第41話:飲み会始まる

「俺は──小豆が大好きだ」

「え?」


 俺がそう言うと、小豆の動きがぴたりと止まった。

 そして次の瞬間。

 彼女の目から、涙がブワっとあふれ出した。


「マジ? ウソでしょ?」

「いいや、ホントだよ」

「銀次しゃん……」


 涙目声のせいか言葉が変だ。

 そんな感じもちょっと可愛い。


「あのさ。だから飲み会で竹富と仲良くするとかないから」

「竹富サンと変なことになるとか……ない?」

「なんだよ変なことって。ないない。安心してくれ」

「やったぁ!」


『やったぁ!』って可愛いな、おい。


「うわっぷ、なにすんだ小豆!」


 いきなり小豆が俺の首に両手を回して抱きついてきた。


 柑橘系のいい香りがして頭がクラクラする。

 しかもほっぺをスリスリしてくるだとっ!?

 

 女の子とこんなに密着するなんて初めてだから、心臓が止まりそうだ。

 しかも胸に小豆の……ほら、柔らかい膨らみがさ。押しつけられてるんだよ。


 俺には刺激が強すぎるからやめてくれっ!

 ……いや、やめないでください。


「あのさ銀次さん。竹富サンに取られないように、シルシつけとくから」

「は? しるしって? ……ふわぅっ!」


 突然頬をチュッと吸われたような感覚。

 思わずピクって震えてしまった。


「お前……なんてことを?」

「あっ、ごめんっ!!」


 小豆は我に返った顔で、パッと離れた。


「いや、いいんだけどさ。全然いいんだけどさ……」


 むしろ嬉しいんだけど。

 やっぱ小豆って男性慣れしてるのかと思ったら、ちょっと複雑。


「マジごめんて。あたし今までこんなことしたことないんだ。信じれてくれる?」

「あ……うん」

「もうダメだって。銀次さんは大学生同士で付き合った方がいいんだって。もう諦めようって。気持ちをめっちゃ我慢してたんだよ。それが銀次さんがあたしを好きだって言ってくれて、あんまりにも嬉しくてさ」


 泣きそうな顔してうつむいてる。

 この顔を見たら、小豆の言葉に嘘はないと確信できる。

 感極まったせいで突拍子もない行動をしてしまったんだ。


「ありがとな小豆。俺はお前の言葉、信じてるから。そんなに申し訳なさそうな顔すんな」

「そっか……ありがと銀次さん」


 恥ずかしそうに上目遣いに俺を見つめる小豆は、いつまでも見ていられるほど可愛い。


「あ、そうだ銀次さん」

「ん? なんだ?」

「遅くなったけど。誕生日おめでと」

「お、おう。ありがとう」

二十歳はたちかぁ。これでキミももう大人だね」


 なんか突然偉そうに言いやがった。

 腰に手を当ててドヤ顔だし。

 さっきまでの申し訳なさそうな態度はどこ行った?


「なに偉そうに言ってんだ」

「まああたしだってもう18歳だから大人だけどねぇ。つい昨日まで銀次さんと一つ違いだったし」

「うっせ。まだガキだよ」

「うううムカつく!」


 まあ俺たちって、これくらい言い合う方がらしいかもな。あはは。


 ──なんて思った。



***


 小豆と別れて飲み会会場に向かった。

 予定通り18時にもつ鍋屋に到着。

 店の前では奄美さんと八丈先輩、そして竹富も既に来てる。


 奄美さんは黒のスリムなニットに白いタイトスカート。いつもより大人っぽくてより一層綺麗だ。


「銀次ぃ~おっそいぞー」


 いきなり竹富が腕を組んできた。

 びっくりするからやめてくれ。


「いや時間通りだろ」

「まぁそうだけどねー」

「こら竹富。べたべたくっつくなよ」

「ええー、いいじゃん」

「ダメだよ」


 グイと竹富を押して離す。

 そしたら興味深そうな目で俺たちを眺めてる奄美さんと目が合った。


 なんか『ほぉ~っ』って感じの顔してるんですけど?

 奄美さんにはすべてを見抜かれてる気がしてドキッとした。


 お店に入って座席まで行く間に、奄美さんがそっと近づいてきた。小声で囁いてくる。


「ねえ佐渡君。なんかあった?」

「な、なんにもないすよ。なんでですか?」

「ん……なんか竹富さんに対する態度が今までと違う」


 ニヤリと意地悪そうに笑わないでください。


「毅然としてるって言うか……香川さんとなにかあったでしょ?」


 この人、めちゃくちゃ鋭いな。なんでバレた?


「いや、あの……」


 奄美さんには元々色々と見透かされてるし。

 この人には言ってもいいか。


「実は告られました。で、俺も気持ちを正直に伝えました」


 シンプルにそれだけで、奄美さんは察してくれたみたいだ。


「なるほどわかった。じゃあ今日の飲み会、協力するよ」

「ありがとうございます」


 何を協力してくれるのか、イマイチわからないけど。

 竹富のことかと思う。


 テーブル席に着いたら先に奄美さんが座った。

 横に八丈先輩が座ろうとした時──


「佐渡君、はいココ」


 隣の椅子を手でポンポン叩いてる。

 八丈先輩にギロリと睨まれた。

 怖い……


 だけど奄美さんは俺と竹富を離れた席にしようとしてくれてるんだな。

 それと奄美さんが八丈先輩と距離を取る意味もある気がする。


 よし。ここは勇気を出して!

 爽やかな笑顔で!


「ありがとうございます!」

「うんうん。佐渡君の誕生祝いは私が言い出したことだからね。今日は私が取り仕切らせてもらうわね」


 奄美さんが八丈先輩と竹富を見てニコリと笑った。

 彼女に言われたら、二人とも素直に従うしかない。

 さすが奄美さんだ。すげぇ。


 結局俺の向かい側に竹富、奄美さんの前に八丈先輩が座ることになった。


「佐渡君、誕生日おめでとう!」

「銀次おめでとう!」

「佐渡。晴れて酒が飲めるな。おめでとう」

「皆さんありがとうございます!」

「「「カンパーイ!」」」


 こうして俺の誕生祝いの飲み会が始まった。


 波乱の幕開け?

 ……ってことないよね。

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