第29話:銀次は面白いヤツ?
***
小豆はなぜか真っ赤な顔して帰って行った。
俺は塾に顔出せよって言ったのに、
今晩、親と話すって言ってたけど、ちゃんと話せたかな。
……でも俺もたいがいだな。
あんなクソ生意気なギャルなのに。
いざやめるってアイツが言い出したら、残ってほしいって思っちゃうんだから。
だから小豆に言った言葉は本物だ。
だけどアイツが塾に残れたら、またムカつく日が続くんだろうな、あはは。
今日だっていつもみたいにわけのわからん煽りトークしてくるし。
だけど今日の小豆は、いつもより素直でしおらしい態度もあった。どうしたんだ?
真っ赤な顔の小豆、可愛いかったな……
いやいやいや。なにとち狂ったこと考えてんだ俺は。
それにしても、俺もやめて欲しくない一心で、つい臭いセリフを言ってしまった。
『俺なりに全力を尽くす。やってやろうぜ』だぞ。
臭すぎるだろ。思い出したら恥ずかしい。
まあ言ったからには全力でやるけどな。
でも……もしかして小豆は俺の熱意に
──って、そんなことはないか。
クソ生意気なギャルだぞ。
親に塾をやめろって言われて、さすがにアイツもショックを受けたんだろう。それだけのことだ。
だからちょっとは、しおらしく見えたんだろう。
塾を続けることが決まったら、ヤツはまたこれまでみたいにムカつく態度を取るに決まってる。
……あ、今までのヤツのムカつく態度を思い出してしまった。うぐ……段々腹が立ってきたぞ。
──くそっ!
やっぱあんなヤツ、やめるのを止めない方がよかったかな。あはは。
なんて言いながら。
小豆が塾を続けることができたら……んんん……ホントはめっちゃ嬉しいな。
***
その日の夜。小豆からメッセージが来た。
シンプルではある。
だけどえらく素直な感じだった。
『お父さんと話した。塾は続けることになった。ありがと』
そっか。よかった。ホッとした。
ずっと気になってたんだよなぁ。
あ、いやいや。
あんなヤツ、心配なんかしてないぞ。
まあ、あれだ。
ヤツは賑やかしキャラの一人。
ムカつくヤツであっても、いなくなったらかえって寂しくなるからな。
そういう意味で、いないよりはいた方がいい。そういうヤツだな、うん。
でも……小豆がやめずに済んで、ホントよかった。
あ、そうだ。奄美さんと友香ちゃんにも報告しとかなきゃな。
***
「おはよーございます」
「あ、佐渡君、おはよう」
おはようったって、もう夕方だ。
塾に出勤した時は、夕方でもおはようと言うルールになってる。
「さすがね佐渡君」
「あ、いえ。たまたまですよ」
「おう、佐渡。お手柄だな」
「ありがとうございます」
八丈先輩からも褒められた。びっくりだ。
奄美さんから伝わってるのか。
あとは今日の講義にちゃんと小豆が現れるかだな。
姿を見るまでは安心できない。
なんて思いながら廊下を歩いてたら。
──バッシィィィーン!
「いってぇ!」
「お、銀。ちゃんと来たじゃん」
「……は?」
振り向いたら、小豆がニマリと笑ってる。
「こら小豆! それはこっちのセリフだ! しかもいきなり背中を叩きやがって!」
これ絶対モミジになってるぞ背中。
ヒリヒリする〜
「じゃあね。また後で」
「や、そうじゃなくて、いったいどういうつもりなんだよ……」
──あ。逃げられた。くそっ!
なんだアイツ。
……でもまあ。
元気そうな顔だったし。
よしとするか。
「うふふ」
「あ、奄美さん。なんで笑ってるんですか?」
「さぁて。なんででしょうね?」
「わかってますよ。年下のガキに俺がコケにされてるのがおかしいんでしょ?」
「うーん、そうかなぁ……」
「違うんですか?」
「うん、そうだね、うふふ」
「ほらやっぱり!」
奄美さんがこんな意地悪な顔でニヤニヤするなんて珍しいな。
「佐渡君って面白いね」
「俺はなんにも面白くないでしょ。至って真面目で何の特徴もない男だし。個性的なのは小豆であって……」
「うんうん、そういうとこ」
「へ? 何がそういうとこなんですか?」
「そういうとこが面白いって言ってるの」
うーん……全然わからん。
こんな俺のどこが面白いんだか。
「いえいえ。銀ちゃん先生、面白いですよ」
「……え?」
後ろから突然友香ちゃんの声。
友香ちゃんまでそんなこと言う?
「友香ちゃん。いったい俺のどこが……」
「でも小豆ちゃんの件は、ホントにありがとうごさいました。ではっ!」
あ……行っちゃった。
なんでそんなこと言われんのか、ホントにわからん。
もうっ。いつまでもクスクス笑わないでくださいよ奄美さん。
***
ふう、事務作業もひと段落したし、ひと息つくか。
今講義中だし、たまたま講師準備室には竹富以外誰もいないし。
よしよし。来る時に買っといたゴールデンパインエナドリちゃん。飲むぞ!
「ねえ銀次」
なんだ竹富。俺はアイム・ドリンキング・ナウだ。現在進行形なんだ。話しかけるな。
うん、旨い!
「銀次と小豆ちゃんってどういう関係? 狙ってんの?」
──ぶっふぉぉっ!
「ななな、なんだって!?」
なんてことを言うんだ竹富。
思わずドリンクを吹き出したじゃないか!
せっかくのゴールデンパインエナドリを、どうしてくれるんだよっ!
「だってやめるって言った子をわざわざ追いかけてくし。どこにいるかわかんないのに見つけだすし。小豆ちゃんは銀次に説得されたし。これってやっぱ、銀次が小豆ちゃんを特別に思ってるんじゃないの?」
えらく早口だな、おい。
「アホか。相手は生徒さんだぞ」
「生徒さんだって、可愛けりゃ狙いたくなるよね?」
「あんなガキ相手に狙いたくなんかなるかよ。俺はもう大学生なんだぞ?」
「あっ、そっか。そうだよねー 高校生なんてお子ちゃまだもんねー やっぱ大学生の彼女は、大学生じゃなきゃねー うふ」
別に大学生限定じゃなくてもいいけど、まあ確かに仲良くなる機会は大学生同士の方が多いだろな。
たがしかし。
もう六月だと言うのに、俺は同じゼミの女子と大して仲良くなれてない。
なんかあいつら、女子同士で固まって楽しそうだし。話しかけるのは抵抗あるんだよなぁ。
せっかく華やかなイメージの青大に進学したのになぁ。女の子と仲良くなるのって、なかなか難しいな。
──ん?
「どうした竹富。なんで俺の顔見てニヤニヤしてるんだ?」
「べーつに。よく見たら、銀次って可愛い顔してるなぁーって思って見てたんだ」
「ぶふぉっ!」
今度は口の中にドリンクはなかったからよかったものの。万が一エナドリ噴水二回目だったら、お前をしばいてるとこだぞ。
相変わらずコイツにはおちょくられてるな。
唯一よく話す同級生女子が竹富だけだなんて。
神は俺に試練を与えてるのか?
いや、竹富は女子枠じゃないからな……
でもコイツ、最近結構素直な感じだし。
案外美人だし。
ちょっと可愛く見えてきてる自分が怖い。
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