第11話 そして、ゲームが始まる

 ゲームスタートの文字にアイコンを重るように操作し、クリックする。



 物語はヒロインが15歳の誕生日を迎えた日から始まる。ゲームの舞台はヒロインが通う学園だ。

 入学式から進級するまでの1年間。攻略対象者たちの好感度MAXを目指して、吸血鬼の呪いに苦しみ闘いながらストーリーを進めるのである。


 恋愛イベントをこなし、悪役令嬢を断罪して王子たちの愛を勝ち取れば将来はこの国の(または隣国の)王妃にもなれるし、妖精王と愛を育めば人間をやめて呪いから解放され吸血鬼を殺して、世界に平和をもたらした聖女になり妖精と人間の世界に君臨することも可能。


 あなたは誰と恋をする?




 ヒロインはその夜、夢を見る。5歳のあの日、誘拐されて死にかけた時の夢だ。


 嵐で雨にさらされ体力は限界だったし、何よりも恐怖で精神が壊れそうだった。だから土砂崩れと共に流された時、ちょっとだけホッとしたのだ。

 誰も助けてくれないのなら、このまま死んだ方がもう怖い思いをしなくてすむと。でも、冷たい土に埋まるはずだった体は暖かいなにかに包まれた。

 うっすらと目を開けると、そこにはこの世のものとは思えないくらい美しい人がいた。


 黒い髪、紅い瞳。そして薄い唇がわずかに動く。首筋にチクリとした痛みが走り、ヒロインはこの人が吸血鬼で自分がその獲物になったのだと、新たな恐怖を感じたのだ。


『おま…………の……い、………………を』


 嵐の音で吸血鬼の紡ぐ言葉は全然聞き取れなかったが、『お前に呪いを』とヒロインには聞こえた。


 こうしてヒロインは助かったあとも吸血鬼の呪いに恐怖した。いつか自分は呪いで殺されるのか、それとも吸血鬼の餌にされるための印をつけられたのか……。

 そして仲良くなった攻略対象者たちにその事を告げ、攻略対象者たちはヒロインを守るために吸血鬼と闘い、吸血鬼を殺してヒロインを呪いから解放しハッピーエンドを迎える。




 ……のが、本来のストーリーなのだが。私は全く違う感情を抱いていた。


 だって、よく考えたら吸血鬼様って命の恩人だよ!あのあと誘拐犯が半分ミイラで死んでたのも、絶対吸血鬼様がやっつけてくれたんじゃん!


 何よりもあの黒い髪に紅い瞳、とてつもなく美しいお姿!程よい細マッチョだし、性格もクールビューティー!

 吸血鬼様の裏設定を知ってからはさらにハマってラストで吸血鬼様が倒されたときマジ泣きした。あの変態王子たちより絶対吸血鬼様の方が素敵なのに、なぜ吸血鬼様は攻略出来ないのか?!

 それに、私は気づいてしまったのだ。あの時、吸血鬼様がヒロインに囁いた言葉を。


『お前に呪いと祝福を』


 そう、つまり私には吸血鬼の呪いがかかっているが、同時に吸血鬼の祝福にもかかっているということだ。吸血鬼様は決してヒロインをただ殺そうとしていたわけではないのだ。

 だがそのことは誰ひとり……ヒロインすらも気づくことなく物語は終わってしまう。私はその理由が気になって仕方なかった。


 1度だけ、私は見たのだ。


 それはスチルにも無く、データ保存も出来ないたった1枚の一瞬のイラスト。あの無表情の吸血鬼が、優しく愛しい眼差しでこちらを見つめる。

 ほんの一瞬画面に映ったその微笑みに私は心を奪われた。


 前世での自分のことなんてほとんど覚えてないのに、ゲームの事と吸血鬼様のことだけははっきり覚えてる。よくわからないがなぜかこのゲームの中に転生できたのだから、この大チャンスを逃す手はないのだ。


 推しである吸血鬼様の命を守るため。親友である悪役令嬢を断罪させないため。


 そしてなによりも吸血鬼様の奇跡の微笑みを生で拝見するために!(ここ重要)


 アイリ、いっきまーす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る