第11話 救世主作戦-成功-
作戦通りに、事は進んだ。
一行はまず、アリスの出身である滅んだ村から、最も近い小さな村の近くへと陣取った。恐らく、次に野盗が襲ってくるならばここだろう、と当たりをつけ、近くの森に身をひそめたのである。
そして、アーデルハイド、レティシア、ユースウェインの順に、七十二時間が来る前に戻り、常に武力二人はアリスの近くにいる状態を作り、待った。
最初に、その森に陣取ってから七日目。
ようやく――目的の野盗が現れ、村の蹂躙を開始したのだ。
「さて、もういいぞ、ミナリア」
「はいはーい」
野盗をユースウェイン、アーデルハイド、レティシアにより殲滅し、残るはただそれを見守るだけの村人たち。既に周囲に敵はおらず、ユースウェインはそう呼ぶ。
そして近くの茂みから、アリスをその手で抱いて、現れるユースウェインを超える巨躯。
ひっ、と一瞬、村人たちに小さな悲鳴が走った。
「さて、それじゃアリスちゃん、ごめんね」
「は、はい」
「ゆっくり下ろすかんね。はい」
ミナリアがゆっくりとアリスを下ろし、そして地に立つアリス。
そんな、背後に巨大な女性を従える小さな少女へと、村人が向ける目は、奇異。
格好からして、高貴な身分というわけではない。どう見ても、自分達と同じ農奴だ。
だが。
そんなアリスへ――三体の異形が、頭を下げて跪いているのだから。
「アリス様、ご用命の通り、野盗の殲滅完了いたしました」
「あ、ありがとうございます、ユースウェイン」
「村人は我々を恐れております。どうぞ、我らが主よ、民に慰撫のお言葉を」
村人たちからすれば、奇妙極まりない構図だ。
自分達と変わらないであろう立場の少女が、二十人からなる野盗を一瞬で殲滅できる、三体の異形、そして横に侍る巨人の、主であるというのだから。
決して、威圧感を放つ存在ではない。
むしろ、弱々しさの方が目立つ。
だが――少女、アリスが確かに、この異形たちの主であることは、分かる。
「……」
そして、アリスは睥睨する。
周囲で見守るだけの村人へ、視線を送る。ただそれだけだ。
実際のところ、本人は何を言って良いか分かっていないために戸惑っているだけなのだが、村人からすれば、それは責めるような視線にも思える。
それは、つまり。
村人を救った三体の異形が頭を下げておきながらにして、貴様らは何をやっているのだ、と。
「は……」
「う……」
「ああ……」
村人たちはまるで誘われるように、アリスへと頭を下げる。
自分たちを救った化け物――その主へと、恐怖、そして感謝を抱えながら。
跪き、従う。
年端もいかない少女の前に、連なるのは村人たちの下げた頭。
「村人よ」
そして、そんな彼らに言葉を与えるのは、アリスではなく隣に侍る巨人。
普段の快活さをそこに出さず、ただ威圧的に、低い声音で告げる。
まさに、断罪を施すかのように。
「代表、前に出な」
「……」
ミナリアの言葉に、村人たちは戸惑う。
先程、野盗に抵抗したために、村長を代行していた老人は胸から血を流して倒れてしまった。村の代表は村長であり、それ以外の誰でもない。
だが、代表が前に出ろ、と言われたのだ。
もしかすると、この異形に対する贄とされるのはないか――そう恐れ、誰の体も動こうとしない。
かつ、かつ、とミナリアが二度、足の先を鳴らす。
「我らの主は愚鈍を嫌うよ。二度は言わない。代表、前に出な」
「ぐ……」
誰だって、そんな立場にはなりたくない。
このような異形を率いる者を相手にしたくなどない。
だから、誰も立とうとせず。
大人たちは震え上がり、顔を上げられずにいて。
代わりに――少女が一人、立った。
ざっ、ざっ、と前に出る、一人の少女。
痩せ細っている体は、農奴らしく満足な食事をしていなかったからだろう。だが、細身とはいえ顔立ちが整っていることは分かる。
その少女は。
先程、レティシアが助けた、野盗の頭に捕まっていた、少女だった。
「ポロック村の代表、ユキと申します」
「へぇ……随分と若いね。本当にアンタが代表かい?」
「私の父は、村長です。病床にありますので、私は代理です」
「ふむ」
ミナリアは自分らしくない口調に窮屈な思いを感じながら、考える。
恐らく現状、自分たちは完全に恐怖の対象だ。そう感じさせるように動いたのだから、当然の結果である。
だが、この少女は村長の縁者というだけではあるまい。ならば、何故今こうやって前に出てきたのか。
それは――。
恐らく、この少女は。
自分を犠牲にしてでも、救いたい誰かがいるのだろう。
「じゃ、アンタが以降、ここの村長になりな。否はあるかい」
「……分かりました」
「アンタらも、嫌だっつーならこの場で言いな。否がないなら、アンタらは以降、村長に従え。分かったな」
「はいっ!」
恐れながらそう返事をする村人に、にんまり、とミナリアが微笑む。
ひとまず、これでいいだろう。
これ以上、荒っぽい言葉遣いは必要ない。
「ん。んじゃ、ユキちゃん?」
「……へ? あ、はい!」
「この村、ウチらの支配下に置くから。アリスちゃん、それでいいね?」
「は、はい。ええと……今日から、この村……えっと、ポロック村?は、私の領地とします」
「領地とするにあたって、色々とこれから変えてくから。基本的には村長の指示に従うこと。分かったね? さっき、ウチはちゃんと聞いたね。否があるなら言え、って。誰も何も言わなかったわけだから、この子に逆らうような真似はしないね?」
ぎろり、とミナリアが村人たちを睨みつける。
恐らく、この少女――ユキは、生贄代わりに差し出されたようなものだ。そんな少女がこれから、自分たちの上に立つとなれば不満も出てくるだろう。
そして、そんな不満は押さえ込む――。
「あ、あの……」
「んー?」
「う、伺いたいのですが……このポロック村は、ペータース伯爵領の分地、カイルド男爵領にございます。領主、アルバート・カイルド様の庇護下にあるの、ですが……」
「……その人が、何をしてくれるんですか?」
「――っ!」
アリスの言葉が、ユキの胸に突き刺さる。
ペータース伯爵領を治めるジャック・ペータース伯爵と、その家臣であるアルバート・カインド男爵。彼らが、この村に何をしてくれるというのか。
ただユキたちがこの村の農奴であるから、容赦なく税を徴収してくる。そして反抗的な態度を示せば、首を斬られる。
それは――圧制と呼ばずして、何と呼ぼう。
「偉大なるウチらの主様から、あんたたちに慈悲があります」
「お慈悲……でございますか?」
「ん。まず現在の税、八公二民? それは撤廃。つか、暫くは無税。あんたたちは、作った食べ物は全部自分たちで食べられます。分かった?」
「――っ!?」
そんなこと、考えたこともなかった。
ユキは、ただ食べ物を作り、それを領主に納めるだけの農奴だ。
それが、そんな風に。
腹いっぱいに、食事をすることなど、できないとばかり。
「それと……ここにも領主だとか、そういった奴の使いが来るんだね?」
「は、はい。もう数日後に、カインド男爵の使いとして、税務官がいらっしゃいます」
「んじゃ、その相手はウチらがするわ。ウチら、明確に敵になったわけだし、場合によっては殺すけど問題ないよね?」
「そ、そんな……」
ユキの頬を、自然と、涙が流れる。
それは、圧制からの解放。
生まれて死ぬまで虐げられ続ける人生の、終焉。
だから、ユキは。
自然に、頭を下げ、地面に額をこすり付けるように、すすり泣いた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
感謝の声がユキを起点として。
村人全員での唱和に変わった。
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