞いてみたんだ。


「なんでそんなに頑張るんだ?」


 そんな問いに、彼はなんて事なくこう返した。


「好きだから」


 日々の誰よりも辛い練習を含めて、彼は誰よりもサッカーが好きだったのだ。

 結果的に、その姿勢は徐々に先輩たちだけでなく部活内の雰囲気そのモノを変えていった。

 最後まで実力は努力には追いつかなかったが。

 それでも彼は、皆に認められていた。

 ーー結局は、そうなのだ。

 どれだけ辛い道程も含めて愛して、楽しんで進める奴が結局は一番凄い。

 一番、強い。


 だからこそ、紛れもなく。

 この剣道部において、最強なのは普代剣将だった。

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