第47話 不思議な夢はぷるんと揺れる
「え?隠しキャラクター?」
そう聞いたのは茶色がかった肩までの黒髪に、同じく茶黒の瞳を持った平均的な日本人顔の少女だった。
紺色のセーラー服を翻し、「フッフッフッ」とどや顔をする友人が座る机の前の椅子に急いで座り顔を近づける。
「あのゲームにそんなのいたっけ?それって吸血鬼様になんか関係とかある?」
「あんたは、なんでもかんでもラスボスなんだから」
同じセーラー服に身を包んだ友人が腰まである三つ編みの先を摘まみ、あきれ顔で少女の鼻をくすぐった。
「くひゃん!」
「わ!鼻水つけんな~っ」
学校のどこにでもある休み時間のひととき。そんな感じがした。
「で、どうやって出したの?そんなキャラクター、公式でいたっけ」
「それが、シークレットキャラだったみたいなんだ~。なんとね、……ハーレムルートにいたのさ!」
再び友人がどや顔をする。どうやらこの友人はかなりゲームをやり込んでいて公式にも載ってない情報にも詳しいようだった。
「私、ハーレムルートやってないもん。だって吸血鬼様が出てこないし」
「だからあんたは、そのラスボスに対する異常な愛をどうにかしなさいよ。ハーレムルートで全員手玉にとるのがいいんじゃん」
友人はずいっと顔を顔を寄せ、手のひらで口元を覆うと少し小声で語った。
「いい?なんとハーレムルートにはラスボスの代わりのキャラクターが出てくるのさ。あんまりネタバレすると面白くないから詳しくは省略するけど、海に行って人魚が出てきたらその隠しキャラクターのルートに入った合図なの。
実は人魚はヒロインを食べようとする恐ろしい海の魔物で、そのとき1番好感度の……」
「すでにネタバレしてんじゃん」
「ちょっと黙って聞きな!とにかく助かるから、そのあと全員の好感度を調節してあるパラメーターだけを一定値にするとその隠しキャラクターが出てくるのさ!すっごい大変だったんだから!
さらに隠しキャラクターの攻略はかなり難しくて……」
「えー、それ、吸血鬼様でてくる?」
「だから、そのラスボスの代わりが隠しキャラクターなの!なんとこの隠しキャラが攻略の仕方によってヒーローになるかラスボスになるかが変化するの!それがまた大変で徹夜で攻略を……」
「私は吸血鬼様がいいー」
少女はすでに興味を無くしたのか、熱く語る友人の言葉などさっぱり聞いていなかった。
「さらに、公式にも載ってないヒロインの隠された秘密が……もう、聞いてるの?!」
「ふーん」
上の空で返事をする少女に友人はまた呆れたようにため息をつく。
「なんでゲームのラスボスに本気で恋できるのかねぇ。あんた中二病だよ、それじゃ。そんなんじゃ彼氏もできないよ」
「いーの!私の理想は吸血鬼様なの。せめて吸血鬼様が攻略対象者だったら良かったのになぁ」
「確かに人気はあるし、吸血鬼を攻略したいってマニアも多いらしいけど、それはそれでほんとにいいわけ?」
「え、なんで?」
友人が意地悪そうにニヤリと笑った。
「だって、攻略対象者になったらゲームやってるみんながその吸血鬼とラブラブイチャイチャしちゃうわけでしょ?
あーんなことやそーんなことまで他の人に攻略されちゃうじゃん」
少女はその言葉を聞いた途端、ガタン!と椅子を蹴飛ばし立ちあがり叫ぶ。
「だ、ダメ!吸血鬼様は私だけの吸血鬼様なんだから~っ!!
そんなの浮気よ――――っ!」
あまりの声の大きさに周りの視線が少女に集中した。
「ちょ、声が大きい!」
友人が焦って少女を止めようとするが、少女は吸血鬼に対する愛を叫びだし、周りの視線が「また始まった」と冷たい呆れたものへと変わってもその叫びが止まることはなかった。
「もう、あんたは!そんなことばっかり言ってる上にわたしの胸ばっかり触ってくるから、わたししか友達いないんだよ!」
友人の見た目の年齢には似つかわしくない大きな胸がぷるんと揺れた。
「うー……、浮気、ダメ……。剥製……。吸血鬼様の……や…………は、私だけの……。る……ちゃんの、むね……私だけの……」
「アイリ様、いい加減起きてください。もう今日は学園の寮に戻る日ですよ」
セバスチャンの声に一気に意識が覚醒する。
一瞬見覚えの無い天井が見えた気がしたが、よく見れば実家の私の部屋の天井だった。
「……セバスチャン」
「なんでしょう?」
「……私、なにか言ってた?」
なにか重要な夢を見た気がした。でもその内容がイマイチ思い出せない。
「そうですね……。浮気したら剥製にするとか、ルチア様の胸がどうとか、仰っていましたよ」
ん?ルーちゃんの夢だったんだろうか?浮気?……そうだ、浮気だ!
「セバスチャン!」
私は急いで起き上がり、セバスチャンの服の裾をつかんだ。
「私以外の女の子と
「……どんな夢を見ていたのか知りませんが、やってもいないことを責められるのは理不尽です」
呆れた顔で言ってくるセバスチャンにちょっとホッとする。あぁ、よかった。もしもそんなことになったら剥製にして一生部屋の真ん中に飾るところだったわ。
「さぁ、早く支度しないと朝食に遅れますよ?またしばらくご家族で食事出来ないのですからちゃんと挨拶しないといけません」
「う、うん。顔を洗ってくるわ」
急いで洗面所に向かう私の後ろ姿を見て、セバスチャンがちょっと笑っていたのを私は気づかなかった。
ルーちゃんとのバカンスも終わり、実家で残りの夏休みを過ごした。もう夏も終わろうとしている。
来週から学園も始まるので寮に戻って新学期の準備などをしなくてはいけないのだ。そういえばほんとにどんな夢だったんだろう?もう吸血鬼様が浮気したらどうしようしか覚えていない。
……まぁ、夢だしね。
そして午前中を家族と過ごし、寮に戻る頃にはそんな夢のことなどすっかり忘れていたのだった。
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