第37話:奄美さんって奥が深い
***
「ごちそうさま。旨かった!」
だけど腹はパンパンだ。吐きそう。
「ホント? 美味しかった?」
「ああ、旨かった」
「じゃあ……時々作ってきてあげよっか?」
「え? 時々作る量を間違えるのか?」
「ぶわっ……バカっ! そうじゃないって! 今度はちゃんと作ってきてあげるって言ってんのよ」
「あ、そうか」
マジで勘違いした。俺バカだ。
「きょ……今日のは、ホントに作る量を間違えたんだからねっ。勘違いしないでよ」
小豆が真っ赤な顔で横向いた。
こりゃやっぱり、今日の弁当もわざわざ作ってきてくれたんだろうな。
「ああ、わかってるよ」
素直に、今日もわざわざ作ってきたって言えばいいのに。照れ隠しか?
元々強気な女の子のこんな態度。
なんかこういうの、めっちゃ可愛いよな。
でも……生徒さんである小豆に、何度も弁当を作ってきてもらうってどうなんだ?
奄美さんも『周りに誤解されないように』って言ってたし。
しょっちゅう弁当なんか作ってもらってたら、もしもそれが誰かに知られたら……誤解されるかも。
「でもさ小豆。弁当作ってきてもらうのはいいよ」
「え? ……なんで?」
「あ、ほら。手間かけちゃ悪いしさ。それに……生徒さんにしょっちゅう弁当作ってもらうってどうかなって思って。周りに誤解されそうだし」
「あ……そ、そうだよね。誤解されたら銀次さん困るよね。ごめんね」
うわ。無理に笑顔を作ってるけど、悲しそうな顔させちゃった。
胸がズキンと痛む。
「いや、謝るなよ。せっかく言ってくれたのに、俺の方が悪いんだから」
「じゃああたし、もう行くよ」
「あ、待てよ小豆」
「そんな心配そうな顔しないでいいよ。もう弁当持ってきたりしないから」
「おい小豆待てよ。違うって……」
行っちまった……
ああっ、もう!
早とちりすんなよ。
俺が心配なのは、また弁当持ってくるとかじゃないよ。小豆が悲しそうな顔してるのが心配なんだよ。
──後でちゃんと説明しなきゃな。
***
「ぎーんじ。いよいよ明日だね〜」
「竹富。そんなにもつ鍋が楽しみなのか?」
「まあそれもあるけどね。銀次も
「なんだよそれ。俺を酔わせてどうすんだ」
「あ、いや……一緒にお酒飲めるって楽しいなって思ってさ」
「ああそっか」
なるほど。
それは確かにそうだ。
俺の歓迎会をしてもらった時はずっとウーロン茶だったし。
みんなと一緒に酒を飲む経験なんて初めてだから楽しそうだな。
講師準備室で竹富とそんな話をしてたら、奄美さんが声をかけてきた。
「佐渡君、竹富さん。明日のことだけど」
「あ、はい」
「私と八丈君が参加するからね」
「おう。俺も参加するぞ、佐渡。可愛い後輩の誕生日だからな」
「お二人ともありがとうございます」
他の人は不参加だそうだ。
明日は日曜でやるき館は休みだ。
そんな日にわざわざ出て来てくるなんて、普通は抵抗があるだろ。
にもかかわらず八丈先輩が参加してくれるなんて意外だ。思ってたよりもいい人だよな。
可愛い後輩のためか……
可愛い奄美さんのため、じゃないのか?
あはは。
「じゃあ竹富さん。もつ鍋のお店、四人で予約しといてくれる?」
「はい。六時でいいですか?」
みんなが頷いた。
「予約できたら、グルメサイトのお店のページを皆さんにLINEで飛ばしますね」
「うん、わかった。現地集合でね」
「はい。お店の名前は『もつ鍋 やっはろー』です」
なんて名前だ。
ホントに旨いのか、そこ?
「ふぅーん。お店の経営者はきっとアニメオタクね……」
奄美さんがぶつぶつ呟いてる。
八丈先輩と竹富はきょとんとしてるな。
「奄美さんって、もしかしてアニメファンなんですか?」
「え?」
「だってこの前も、『全部は知らないわ。知ってることだけ』とか言ってたし」
「佐渡君わかるの?」
「ええ。そんなにたくさん観るわけじゃないけど、前のアレと今のソレは知ってます」
「おおーっ、同志よ! ……って言っておくわ。まあ私はバリバリのオタクだけどね。コンプリートボックスとか普通に買うし」
オモロいなこの人。
超絶美人で頭が良くて大人っぽいのに、お茶目でアニメオタク。
「大人でも楽しめるアニメって多いですもんね」
「そうそう。私は雑食だからね。実は一番好きなのは進撃でさ。特にハンジさんのあのぶっ壊れぶりが大好き」
「あ、俺も大好きですよ進撃。ハンジさん大好きです」
「わかる? わかるの佐渡君? 女子がハンジ推しなんて言ったら、だいたい周りはきょとんなのに? どこがいいって全部なんだけどね。その中でも特にあのシーンでハンジさんが──」
うわ、めっちゃ語り出したよ。
奄美さんがマッドサイエンティストに見えてきた。
奄美さんの意外な一面が見れて楽しい。
いや一面どころか、奄美さんってまだまだ奥行きが深そうだ。ホント素敵な人だなぁ。ちょっと謎な部分もあるけど。
だけど──
俺と奄美さんが二人だけの世界に浸ってるからか、八丈先輩と竹富の嫉妬に満ちた目が怖いんですけど。
どうしよう……
「おーい、佐渡君。この子が君に用があるって」
他のスタッフさんが声をかけてくれた。
──あ、友香ちゃんだ。講師準備室の入り口でこちらを覗き込んでる。
「あ、はい。今行きまーす」
助かった。友香ちゃんサンクス。
「どうしたの?」
「えっと……
「うん。作るよ」
「私もあの部分苦手なんで、もし良かったら私にもいただけないかと思いまして」
「おう、いいよ。今日中に作るつもりなんで、できあがったらまた渡すよ」
「ありがとうございます! さすが銀ちゃん先生、優しいです。うふ」
友香ちゃんはにこやかに手を振って帰っていった。
相変わらず素直で可愛いな。
より一層がんばって資料作りをしようって気になるよ。
そして気がついたらみんな仕事に取り掛かっていて、八丈先輩と竹富の嫉妬の目から逃れることができたのである。
もう一度言おう。
友香ちゃんサンクス!
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