教育係をつけられる

 真っ白な空間に立っていた。

周りを見てみるが白一色の世界が広がっているだけだ。

 止まっていても仕方がないので歩き始める。

 10分ぐらい歩いただろうか、遠くに人影が映った。

複数いるようだ。


 (誰だ?)


 敵ではないと思う。少し警戒しながら歩くスピードを早めた。

 徐々に影が鮮明になってきて俺は思わず声を上げる。


 「アリーシャ!それにザルドにフローも!」


 仲間達だった。ヒーラーのアリーシャ、タンクのザルド、ソーサラーのフロー。

 笑顔で駆け寄ったがアリーシャ達は無表情で俺を見ている。


 「みんなどうしたんだよ?何で何も言わないんだ?」


 普段通りに声をかけているのにみんなの表情は変わらない。

 

 (な、なんかヤラかしたか⁉)


 不安になってくる。よく見ると無表情というより蔑んだような目で見られているような……。


 「俺、何か間違った事をしてしまったのか⁉

もしそうなら教えてくれよ!」


 訴えかけてもやっぱり表情は変わらない。


 「な、何が……ッ」



       『起きろ! 下僕!』


 頭に強い鈍痛が伝わったのと同時に俺の視界が暗くなった。



 「痛ってぇ〜〜ッ⁉」


 頭を手で押さえながら起き上がると、側にメイスを持った

魔王が立っていた。どうやらこれで叩かれたようだ。


 「……は?」


 「何を呆けておる。支度をするが良い」


 「支度⁉……って今何時ですか?」


 「知るか。時計なんぞ無いわ。窓を見ろ」


 魔王が指し示した方を見ると四角に切り取られただけの窓があった。

 まだ空は暗く、僅かに地平線が薄い青に染まっている。


 (……明らかに夜明け前だよな?魔族は朝型なのか?)


 固まっていると何かが弾けたような音がする。

見ると魔王がメイスに手の平を添えていた。


 「支度をするが良い。……同じ事を言わせるな。

もう1度叩かれたいか?」


 「い、いえッ!すぐに準備しますんで、王座で待っていてください!」


 「……1分以内に来い」


 (無茶言うな⁉)


 俺の心情なんて気にも止めてないようで魔王はくるりと背を向けると部屋を出ていった。


 「急がねぇと……」


 着替えながら頭の中を整理する。

 俺は昨日付で魔王の配下に成り下がったのだった。

 王座の間と部屋の場所だけ教えてもらってあとは

放ったらかしにされた気がする。


 「でもいったい何をするんだ……?」


 洗濯でも掃除でも何でもすると言ってしまったが、死体の

処理とかなにかの実験台にさせるかもしれない。


 (何でもするって言わなきゃよかったかも……)


 「ってのんびりしている場合じゃねぇ!」


 30秒は経ったはずだ。慌てて王座の間に行くと魔王が座って頬杖をついていた。

俺に気づくとニヤリと口角を上げる。


 「間に合ったか。と言っても残り3秒だがな」

 

 「3秒……」


 (数えてたのかよッ⁉つーか時計も無いのにスゲェな!)


 適当に言った可能性もあるが感心する。


 「さて、下僕よ、お前に教育係をつける。

何でも尋ねると良い」


 魔王が指を鳴らすと宙から男が姿を現した。

 肌の色は俺達と変わらないが、耳は尖ってるし、肌には魔族特有の黒い模様がある。


 「マーさん、お呼び?」


 「ああ。そこの下僕の躾を頼む」


 「あ~、昨日言ってた……ってオォッ⁉」


 男が俺に急接近してきた。そしてジックリと顔を眺める。

 俺もハッと息をのんだ。


 (コイツ確か幹部の……。昨日戦った奴……って何で生きてるんだ?)


 そう、目の前に立っているの魔族は昨日オレガ斬ったはずだった。


 「誰かと思えば昨日俺を斬った奴じゃ~ん‼

 え、何?マーさんに魂売ったの?」


 「い、いろいろありまして……」


 「と、言う事だ。頼むぞ」


 「ヘ〜イ!リョ〜カ〜イ〜‼」


 幹部の男が魔王に敬礼する。すると魔王はどこかに姿を消した。

 男は一息つくと俺に向き直る。


 「ヒハハハッ!まさかニンゲンがマーさんの元に付くなんてな。昨日あんなに勇ましかったのに〜」


 「…………………」


 「なんだよ~黙り込むなよ〜。

昨日は俺、けっこう楽しかったんだぜ?」


 そう言いながら男が肩を組んでくる。


 (めっちゃフレンドリーなんだが……)


 昨日まで敵だった相手にここまでできるものなのか。

それともこの男の性格がそうなのか。


 「あ、あの……そんなに気軽でいいんですか?」


 「ン?」


 俺の言葉に男は笑顔から目を開けると少し顔を離した。


 「マーさんが認めたって事は反抗の意志は無いんだろ?

いや、あってもいいぜ。俺がぶった斬るから」


 「ッ⁉」


 「ヒハハ!そう怯えんなよ〜。アンタがそういう行動しなけりゃ大丈夫だって〜。……たぶん」


 (たぶん⁉)


 ひとまず魔族には従うつもりだ。それにここで死んだら

「教会送り」になる。それだけは絶対に嫌だ。


 (そういえばアリーシャ達は無事なのか?)


 昨日バトルの舞台となった王座の間――今俺がいる場所は

戦いがあったなんて嘘のようにキレイに整備されている。

 それにアリーシャ達の姿も無い。おそらく教会に戻されたのだろう。


 (でもなんでだ。まだ俺が……いや、俺が魔王に屈した事で

パーティから外れたのか⁉それで全滅と見なされた……)


 「お〜い、ナニ考えてんのさぁ?」


 ハッとすると男の顔が目の前にあった。俺が急に黙り込んでしまったので少し眉をひそめている。


 「す、すみません……」


 「別にいいけど。あんまり考え込んでるとザクッと

やっちゃうぜ?

 俺、目の前で考え込まれるのがイチバン嫌いだからさ〜」


 どうリアクションを取っていいのかわからなくなって下を向いた。

 すると男がさらに下から覗き込んでくる。

 

 (覗き込むの好きなのか、コイツ⁉)


 「どーでもいい情報だけどさ〜、俺、相手の顔見るの好きなのよ〜。

 だから、そっぽ向かれるとついつい覗き込んじゃうワケ」


 「は、はぁ……」


 戸惑いながら顔を上げると男も姿勢を戻した。


 「そーいやまだ名前言ってなかったな。俺はデューク。

 じゃ、行こうぜ、モトユウちゃん!」


 「モ、モトユウ?」


 |(あだ名か?)


 思わず声が裏返る。するとデューク……さんが

無邪気に笑った。


 「ヒハハッ!そ、元・勇者だからモトユウ。

……別のがいい?」


 「と、とりあえずモトユウで。何か思いついたら言いますんで」


 「あ、そ。改めてヨロシク、モトユウちゃん!」


 デューク……さんは笑顔で言うと歩き出した。気分がいいのか鼻歌を歌っている。


 (何か大変な事になりそうな気がするな)


 俺は不安を覚えながら後を追った。

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