第13話 新たな二人
拠点――ポロック村を占拠して一月。
ユースウェイン・シーウィンドは農作業に従事していた。
ミナリアより用意された斧――
周囲で働くのはアーデルハイドと、召喚された骸骨――スケルトンが二十体。元より言語を発する能力のないスケルトンはともかく、アーデルハイドもユースウェインも、無言でただひたすらに畑を作ってゆく。
働けば働くほどに開拓され、農地は広がってゆく。労働に見合っただけの成果が現れるこれはやりがいにも繋がり、毎日、気付けば日暮れとなる生活が続いていた。本来、ユースウェインもアーデルハイドも、当然ながら配下のスケルトンも二十四時間無休で働けるのだが、アリスがそれを嫌ったために、夜は休むようにしているのだ。
さぁ、今日も頑張るか、と鍬を振り上げて。
「……俺は一体何をやっているんだ」
気付けば、ポロック村の周囲一帯、ほぼ農地と化している。
ユースウェインとアーデルハイドの膂力と速度により、通常の農奴では不可能であろう速度で、そんな開拓は進んでいた。そして開拓さえすれば、残る農作業は村人に任せれば良い。
だからこそ、周囲一帯のほとんどには村人の手が入り、既に種が蒔かれている。
「ユース、冷静になっちゃ駄目だ。頭を空っぽにするんだ」
「元々お前の頭は無いようなものだろうが」
「今この場におけるぼくの唯一の味方が実は敵だった!?」
「うるさい。黙れ」
アーデルハイドにそう返しながら、ユースウェインは大きく溜息を吐く。
農地を開拓し、生産力を向上させる。それは決して間違った手段ではあるまい。野盗に落ちる農奴は、育てるよりも奪う方が楽だから人から奪うのだ。それが、育てる方が容易に富める場合ならば、野盗に落ちることはない。
つまり治安も向上し、かつ生産力も上がる。そしてそうなれば人口も増えることとなり、それにより更に生産力が上がる。
まさに、ミナリアの言う正の連鎖そのものだ。
「だが……」
「まぁ、分かるよユース。本当に、何やっているのだろうね、ぼくたちは」
ユースウェインは、騎士である。
忠誠を尽くす主に、この命を捧げることこそが騎士としての誉れだ。戦場で死ぬならば、そこに恨み言の一つも言うつもりはない。
だが、このような労働を行うというのはユースウェインの望みではないのだ。
これがアリスの覇道に繋がる道の一つであり、効果的な手段であり、そしてアリスの名声を轟かせるにあたって素晴らしい方法だと頭では理解していても、どうしても拒否感が生まれてしまうのである。
「……ユース」
はぁ、と大きく溜息を吐いたその瞬間に、背後からそう声がした。
恐らく、仕事をしていれば聞き流すような、小さな声音。鈴が鳴るように高い声だが、その大きさは風にかき消されそうなほどだ。
丁度手を休めていたときだったからこそ、聞き取れたが。
「ステラか。どうした」
ユースウェインが振り向くと、そこには背中に羽を生やした少女が飛んでいた。
自分の全身よりも大きな袋を下げながら、ユースウェインの前を飛んでいる。緑色に輝く髪と、エメラルドのような緑色の瞳。そして同じ色合いの服装が印象的だ。全体的に緑色をしながら、しかし目に痛い、というほどではない。唯一緑で侵されていないのは、透き通るような白い肌と背中の透明な羽くらいのものだろう。
だが、その大きさは。
ユースウェインの、指先ほどしかない。
「……ミナリア、から」
「その包みか?」
「……ん」
ユースウェインの掌へと、妖精――ステラ・ダーインがその包みを乗せる。
彼女もまた建国王の十信徒、『智の妖精』の末裔だ。以前、ミナリアが連れてくると言っていた新しい参謀である。
ユースウェインも噂くらいしか知らないが、『智』の妖精の末裔として相応しい知識、軍略を持っているらしい。近くにいる残念な骸骨娘と違って。
「何が入っているんだ?」
「……苗」
「何の苗だ?」
「……
「俺が無知なだけかもしれんが、それは一体何なのだ?」
ステラが小さく言った苗の名前が、さっぱり分からない。
だが、ステラは小さく首を傾げる。
「……甘藷は」
「うむ」
「……」
「ん?」
「……苗」
「おいステラ、面倒になってきたから説明を省略するのはやめろ」
ステラは頭がいい。だからこそ、大体のことは全て分かっている。
だがミナリアと大きく異なるのは、その頭の良さが自分にしか発揮されないことだ。相手に伝えるということを、極端に嫌う性質を持っている。
つまり、極度の面倒臭がりなのだ。
よくミナリアが連れて来られたものだ、とさえ思ってしまう。
「……ん」
「で、甘藷というのは何だ」
「……植物。食用は根。痩せた土地育つ。おいしい」
「そうか」
端的すぎる説明だが、それ以上求めない。
これ以上の説明をステラに求めたところで、きっと答えてはくれないだろう。どうしてこうも建国王の十信徒は、残念な問題児だらけなのだと憤慨すらしてしまう。
自分が十分残念な問題児だということを棚に上げながら、ユースウェインはひとまず受け取った苗を掌に乗せる。
今まで、ユースウェインとアーデルハイド、それにスケルトンにより開拓した畑に植えていたのは、様々な野菜だった。ミナリア曰く、どのような野菜に適する土壌なのかを知りたいために、実験的に植えているとのことだったが。
だが、もしもこの甘藷が痩せた土地でも育つ作物であるならば、少なくとも食糧問題については一気に解決することになるだろう。
「では、これを植えればいいのか」
「……ん」
「分かった、村人に伝えておこう。俺たちが行っては、苗を傷つける可能性もある」
元より、ユースウェインは細かい作業が苦手だ。だからこそ、こうやって大雑把な開拓だけして、残りを村人に任せているのである。
だが、ステラは首を振った。
「……だめ」
「む? 俺に植えろと言うのか?」
「……ん」
「何故だ?」
村人に植えさせるなという命令の意味が分からず、そう尋ねる。
仮に村人に触れさせるなと言うならば、問題なくそれを行うことはできるだろう。ユースウェインは触れないにしても、スケルトンに命令すればできるはずだ。
だが、その理由が分からない。騎士として、理由のない命令に従うことなどできないのだ。
「……甘藷は」
「うむ」
「……」
「……」
「……ん」
「だから、面倒になってきたから省略するのはやめろ」
こちらが会話をすることが面倒になってくる相手だ。まったくもって、やりにくい。
だからこそ、ユースウェインは仲良くしていなかったのだが。
「そこで登場ニャターシャちゃんにゃー!」
「うおっ!?」
そこで、唐突に現れるもう一つの影。
ナターシャという名の、こちらも建国王の十信徒の末裔である。ミナリアが、ステラと一緒に連れてきたのだ。
ステラと同じく少女である。しかし、こちらはサイズとしては通常の少女と変わりない。若干低いかもしれないが、それは子供だから、くらいで済ませられるくらいの差だ。
癖のある赤毛と、全体的に起伏に乏しい体。そして吊り上がった眼差しが記憶に残るだろう。加えて――その頭から飛び出す耳と、生えている尻尾か。
「ナターシャか」
「にゃ。ごめんにゃ。一応、にゃーも聞いてたにゃ。甘藷を植えるよーに言ってきたのは、ミニャリアにゃ。痩せた土地でもよく育って美味しいらしいにゃ」
「それは先程聞いたが」
「にゃにゃ。だから、みゃーに任せるにゃ。これは物凄い作物にゃ。だから、技術をまだ他の村人に教えるわけにはいかにゃいにゃ」
「なるほどな」
つまり、秘匿しておくべき技術だ、ということか。確かに、食糧問題がすぐに解決しそうな作物であるし、他に流布すべきではないだろう。
生産力という優位性を保ちたいならば、情報は流すべきではない。
「そういうことにゃ。だからにゃーがみゃーに言うように言われたにゃ」
「……」
分かりにくいが、ナターシャの言う「にゃー」は自分のことであり、「みゃー」は相手のことである。
会話しづらいために、こちらもユースウェインはあまり仲良くしていなかった。
「ステラっちー、帰るにゃ。用事は済んだにゃ」
「……ん」
新たに増えた二人の、アリスの従者。
建国王の十信徒の末裔が、まさに問題児ばかりである、ということを実に体現している二人だと言える。
何せ。
「……お前、犬だろ」
ナターシャ・ランウルフ。
建国王の十信徒、『剣の白狼』が末裔――『人狼(ワーウルフ)』である。
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