漆黒ノ大戦
椎名喜咲
第一章
#001 プロローグ
■FILE058案件
12月25日深夜未明、A市で大規模な火災が発生。着火元は不明。死者25名、重軽傷者125名、行方不明者256名の被害を確認した。行方不明者の捜索を行っているが芳しくない。なお、この火災によりA市は実質的に壊滅状態に陥る――。
■FILE124案件
12月31日深夜未明、B市にて広範囲のガスが発生。そのガスを吸引すると強い錯乱状態に陥り、市民間での暴動が起きた。幸い死者は出なかったものの、重軽傷者124名が確認された。後の聞き取りの結果、錯乱状態だった時の記憶は皆無と証言していた――。
■FILE256案件
2月15日深夜未明、C市に殺人事件が発生。遺体はまるで何かに喰われたかのような食い跡を残し、遺体の状態も半分が損なわれていた。近隣からの証言によると「遠吠えのような音を聞いた」と残しているが、決定的な証言には至らなかった。その後も同様の事件が何件も続くが、明確な犯人像は発見されていない――。
『未解決事件より抜粋』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日本政府は緊急会議を開いていた。
議題はここ数年連続的に発生している怪奇事件についてである。彼らはこの怪奇事件が決して解決されることがないことを知っていた。
「――では、これらの事件は全て
魔法使い。この厳粛な会議で出されるには些か場違いな感を受ける単語だったが、それを笑う輩は一人として存在しない。
そう、魔法使いは実在する。はるか昔、それこそ神代の歴史から魔法使いは存在し続けていた。明確な人口、能力、人物像。詳しい内容は殆ど無に等しいご、確かに存在する。
内閣総理大臣からの確認を意を込めて投げかけられた言葉。投げかけた人物はまたもやこの場には不似合いな白装束と面布をした者だった。
「その通りでございます」
その者から発せられたしゃがれた声は女のものだった。その答えに総理は項垂れた。その答えは総理の問いに答える以外にももう一つの答えを意味していたからだ。
「魔法使いたちの戦争――魔導大戦が始まった、と考えるべきでしょう」
魔法使いの存在が認められても、それぎ世間的に流布されることがなかった要因は、魔法使いが公の場に現れることがなかったからだ。魔法使いは秘密主義を徹底し、身分を偽り、世間に紛れ込んだ。だが、そんな彼らが一度だけ世間に出ることがある。
それが、魔導大戦。
名の通り魔を導く大戦。十年に一度、魔法使いたちのよる戦争が真夜中に行われている。報告された案件もその裏は戦争の流れ弾だ。世間では魔法使いを公には出来ない。はるか昔の盟約から、魔導大戦に介入することができないからだ。
この場にいる者達は魔導大戦が終わるのを眺めているしかない。
「では、
「ええ、もちろんです。――入りなさい」
神凪と呼ばれた女が扉に向けて言い放つ。遅れて扉が開いた。この場にいた者達の視線が一斉に集まる。部屋に入ってきた人物を見て誰かがあっと声を漏らした。
入ってきたのは女子高生だった。上は黄色のカーディガン、青のネクタイ、黒のブレザーを羽織る。下は黒のハイソックス。季節外れの空色のマフラーを巻いていた。
背中まで伸びる藍色の髪に、透き通った青の瞳。整った面差しにはやや緊張が見て取れた。いわゆる、美少女だ。
『どういうつもりだ……?』
『どう見てもただの女子高生ではないか』
『やはりただの胡散臭い連中であったか』
少女の耳に大人の呟き声が漏れる。少女はそれを聞いても表情を変えることはなかった。ただ毅然と立っていた。
「神凪殿、これは一体……?」
総理がこの場を代表するように訊ねた。
「彼女が、今回の計画の要。
「か、彼女が……、」
総理は信じられないものを見る目を少女に向けた。
「では、計画を再確認しておきましょう」
魔導大戦は最強の魔法使いを決めるまでの戦い。参加者は魔法使いであれば誰でもいい。魔法使いは公の場に出ることはないので、必然的に真夜中に行われる。その間、魔法使いによって生み出されたあらゆる被害を訴えることができない。それがいかなる損失であったとしても。
だが、非魔法使いの堪忍袋の緒が切れた。
非魔法使い側から魔法使いを魔導大戦に参加させ、同時に魔法使いを殲滅しようという策だ。その実行の要となったのが、魔法使いの一族〈神凪〉だった。政府は神凪との協力で遂に公の場に
「彼女には計画通り、一般人として潜入してもらい魔法使いを暗殺してもらいます」
「一般人、というと?」
「現在魔法使い関連の事件が多発している地〈
「なるほど……。では、その方針で進みましょう。神凪空音。頼みますよ」
「――承知しました」
空音から発せられた言葉は凛とした響きで、どこか弱々しかった。
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