第56話 セバスチャンはどうにも犬が嫌いらしい
季節はすっかり秋になってしまった。あれから何度かルーちゃんと連絡をとりたい!とニコラスにお願いしてるのだが「まだダメ。もうちょっと待ってて」と断られてしまっている。
「おのれ、ニコラスめ……」
私は自室でセバスチャンの作ったおやつのケーキにフォークをぶっ刺しながら憎々しげに呟いていた。ニコラスはヘラヘラしてるわりにはルーちゃんの事に関してだけは頑なに断るのだ。ちょっとくらい融通してくれてもいいのに!と、ついふてくされてしまいそうになるのも仕方ないど思う。
「アイリ様は最近あの犬の事ばかりですね」
「え?」
耳元で声が聞こえて思わず振り向くと、いつの間にかセバスチャンの顔が近距離にあり黒曜石の瞳に私の顔がうつって見えた。
「そんなにお気に召しましたか?」
セバスチャンが私の頬をそっとなでるとその指先が唇に触れる。ひんやり冷たい指先の感触にドキッと胸が鳴った。
「え、あの、だってルーちゃんを助けてもらったし!それに縦ドリルのいじめもなくなったし。そりゃ婚約は嫌だけど、そんなに悪い人じゃないかなって。だから、友達くらいには思ってる……けど……」
いつもの無表情なのに、セバスチャンが悲しそうな顔をしているように見えたせいか言葉の後が続かない。
「そうですね、
私にはルチア様を救うこともあのいじめを止めることもできなかった」
「それは……セバスチャンのせいじゃないよ」
ルーちゃんを助けられなかったのはゲームの進行状況が把握出来なかった私の責任だと思っているし、あのいじめも確かに煩わしかったけどセバスチャンが一緒にいてくれたからそこまで辛くはなかった。それに執事という立場のセバスチャンにどうにか出来る問題でもない気がする。なによりもセバスチャンはラスボスなのだから、ヒロインのいじめ問題に関わることすら無かったのだ。でもセバスチャンの唇から紡がれたのは私にとって残酷な言葉だった。
「私をペットにするより、あの犬とご結婚された方がアイリ様は幸せになれるかもしれませんね……」
そう呟き、私から指先を離す。
「セバスチャン、なんで……」
そんなこと言うの?と聞けなかった。
セバスチャンは1年間の契約で執事をしているだけだし、もうその期間も半分過ぎてしまっている。もしかしたら今の言葉はもう私と一緒にいるつもりは無いって意味なんだろうか。と思ってしまったのだ。
そんな不安に襲われた時、背後から2本の腕が伸びてきて私をぎゅうっと抱き締める。
「そんな顔して、どうしたの?リリー」
私の肩の上に顎をのせ、ニコラスがいつものいじわるそうな笑みを向けてきた。
「……ここは女子寮なのになんで入ってこれるのよ?部屋にも鍵をかけといたはずなのに」
私は手のひらでニコラスの顔を力いっぱい押し退けるが、びくとも動かない。
「リリーの婚約者なんだから顔パスで入れたよ?鍵もほら、合鍵もらいってぇぇ?!」
『ぎゅい!』
勢いよく離れたニコラスの耳にはバレッタがぶら下がっている。すっかり元通りになったナイトはどうにもニコラスが気に入らないらしく(他の人がいなければ)隙あらば噛みつくようになってしまった。
「なるほど、合鍵を勝手に入手していましたか……。女子寮にも出入り自由とは……」
セバスチャンが地を這うような低い声でニコラスの腕を掴むと、ピチャンと水音がして青い熱帯魚が金魚鉢から飛び出した。熱帯魚はあっという間に人魚の姿になるとニコラスの足をがっちりと掴んでいる。
「……それって、アイリが寝てるときでもいつでも忍び込んでくるってことよねぇ」
人魚はいつものきれいな顔じゃなくてあの魔物の顔だった。
「に、人魚?!ちょっ、リリー?!人魚まで飼ってるなんて聞いてな……!」
「あたし、
人魚が鋭い爪でニコラスを抱き締めると、セバスチャンが無言で金魚鉢の中の水をニコラスと人魚に頭からかけた。
「うわっ、この陰険しつ……!」
ニコラスは最後まで言い終わることなく人魚と共に水の中に沈んで消えてしまった。床には小さな水溜まりが残ったがそれすらもセバスチャンがささっと掃除してしまうとニコラスがいた痕跡は欠片も残らなかった。
「な、なにごとなの……?」
「少々ムカついたので魚類の海に落としました。人魚と一緒なら水さえあればいつでも行けるそうでしたので。心配しなくてもちょっといたぶ……遊んだら帰ってくると言っていました。魚類だけですが」
「えーと、それは……」
ニコラスを海のゴミ捨て場に置き去りにしてくる。と言うことでは?それは大丈夫なのだろうか。(国際問題的に)
「ーーーーアイリ様」
「ん?なに、せば……!?」
ふわりとセバスチャンの腕の中に包み込まれ、一瞬何が起こったのか理解できずに言葉を失ってしまう。
「やはり先程の発言は撤回します」
撤回?なにを??
撤回されるような言われた事を考えようとするが、セバスチャンのひんやりした胸に顔を押し付けられ抱き締められていると思うと考えがまとまらない。あぁぁぁぁあぁ、だって、いい匂いがする!
「どうしてもあの犬がアイリ様に触れる度に、イライラしてムカついて、モヤモヤします。きっと、これは私が」
ニコラスがいるとモヤモヤする?
「私が、
……ん?どーゆーこと?もしかしてセバスチャンは犬嫌い?猫派だったの?
「ほ、滅ぼしたらダメなんじゃない?」
「そうですね、だからこれ以上むやみに増えないようにするしかありません」
そういいながらセバスチャンは私を抱き締める腕に力を込めた。
「アイリ様が子犬を増やすというのは、とりあえず阻止します」
私はよくわからなくて首を捻る。もしかして人狼は分裂でもするのだろうか。アメーバじゃあるまいしとは思うが謎のキャラクターならなんでもありなのかもしれない。
「?セバスチャン?なんかよくわからないんだけど……」
私が頭を悩ませているとセバスチャンは私を放し、手を取りその指先に自分の唇を押し付けた。ちゅっ。と小さく音が鳴る。
「……早く私をその気にさせてみなさい。ということです」
いつもの執事スマイルとは違う優しい微笑みに、指先に残る熱い感触。私は久々のセバスチャンのお色気オーラに真っ赤になってしまいヘニャヘニャと腰が砕けた。
「が、がんばりまふ……」
なんか、やっぱりよくわからないけど、とりあえずセバスチャンはまだ私の執事をやめる気はないと言うことでいいのだろうか?と再び頭を悩ませるのだった。
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