第6話


翌朝、ホシオトがテントから出ると「寝坊助が。出発するぞ、水場で顔でも洗って目を覚ましてこい」と高圧的に声をかけられた。


「じゃあ起こせばよかったでしょ!」


反射的に言い返して、また何か言われる前に

そそくさと水場へ向かう。


「置いていかなかっただけ優しいと思え!」


背後でロベルナがわめいている。確かにそうかもしれないが、そんなに怒らなくてもいいだろうに。

こんな人にしか頼れないという状況が嫌になる。水場には、当然誰もいなかった。ため息をつきながら、澄んだ水を両手で掬う。顔を洗うと少しはすっきりした。

そっと口に含んでみた。美味しい。腹を下すかもしれないという懸念はあったが、あの男が優しく水を与えてくれるとは思えない。飲めるうちに飲んでおこう。ホシオトは水場の水を掬ってはごくごくと飲み干した。


「お前は荷台に乗れ、荷物」


「……」


戻ると開口一番それだった。

これ以上機嫌を損ねても困るのでかろうじて言い返すのことはしなかったが、一瞬顔が引きつった。何様のつもりだ、この犬。


「ふん。俺は急いでいる。飛ばすからな。乗り心地悪くておりたくなったらいつでも言え」


ロベルナはそれだけ言って御者台に座った。いつの間にかホシオトが独占していたテントは撤去され荷台にしっかりと載せられている。別に自分で片づけたのに。手際よくできる自信はないが。

ホシオトは黙って荷台に乗り込む。そう広くはないが、幌が付いているので日差しは避けられるだろう。テントや毛布や鍋類が雑多に置かれている隙間にちょこんと座った。

馬車が動き出す。

砂漠の細かい砂に覆われた大地を駆けていく。


「ねえ、なんか手伝う?」 


どれくらい馬車に揺られていたのか。退屈しのぎにロベルナと話せればいいと思い、声をかけてみる。あのかたくなな態度の男だ。きちんと返事がくるとは端から期待はしていないが。

とはいえ、ホシオトにできることがあるのならしてやろうと思ったのは本心だ。なにもせずにただ運んでもらうのは、さすがに気が引けた。

けれど当のロベルナは、前を向いたまま荷台を一瞥もせず、五月蠅そうに「いらん」とだけ返した。


「あっそう。ならなんか用あったら言って」


歩み寄りを見せない態度にいらつきはしたが、怒らせて馬車をおろされても困る。黙って荷台に戻った。

まあ、確かに馬車を走らせているときに手伝えることなんてそうないかもしれない。

あとで食事を取るときに水でも汲んできてやればいいか。ホシオトは幌に囲まれた荷台で膝を抱えたまま、ぼんやりと過ぎていく景色を眺めた。

いつの間にか砂漠地帯は抜けたらしい。

木々がまばらに生えた草原の、踏みならされた土の上を馬車が駆ける。

連綿と蹄鉄の跡と車輪の轍が刻まれていく。

頭上には原色の絵の具を流したような青い空と、白い雲がゆったりと風になびいている。

雲があるからか、砂漠地帯を抜けたからか、昨日ほど日差しは強くない。けれど、後ろへ後ろへと流れていく景色のあまりのまばゆさと色彩の豊かさにホシオトは驚き、手のひらでひさしを作って目を細めた。


「綺麗……」



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