第21話:子犬を愛《め》でる小豆

***


 火曜日。今日は夕方からバイトだ。

 今日の昼、たまたま大学内で高校時代の同級生と顔を合わせた。


 懐かしくて話し込んでたら昼飯を食うのを忘れた。

 うん、もちろん相手は男なんだけどな。


 自信を持って言おう。俺には仲良くしてた女子なんていない!


 竹富たけとみにしたって仲がよかったわけじゃない。

 同じクラスで、たまに会話を交わすくらい。

 それもアイツからマウント取ってきて、バカにするようなことを言われるだけ。


 ──って、寂しいことを思い出させないでくれっ!


 それで今バイト先に向かって歩いてるんだけど……ああ、腹減った。このままじゃ夜までもたねー。


 よし、コンビニでおにぎりとお茶買おう。

 これで昼メシ代が安くついたな。……って前向きに考えることにする。


 バイト先の『やるきかん』に入る前に、近所の公園で食って行こう。



 公園に入ってベンチはどこにあるか見回した。

 小学生が何人かワイワイ騒いで遊んでる。

 元気だなアイツら。


 ──ん?


 子犬を散歩させてる白髪のお婆さんがいる。その前にしゃがみ込んで犬の頭を撫でてるのは……金髪のギャル!


 スカート短けえ!

 しゃがんでるからパンツ見えそうだ!

 胸元も襟を開けてるから谷間が見えそうだし!


 ……って、落ち着けよ俺。


 くそ生意気なガキのパンツが見えそうだからと言って、それがいったいなんだと言うのだ。

 俺にとっちゃ、男のパンツが見えるのとそう大差はない。


 うーむ……ピンクか。

 いや、見えそうってか、チラッと見えてるじゃん!


 だだだだからと言って、まったくドキドキなんか、ししししないんだからな!


 ……ふぅ。落ち着け俺。

 

 そんなことより──


 子犬をでる小豆の顔がとても優しく穏やかだ。


 アイツ、あんな顔するんだな。

 ムカつくギャルも、あんな顔してたらちょっとは可愛いのに。元は美人なんだから。


「あ、ストーカー!」

「はへ?」


 いつもの間にやら子犬を連れたお婆さんはどっか行ってしまったみたいだ。小豆は立ち上がって、こっち向いてる。


 こら、人を指差すな。


「ストーカーじゃない」

「なんであたしを追い回すのよ?」

「偶然だ」

「うそだうそだ。ホントは『小豆ちゃんの顔見た〜い』なんて思ってるんでしょーっ?」


 ホントに偶然なんだからっ!

 そんな疑わしい顔すんな。


「1ミリたりとも思ってない。マジで偶然だ」

「ふぅ〜ん……ノリ悪ぅ〜い」


 なんだよそのテンションの高さは。

 お前だって今まで、低ーいテンションしか見せてこなかったくせに。


 なにかいいことでもあったのか?


 俺はお前らみたいな陽キャの軽いノリにはついていけないんだよ。


「今日は昼間に忙しくて昼メシ食ってないからな。バイトに入る前にちょっと食っとこうと思ったんだ」


 金髪ギャルの相手をしてる場合じゃない。

 早く食わなきゃバイトに遅れてしまう。


 ベンチに座って、コンビニの袋からおにぎりとパックのお茶を取り出した。


 旨そう。さあ、食うぞ!


「ふーん……わびしいね」

「あ?」


 おいこら。なんで知らん間に隣に座ってるんだよ。

 早く塾行けよ。

 人がメシ食うのをマジマジと見るんじゃない。

 気が散って食べにくいだろ。


「お弁当作ってくれる彼女はいないのかな、あはは」

「おらん。大きなお世話だ」

「へぇーそうなんだぁ。寂しいね」

「別に。寂しくなんかない」

「強がり言っちゃって。ふふふ」


 なんだその笑いは?

 そうだよ。強がりだよ。

 悪かったな、ふん!

 彼女欲しいに決まってんじゃん。


 俺は柔道に明け暮れた灰色の青春を取り返したくて、華やかなイメージの青大を目指したんだぞ。


 コイツは派手な見た目だしギャルだし、きっと男いるんだろうなぁ。

 ふん。どうせチャラい男なんじゃないのか?

 知らんけど。


「悪かったな。彼女いない男で」

「あ、いや別に……あ、あたしだって彼氏いないし」


 え?

 意外だ。太陽が西から昇るくらい意外だ。


 でもわざわざそんなことを言うのは、もしかしてモテない俺に気を遣ってるのか……?


 いやいや、くそ生意気なギャルだぞ。

 コイツがそんな気遣いをするなんてファンタジーもいいとこだ。そんな妄想あり得ない。


「ってことは、銀はJKと仲良くなるために塾のバイトを始めたんだね。ふぅ〜ん」

「アホか。違うわい。高校生なんてガキだ。相手するかよ」


 そうだ。俺はもう花の大学生。高校生なんてガキだ。相手にしない。


「くっ……」


 なんだよ。睨むなよ。

 ガキ扱いされて、そんなに悔しいのか?


「なんでお前が悔しがるんだよ? 俺が高校生を相手にしないとか、小豆あずきにとっちゃどうでもいい話だろ」

「あ……」


 あ、ってなんだよ。顔赤いぞ。

 俺に指摘されるのがそんなに悔しいのか?


「そそそ、そうだよ! どうでもいい話だよ。でもほら、一般論としてさ。高校生がガキって言われたらムカつくっしょ。ましてや銀には言われたくないし」

「うっせ。知らんがな。ガキはガキだ」


 だから勝手に一文字呼び捨てすんな。

 お前こそムカつくぞ。

 でも俺は大人だから、ガキ相手にそんなことは言わないでおく。


「そんなことより、小豆こそこんなとこで何やってんだよ」

「ん……今日はちょっと早く学校の授業が終わったから、早めに着いちゃったんだよねー」

「だったら早く塾行けよ」

「ヤダ。あんなとこ、用もないのにいる場所じゃない」

「用はあるだろ」


 なに言ってんだコイツ?

 塾に勉強しに来てるって自覚はないのか!?


「授業が始まる前は自習しときゃいいだろ」

「やだ」


 相変わらずだな。

 やっぱ勉強する気はないか。


 はぁ、めんどくさいヤツ。

 こんなヤツに関わっても、なにもいいことないよな。

 おにぎりは食ったし、さあ行くか。


 いや……でも前にコイツの答案用紙見たら、問題を解きたいって気持ちはあるんだよな……


「なあ小豆。もうちょっとがんばれよ。質問にも来たらいいだろ」

「なにそれ。銀は私に質問に来て欲しいのかなー?」


 ニヤリと笑うな。

 なにマウント取ろうとしてんだよ。


「は? そういうことじゃない」


 わからないところを質問するのは自分のためだろ。

 俺がモテないからって、やっぱバカにしてるんだな。


 でもこんなガキにバカにされたって、俺は悔しくなんかないぞ。


「ほれ、言ってみ。小豆あずき様、質問に来てくださいーって」


 ああ、くそっ、ムカつく。

 誰がそんなこと言うかよ。


 そう言えばコイツ、八丈はちじょう先輩みたいなカッコいい人なら質問する気にもなるとかぬかしてたな。


「そんなこと言うかよ。じゃあいい。それなら八丈先生に質問しろ」

「やだ」

「は? なんで? お前の憧れのイケメンだぞ?」


 ──あ、そう言えば、友香ちゃんが言ってたな。


 小豆は以前八丈先輩に質問したけど、解説が理解できなくて恥ずかしい思いをしたと。


 だけどそのことは、友香ちゃんから聞いたって言わないでって言われた。

 ん……だったら俺が自分で気づいたようなフリをしとくか。


「もしかして八丈先生の解説が高度過ぎて難しいからか? 横で聞いてて俺だってわからないことがしょっちゅうあるんだよなぁ」

「あ……そうそう。そうなんだよ。だから銀がどうしても自分んとこに質問来いって言うなら、考えてあげなくもないけど?」

「そうだ! 俺から八丈先生にできるだけやさしく説明してもらうようにお願いしてやるよ。だったらいいだろ?」


 そうすればすべて解決だ。


 ああ、俺ってなんて気の利く男なんだろう。

 自分を嫌ってるくそ生意気ギャルだからと言って、俺は見捨てはしない。


 ちゃんと小豆の気持ちを察して、コイツにとって最善の策を提示する。


 どうだ小豆!

 俺に感謝しろよ。


「いいって! ぜーったいに、誰にも質問なんかしないからっ!」


 あれっ?

 なぜか小豆はぷいっと怒った顔して走り去った。


 俺……なんか間違った提案しましたか?

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