第19話:竹富祐子とランチ①

***


 月曜日の今日は、一日中大学の講義が詰まっててバイトは休みだ。

 

 こんな日は昼休みがホッとひと息のオアシス。

 だけど今日は竹富たけとみ 祐子ゆうことランチの約束をしてる。


 せっかくの昼休みに、またヤツにマウント取られて小バカにされるのかと思うと、ちょっと憂鬱だ。


 でも断ったら竹富は、この前の恩を返すまで納得しないみたいだからなぁ。

 彼女にとっちゃ、俺に借りを作ったままってのが我慢ならないんだな、きっと。


 それに学食で万が一金本かねもと先輩と出会うのを不安がってたし。仕方ないな。


 ──にしても。


 朝イチの通学時間にLINEを送ってくることはないよな。嫌がらせか?


『おっはよ~! 今日のランチはどこ行く~?』


 なんだよこのテンションの高さ。

 そんなに俺に借りを返すのが嬉しいのかよ。

 金本先輩対策ってなら、そんなにテンション上がることでもないからな。


 青大には学食が二つある。だけど場所的にもメニュー的にも大差ない。だからどっちでもいい。


『どこでもいいよ』


 って通学の電車内で返信した。


 ──ピコンっ!


 早っ! もう返信が来たよ。


『りょーかいっ! じゃあ7号館の前で待ち合わせしよ!』


 7号館の方の学食に行くんだな。

 それにしても相変わらずテンション高いな。

 たかが学食行くだけなのに。


***


「ええっ? お店を予約してある? 学食じゃないのか?」

「うん。すぐ近くの洋食屋さん。お洒落だし美味しいんだよー せっかくだからさ。学食よりそっちのがいいと思って」

「だって金本先輩と学食で会ったら嫌だって言ってたじゃん。外で食うならその可能性は……」

「ゼロだって言い切れる?」

「いや……言い切れないけど」

「でしょでしょっ!」


 ああもう、意味わからんっ!


「それにさ。今日のランチは佐渡へのお礼の意味が大きいからね。やっぱ学食よりもいいものを食べさせてあげたいな……なんてね。えへっ」


 ななな、なんだよその『えへっ』って!


 ──ヤバい。


 竹富が一瞬、ものすごく可愛く見えてしまった。

 高校の時は地味な感じだったけど、髪を染めて化粧したら、美人の部類に入るよなコイツ。


 しかも可愛いブラウスにミニスカートって姿も、可愛さを増してる。

 そして胸も大きし……


「いや、ゴホンゴホン!」

「ん? どうしたの佐渡?」

「あ、いやいや、なんでもない」


 思わず見惚れてしまってた。

 いかんいかん。

 俺としたことが。


 それにコイツ、借りを返したいだけかと思ってたけど……いいものを食べさせてあげたい?

 もしかしてホントは竹富っていいヤツ?


 いやいや。高校三年間、ずっとマウント取って小バカにされてたんだ。コイツがそんなに殊勝な性格か?


 人間の性格なんてそんな簡単に変わらないよな。


「ここだよ!」


 うわ、お洒落な洋食店!

 店前の黒板に本日のランチメニューが手書きしてある。なになに……?


「ハンバーグランチ1,800円、スペシャルランチ(要予約)2,200円っ!? なんだこれ、たっけぇ!」


 学食なら5回食えるぞ!


「今日は私の奢りだから安心して」

「いや、竹富……いくらなんでも、こんなの奢ってもらうわけにはいかないよ」

「いいからいいから! 佐渡にはホント助けられたんだから遠慮しないで! 私、結構仕送り多いから大丈夫なんだよ」


 あんな高級マンションに一人暮らしなんて、親は金持ちなんだろうけど。そう言えばコイツの親は開業医だって言ってたな。

 でもそれとこれとは別だ。


「いや、ダメだって」

「そんなこと言っても、もう予約してあるんだから。今さらキャンセルしたらお店に迷惑かかる」


 ──そう言えば、予約したって言ってたな。

 それなら仕方ないか……


***


「でさあ、その子がそんなこと言ったわけ。おっかしいでしょー? あはは、おかしいよねぇ〜」


 竹富は楽しそうだ。

 謎にハイテンションだな。


 なにかいいことでもあったのか?


「うわ、すっげえ……旨そう」


 出てきた料理を見てビビった。

 さすが2,200円のランチだ。

 よくこんなの予約しようと思ったな。


「どうぞどうぞ! 遠慮しないで食べてよ!」

「あ、ああ。いただきます」


 なんだこのステーキ肉!

 柔らかくてうめっ!

 付け合わせの野菜すらも味付けが絶妙だ。

 

「うふふ」


 ──ん?


 俺が食ってる姿を眺めて、なんで笑う?


「なあ竹富。こんな高級なランチを奢ってくれるなんて、何を企んでるんだ?」

「べ、別に、ななな何も企んでないって!」

「その割にキョドってるじゃんか」

「きょ、キョドってなんかない! ……あっ!」


 竹富のヤツ。

 慌てて手を振るもんだから、テーブルの上のメニューに当たって床に落としてしまった。


 そういうのをキョドってるって言うんだよ。

 ますます怪しい。


「ほら佐渡! そんなことより料理が冷めるから。せっかく美味しい料理を作ってくれたコックさんに失礼でしょ?」

「まあ確かに。じゃあ先に食うか」

「うんうん」


 料理人からしたら、温かいうちに味わって食べてほしいに決まってる。


 竹富って気配りができる子なんだな。意外だ。

 ということは、俺がずっとディスられてたのは、単に俺が舐められてるってことか?


 うーん……悔しくなんかないぞ。

 悲しくなんかないぞ。

 ──くそっ!

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