どう見たってトリ皮やんな?

古博かん

カクヨムの端っこで焼き鳥オフ会するアマチュアたちの晩餐

 三月某日、一本のLINEが花子のもとに入った。


「今晩予定空いとる? 久々に鳥シバこ!」


 アマチュアカクヨム作家仲間のグループラインは俄に活気付いてピコンピコンと参加表明が連なった。特に予定もなく夕飯のアイディアもなかった花子も、もちろん流れに乗った。


「ほんなら、夕方六時にいつもの鳥角トリカクに集合な。四名で予約いれとくわ」

 さくさくと決まった流れで了解スタンプがぶら下がる。


 因みに、「鳥をシバく」とはご存じのとおり関西ローカル表現だ。

 この場合、焼き鳥を食すというただそれだけの意味である。フライドチキンを食す場合も「鳥シバく」と言いたがるやっこさんもたまにいる。稀に「ケンタしばく」という物騒な表現をする輩もいる。


 花子はLINEアプリを閉じて時間を確認した。

 いつもの鳥角は大阪花園ラグビー場の最寄りにある、ディープなローカルスポットの一角に店を構える焼き鳥屋だ。親子二代で切り盛りする大将は、元ラガーマンという声の大きなガテン系で、初めて店を訪れた時、花子はその勢いに圧倒されて少し引いた。

 息子大将も実はカクヨム仲間で、ひたすら鳥愛を綴るお茶目な人だ。

 その繋がりで集まるようになったため、予約とは実際は名ばかりのフリーパス常連による酒盛りならぬ鳥盛りが恒例となっていた。


「あ、来た来た! おーい、花ちゃーん!」


 定時上がりでも六時スタートには間に合わなかった花子だったが、地元組は既に卓席スタンバイで皿には数本の串が平らげられて並んでいた。


「相変わらずシャレ乙やな、神戸っ子」

「大将こんばんはー、ご無沙汰ですー」


 神戸=おしゃれという図式はローカル鉄板ネタだが、実際におしゃれかどうかはこの際あまり関係ない。「遠いところお疲れ」程度の挨拶だ。


「地下鉄混んでたんちゃう? 大丈夫やった?」

「うん、谷町線やし、西梅田始発やから普通に座ってこれたよー」


 のんびりした口調で席についた花子に、カウンターの向こうでじゅうじゅう鳥を焼きながら大将が飲み物を聞いてくる。

 小ぢんまりとした店だが、大将の発声は相変わらずよく通る。


「非加熱生原酒あります?」

「初っ端からえげつないな、自分!」

「なら、燗一本で〜(満面の笑み)」


 既に卓上にスタンバイしてあったサエズリを勧められ、早速花子はニコニコしながら絶妙な塩加減の歯応え抜群食感を堪能していた。


「ほい、ねぎまと鶏皮」

 常連の一人である花子の好物も、大将はちゃんと把握済みだ。相変わらずニコニコしながら焼き立てを頬張る花子の向かいでは、メガネ男子が小さく溜息を吐いた。


「本間っち、さっきからそればっかやな」

 花子の隣でせせりのネギ塩炒めを摘んでいる幹事役サバけ女がスーパードライをグッと一気に飲み干した。


「そうは言いますけど、早々矢継ぎ早にネタ降ってこないんですよ。AIさんだって、ついさっきまで同意してくれてたじゃないですか」


 まだ学生だというメガネ男子——本間くんは下宿がてら学業に就活にと忙しい中、カクヨムの公式イベントに参加している猛者である。花子にしてみれば、それだけでもう十分立派だった。


「もう折り返し地点やし、あと半分頑張ったら、鶏皮タオル貰えるかもしれんもんねー」


 花子は微笑ましく思ってそう言ったのだが、同席する二人とも俄に沈黙するではないか。


「鶏皮タオルて、あんた……」

「え? あたし見た瞬間、あ、トリさんの皮やん! って思たんやけど、ちゃうん?」


 おっとりした口調で鶏皮を頬張る花子をメガネの奥から凝視する本間くんが、直後頭を抱えて突っ伏した。

 本間くんは本気でトリさんタオルが欲しくて皆勤賞を目指して頑張っている大のトリさんファンである。


「知ってました! 花子さんがド天然だって知ってましたけど! トリさんを冒涜する発言は容認できません! 撤回を要求します!」


「でも、よう見たら確かにトリさん(の皮)ファスナー付いとるよな?」

「うん、ファスナー付いとうよね?」


 スマホを片手に公式のキャラデザインを確認した年長者二人の右から左に(怒りを)受け流すやり取りが本間くんを静かに着席させた。


「もうやだ、この人たち」

 本間くんはそう呟いてねぎまを静かに串から外す。


 その時ちょうど、店の引き戸がからりと開いて作業服姿のロマンスグレーがのっしりと入って来た。


「あー、鳥飼とりさん! お疲れですー」

「あれ、今日現場やったんですか?」


 本間くんの隣にどっかり腰を落ち着けたロマンスグレーは、早速お手拭きで顔を拭うと烏龍茶を注文する。どうやら現場からハイエース直行での合流のようだ。


「おう、床材の貼り直しや。若いのがやらかしよっての」


 苦笑いを浮かべるロマンスグレーこと鳥飼さんは現役バリバリの内装屋さんである一方、孫のために日々ジュブナイル作品の腕を磨くおじいちゃんである。

 可愛い孫のために、忙しい合間を縫って皆勤賞タオルを狙っている一人だ。


「聞いてください、鳥飼さん! AIさんも花子さんもトリさんの扱いがまるでなってないんですよ! 何とか言ってやってくださいよ!」


 わっと詰め寄る本間くんの反応に首を傾げ、鳥飼さんは向かいの女二人に視線を向ける。せせりの最後の一口を放り込み、サバけすぎる幹事AIが花子の爆弾発言を端的に告げた。

 なるほどと頷く鳥飼さんに同意を求める本間くんだが、鳥飼さんは大将から烏龍茶を受け取り一口含むとキッパリと断言した。


「あれは、トリ皮やな」


「ですよねー」


 間髪入れずに合いの手を入れた女二人の絶妙なハモリを聞いて、本間くんは再び言葉を失くす。

 そんなタイミングで鳥愛甚だしい息子大将が追加の一品とハイボールを片手に誕生日席を陣取った。


「お待ち、キンカンの燻製! ええ照りやろ」

「わあ、美味しそう〜」


 大将の眼鏡に適った新鮮な玉ひもが入った日に、なおかつ大将の機嫌がすこぶる良い日だけ作るという鳥角の絶品であり幻の逸品である(要約すると調理にめちゃめちゃ手間がかかるやつ)。


「大将! 大将なら分かってくれますよね!」


 何せ、鳥愛が振り切れているが故に日夜細か過ぎて伝える気のない鳥愛ばかりをラノベの園で綴っている息子大将だ。本間くんの縋るような声音を、大将はハイボールと共に飲み下した。


「おう、俺も鶏皮タオル狙いやからな!」


 とりあえず、狭い界隈では「公式がキャラいじりしている」という認識で概ね一致しており、カクヨムフードタオル(トリ)は通称「トリ皮タオル」でまかり通っている、という話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る