第22話 勧誘-失敗-

 カイルド男爵領を奪る。

 その方針が決まってから、彼女らの動きは早かった。

 恐らく近いうちに、ポロック村へと領主の使いはやって来るだろう。そして以前にやって来た税務官と異なり、ある程度こちらを警戒するはずだ。

 だからこそ、急ピッチで事は進められる。


 まず、携わったのは村の防衛。

 ユースウェインやアーデルハイド、レティシアがいるうちは、まだいい。だが、彼らが領土を奪りに行けば、ポロック村が手薄になってしまうのだ。

 アリスの覇業が始まる地でもあるポロック村は、拠点としての重要性が高い。だからこそ、防衛する必要があるのだ。


 まずは外壁の防衛から――ということで男衆、及び人外の面々は、壁の建設にあてられた。

 そしてユースウェインもそれに参加していたのだが、残念ながらもう少しで七十二時間の制限が来てしまい、強制的に八時間はティル・ナ・ノーグへ戻らねばならないという状況になった。

 そのため、アリスへ一言伝えてから去ろうと中央の館まで来たのだが。


 そこで、ミナリアに呼び止められた。


「ユース、戻る時間? んじゃ、ちょっと戦力を拡張したいから、勧誘任すわ」


「……つまり、他の十信徒の末裔を、戦力に入れるということか?」


「あー……あいつらはまだいいや。ちょっと過剰戦力になりそうだし、怖がられそうだしね。スカルドラゴンいるし、そんなに気ぃ使わなくていいかもしれないけどさ。まぁ、先にちょいちょい戦力を拡大したいかな。一体一万くらいの奴だったら、そこそこ戦えるとは思うんだよね」


 確かにまだ少し早いか、とユースウェインは納得する。

 残る者は、確かに強い。だが、その分だけ人から随分と乖離しているのだ。そして、一名だけは決して入れたくない奴もいる。


「なるほどな。全部でどれだけ必要だ」


「兵隊としての戦力に百は欲しいかな。一人一万クラスで」


「アリス様」


「わたしは、許可をしています」


「そういうこと。一万クラスを百揃えて百万だし、まだ余裕はあるからね」


「了解した」


 アリスの許諾を得ている以上、ユースウェインに否はない。

 むしろ戦力の拡充を行うというならば、それは歓迎すべきことだ。


「ってわけで、ユースはまず戻って、最低百匹は誘ってくること。つっても、弱いの連れてきたら駄目だかんね」


「ふむ。あまり時間の余裕はないな」


「お願いします、ユースウェインさん」


 むぅ、とユースウェインは渋面を作る。しかし、残念ながら兜は被ってしまったために、あまり意味がない。

 ただ百匹連れてくるならば、簡単だ。職安に列を作っている輩を、そのまま連れてくればいい。

 だが、ある一定以上の強さがそこに必要となれば、選ぶのに時間がかかるだろう。


「まぁ、そこまで強いのを求めはしないよ。種族的に弱いのさえ連れてこなきゃいい」


「ゴブリンやオークか」


「あんな低俗種族連れてきたら殴るよ」


 ふん、とミナリアが鼻を鳴らす。

 ゴブリンやオークは、種族として非常に弱い部類に入るのだ。もちろんそこに序列はあるが、それでもミナリアの言う通り、低俗な種族であることは間違いない。

 ユースウェインも詳しい話を聞いたわけではないが、ゴブリンは群れでようやく仕事を貰えるほどに弱いらしい。オークは単体としてはそこそこ強いが、それでも力自慢の人間くらいのものだ。人外であるも、限りなく人間に近いのである。


「では、最低限のラインはどれほどだ」


「んー……最低でもドラゴニュート」


「割と強いぞ、あいつら……」


「そのくらいじゃなきゃ、アリスちゃんの魔力マナ消費してまで戦力にする必要ないしね」


 ミナリアの言葉には、頷ける部分もある。確かに、一万の魔力マナを消費するのだから、厳選したい部分はあるのだろう。

 いくら途方もない魔力マナの量であるとはいえ、その量は有限なのだ。ミナリアの節約家という名のドケチであり守銭奴である部分が、ここにも作用しているのだろう。

 だが、方針は決まった。


「さすがに、八時間以内に攻めてくることはなかろうな」


「向こうも、ひとまず様子見って感じで使いを送ってくると思うよ」


「ならば問題ないな。では、ひとまず離れる。主の身を頼む」


「任せて。つっても守るのはウチじゃなくてレティだけどさ」


 それも仕方ない。ミナリアの役目は、あくまでその頭脳であることなのだ。

 荒事はユースウェインやアーデルハイド、レティシアがどうにかする。


「では、アリス様。一時、御身の前より失礼を」


「はい。また後で」


「また後ほど戻ります」


 ユースウェインは転移の符を取り出し、念じる。

 最初こそ慣れなかった、世界を移動する感覚。それと共に、ユースウェインはティル・ナ・ノーグの自宅へと転移した。

 今では何故か、この住み慣れた自宅よりも、雑魚寝をするポロック村の館の方が居心地がいい。


「さて、急がねば」


 ユースウェインはまず、急いで自宅を出る。

 時間の余裕はあまりない。少なくとも百匹の戦力が必要なのだ。

 ならば、まずは職安で当たりをつけるのが一番だろう。


 職安の前に立ち、そこを訪れる面々を見る。

 ユースウェインほどの巨躯を持つ者もそれなりにいるが、それでもユースウェインは大きい方だ。そして職安の前に全身鎧を着た巨人が立っていれば、何事だ、と注目されてしまう。

 だが、そんなことは関係ない。ユースウェインはひたすら、訪れる人外を確認しつつ、戦力になりそうな者を選ぶ。


「おい、貴様」


「は、はい!?」


 職安を訪れようとしていた、一人の女に声をかける。

 レティシアによく似た、下半身が異形である少女だ。とはいえ、それはレティシアのような禍々しい模様を持つ蜘蛛ではなく、その代わりに強靭な外殻を持つ昆虫のそれである。前方に突き出た二本の角が、その種族をよく表しているだろう。

凶甲虫ソルジャービートル』。

 矢も剣も通さないとされる強靭な外殻は、十分な戦力として使えるだろう。


「仕事を探しているのか」


「は、はい……そうですけど……何か?」


「いい仕事があるのだが、興味はないか」


「い、いえ……」


 強引に、そう甲虫の少女に話しかけるユースウェイン。

 しかし周囲から見れば、完全に少女を騙そうとしているようにしか思えない。


「そう言うな。お前ならば十分な戦力になる。少し話を……」


「い、いえ! 結構です!」


 ユースウェインの言葉に、そう強い拒絶を返しながら、少女が職安の中へと入ってゆく。

 残念ながら、勧誘には失敗したらしい。

 ユースウェインは首を傾げながら、嘆息する。


「何故だ」


 勧誘の仕方が完全に間違っているというのは、残念な騎士には分からない。

 少なくともユースウェインが名を名乗り、その上で建国王の十信徒の一人であるという立場をしっかりと見せて、現在の状況と戦力を求めている理由をきっちり説明すれば、少女も話を聞いたかもしれない。

 だが現実は、表情の見えない怪しい全身鎧が、特に内容を語ることもなく仕事を斡旋しようとしているのだ。

 どう考えても、表に出せない仕事を斡旋しようとしているか、攫おうとしているようにしか思えないだろう。


 しかしユースウェインは諦めず、次々とやって来る者たちへと声をかける。

吸血鬼ヴァンパイア』、『地獄犬ヘルハウンド』、『蜥蜴人リザードマン』、『半竜人ドラゴニュート』など、十分な戦力になりそうな者は多くいたのだが、しかし誰もが、にべもなく断る。

 そうしながら、一時間――。


「くっ……何故だ、何故誰も、話を聞いてくれぬ……!」


「あのー……」


「なんだ!? いい仕事があるのだがっ!」


 思わず後ろからかけられた声に、条件反射的にユースウェインはそう勧誘の言葉を放ち。

 そして振り返る。


「申し訳ないのですが、当施設の入り口前で怪しい巨人が客を誑かそうとしていると評判なので、とりあえず中へ入ってくれませんかね」


 それは、残念なことに。

 ユースウェインをアリスに紹介した、あのカエル顔の職員だった。

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