第15話 完璧なる毒舌執事が素敵すぎる

 入寮当日の朝。


 私は馬車に荷物を乗せ終えた吸血鬼様こと執事のセバスチャンと一緒に家族に別れの挨拶をしていた。


「では、いってまいります。お父様、お母様、ウィリー」


 私と同じピンクゴールドの髪とエメラルドグリーンの瞳の今年で5歳になる可愛い弟(予告通りちゃんと産まれました)がうるうると涙を浮かべて私の服の裾を掴んだ。


「お姉さま、もう会えないの?」


「長期休みには必ず帰ってくるからすぐ会えるわ。そしたらいっぱい遊んであげるわね。だからいい子にしているのよ?」


 ウィリーはこくんと頷き、はにゃっと笑った。


 あぁ、可愛い!私の弟が可愛い!すでに世界一いい子です!


「うん、わかりました。セバスちゃん、お姉さまをお願いしますね!悪いやつらから守ってくださいね!」


 ウィリーは「セバスチャン」と教えても「セバスちゃん」だと思っているのでちょっと発音が違う。だが、可愛いから全て許されるのだ。


 セバスチャンはウィリーに視線を合わせてにっこりと笑った。


「ご安心下さい、ウィリー様。アイリ様なら自力でも相手を全殺しにできます」


 全部、殺したらダメな気がする。でもウィリーは、ぱぁっと顔を輝かせた。


「お姉さまなら、めりけんさっくでむてきですね!」


 はい、ルーちゃんが、ルーちゃんのボディーガードさん特製の私の手のサイズに合わせた新しいメリケンサックをプレゼントしてくれました。その効果は絶大です。


 家族や使用人の中では、セバスチャンは最近やって来た遠い親戚から紹介された私の専属執事として認識していて、私のことはセバスチャンに任せておけば安心!となっている。(お世話してくれる侍女はもちろんいたのだが、結婚するので役目を交代してその人は引退した)


「アイリ、セバスチャンに迷惑をかけないようにね」


「セバスチャンに嫌われるようなことだけはしてはいけませんよ」


 セバスチャンを連れ帰って数日。最初の基本設定だけは催眠術をかけて思い込ませたけど、それ以外はセバスチャンは実力で私の世話をこなしていた。(おもに暴走を止めておとなしくさせる)

 おかげで、あのメリケンサック振り回して暴走していた娘が人並みにおとなしくなったとか、女の子らしい振る舞いをできるようになった(セバスチャンの色気オーラに鼻血を我慢して動きがとまった)とかと大喜びし、もう私の操縦はセバスチャンにしか出来ない!と家族&使用人たちからの太鼓判をもらってしまったのだ。

 おかげで両親が完璧なセバスチャン推しになっていました。


「わかってます!必ずセバスチャンと既成事実を作って帰ってきますから!」


 ちなみに両親からは「ぜひセバスチャンをアイリの婿に!」と言われているのだが、セバスチャンはにっこり執事スマイルでいつもこう返す。


「私、アイリ様のような幼児体型に欲情いたしませんので」


 吸血鬼執事は毒舌執事になっていた。普通は執事が主人にこんな事をいったら怒られそうなものだが、両親は揃って私に必ずこう言う。


「アイリ!毎日牛乳を飲むと胸が大きくなるそうよ!」


「いっそ媚薬でも使うしかないのか!」


「私には媚薬などの毒物は効果はありません。アイリ様に早く解雇されるように頑張ります」


 毎回同じやり取りをしている。そして両親は「どうしたらいいんだっ」と毎回頭を抱える。楽しそうでなによりだ。


「もうっ!セバスチャンは私に興味無さすぎなのよーっ!」


 これから1年間側にいる契約なんだから、少しぐらい興味を持とうとくらいしてくれてもいいのに!と怒りの拳(メリケンサックの装着は0.3秒でできるようになった)を振り上げるが、その手をセバスチャンが瞬時に掴み自分の口元に持っていくと「チュッ」と小さな音が鳴った。


「では、興味が持てるように努力して下さい。アイリ様?」


 毒舌執事のいじわるな笑みと超絶イケメンボイスで私の腰が砕ける。


「がっ、がんばり……ます……」


 セバスチャンは地面にヘナヘナと座り込んだ私をさっと抱き上げて、ささっと馬車に乗せ、さささっと出発した。


「では、いってまいります」


 セバスチャンの行動には誰もツッコミなどしない。すでにルーベンス家では当たり前の光景になっていた。


「アイリ、頑張ってセバスチャンを口説き落とすんだよーっ」


「セバスチャンとの吉報をまっていますよ~」


「セバスちゃんがお兄さまになったら、ぼくうれしい!」


 家族からの声援にはセバスチャンのことしかなかったのがうれしいやら悲しいやらである。あぁ、でも毎日憧れの吸血鬼様の顔を見られて、触れられて、さらには前世の私でも知らなかった表情まで見れてこんなに幸せな事はない。

 鼻血の出しすぎで貧血になりそうだ。


「どうされました?アイリ様」


 また鼻血が出そう(思い出し鼻血)になって思わず鼻をつまむ私をセバスチャンがまたいじわるだけど楽しそうに笑って見ていた。


「べつに……。楽しそうだなって思って」


 するとセバスチャンは目を細めて優しく微笑んだ。


「……思ってたよりは、楽しいかもな」


 それは、セバスチャンではなく、吸血鬼様としての本心の笑顔。素敵すぎる――――!!


 ぶはっ。


 私は吸血鬼スマイルと漂う色気オーラに耐えきれなくなって鼻血を出してまたもや失神した。


 ******



 失神してしまったアイリの鼻にティッシュをねじ込みながら(慣れた手つき)セバスチャンは苦笑いしていた。


「まったく、こっちは血を吸わないようにしてるというのに、無駄に鼻血ばかり出すんだから……。今夜は苦手だと言っていたレバー料理だな」


 ちなみにこの吸血鬼ラスボスは家事は完璧、料理は一流シェフにも負けない腕前であった。独り暮らしが長いと、自分のことは自分でしないといけないのである。



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