第20話 発熱と罠
筋肉事件の翌日。私は熱を出して再び倒れた。
「38.5℃。疲労による風邪ですね」
セバスチャンが私のおでこに手を当てただけで熱を計ると、無表情のままそう言い放つ。セバスチャンの手がひんやりしてて気持ち良かったのでもっと触ってて欲しいんだけど、たぶんダメだろうなぁ。と熱でぼーっとしながらぼんやりそんなことを考えていた。
「……この10年位、風邪なんか引いたことなかったのになぁ」
久々の高熱で頭がくらくらとして、自分の吐く息が熱かった。
真冬にシャツ1枚で走り回って湖に飛び込んでもまったく平気だった子供時代が懐かしい。あの頃は若かった。
「ここのところ、変態にからまれてばかりでしたからね。疲れがでたのでは?」
確かに学園に来てから変態ばかりだったなぁと思うが、やっぱりぼーっとして考えがまとまらない。
「しばらく面会謝絶にしておきますので、ゆっくりお休み下さい」
セバスチャンが冷やしたタオルを私のおでこにのせて立ち上がろうとするのを見て、思わずセバスチャンの袖を引っ張ってしまう。
「アイリ様?」
「……お願い、側にいてぇ…………」
なんとなく心細かっただけなのだが、目尻に涙が浮かんでしまった。
「……薬を用意してくるだけですから、それまでナイトで我慢していて下さい」
セバスチャンはくすっと笑って、バレッタからコウモリの姿に戻ったナイトをちょこんと私の横に置いた。
「きゅいっきゅいきゅい、きゅいっ」
ナイトが鼻先で私のおでこにツンツンとつついてくる。
「あれぇ、ナイトが3つにふえたぁ~」
私はさらに熱が上がり、目を回して気絶してしまった。
******
夢を見た。そこには黄緑色の瞳をした男の人がいて、“あ、妖精王だ”と直感で思った。
妖精王はこちらを見て微笑み、唇を動かして呟くようになにかを言っている。
「お前を吸血鬼の呪いから救ってやろう……」
そして私に手をかざし何かを吸いとって行く。吸いとられるほどに私の体が重くなっていった。
そのまま体が燃えるように熱くなり、私は消えてなくなってしまったのだった……。
******
「おかしいな……」
熱にうなされながら熱い息を吐くアイリの姿に、セバスチャンは悩んでいた。
10年ほど昔のこととはいえ、アイリには吸血鬼の祝福がかかっている。祝福は体の機能を回復するし、病気にもなりにくくなるはずなのだが……。本人もこの10年は風邪も引いてないといっていた。それが急に体が弱りこんな高熱をだして意識混濁などあり得ないのだ。
「きゅいきゅいきゅいっ」
ナイトがセバスチャンの周りをせわしなく飛び回りながら訴える言葉に、眉をひそめた。
「なに?おかしな気配がする?」
「きゅいっ」
するとナイトがアイリの髪の毛の中に潜り、何か小さな物を持ってきたのだ。
「……これは、種?」
小さな黒い粒から、緑色の小さな新芽が出ていた。しかもそれは人間の世界には存在しない植物であると気配からわかる。これは、妖精世界の植物だ。
「妖精王の仕業か……」
どうやらアイリは妖精王に目をつけられているようだ。
この種は妖精が仲間に取り込もうとしている人間に取り付け、種がその人間の生気を吸いとり成長し花を咲かせたときその者は人間としての生を終えてその花の妖精として生まれ変わる。というものだ。
下級の妖精がアイリにそんなことをしようとしたならばすぐにわかるし、させはしないが……吸血鬼である自分の目を掻い潜って発芽までさせたということは妖精王くらいしかいないだろう。
しかもこの種はかなり高位な花が咲くものだ。この花の妖精になれば、それは妖精王の次か同位なくらいの立場になれるはずだ。
「…………これはやっかいだな」
この種はすでにかなりのアイリの生気を吸いとっているようだった。アイリの熱は、たぶんこれが原因だろう。
この種がアイリの生気と吸血鬼の祝福の力を吸いとっているから、祝福の力が弱りアイリは熱にうなされているのだ。
発芽したばかりの種を手で握りしめて粉々にする。種からわずかに悲鳴が聞こえたが気にするはずもない。
これでこれ以上アイリの生気が吸いとられる心配はないが、すでに弱っている分は元には戻らないだろう。
吸血鬼の加護にいる人間だとわかっている上で手を出したのなら、それは自分に喧嘩を売っているのと同じことだ。
「いい度胸だ。妖精王」
誰かと関わるのも久しぶりだったが、喧嘩を売られるはもっと久しぶりだった。
その後、アイリの熱がさらにあがる。熱を測ると40℃を越えていた。確か人間は40℃を境目に生命が危険になるはずだ。
「……せば、すちゃ…………、くる、し……よ……」
うなされながら自分の名を呼ぶアイリの頬に触れると、気持ち良さそうに頬擦りをしてくる。吸血鬼は人間より平均体温が低いからな。濡らしたタオルはすでに温くなっているようだ。
「きゅいー、きゅいー」
ナイトが心配そうに天井近くをくるくると飛んだ。確かにこのままではアイリの命は危険だろう。ナイトは我が眷属だが、アイリにとてもなついている。女の子を泣かしてはいけないと、説教までしてくる始末だ。
「しょうがないな……」
あまりやりたくはなかったが、アイリを救うためにはしょうがない。1年間は守ってやる契約だ。
セバスチャンはそっとアイリの服に手をかけ、そのボタンを外した。
「きゅいっ」
アイリの素肌が見えた途端、ナイトが慌てて器用に羽を使って自分の両目を覆ってふさいだのだった。
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