第35話 味のないスープ


「睦月さん、朝ごはんを作りますね」

「うん」


そう言って依織がベッドから降りてゆっくりとキッチンへと向かっていった。

人間、想像を遥かに超えた出来事が起きると素早い動きはできなくなるのかもしれない。

俺の心臓もまだ激しく脈打っているが、依織を見ると背中越しでも、いつもとは違う様子が見て取れる。

明らかに動きがぎこちない。

でも柔らかかったな……

今更ながらさっきまでの依織の感触を思い出して全身が熱くなる。

俺は気まずくてしばらくベッドからは出ることができなかったが、


「朝ごはんができました」


という依織の声で覚悟を決めてベッドを抜け出すことにした。


「おはよう」

「はい」

「あ、いただきます」

「はい」


明らかに、依織の口数が少ない。

微妙な感じで、気まずいが、かける言葉を思いつかないので、朝ごはんを頂くことにする。

まずはスープからいただく。

今日は味噌汁じゃなくて、透明だから洋風スープかな。

早速スープを口にするが、スープには本来あるはずの味がなかった。

これは、お湯に野菜が浮いているだけだ。

ちらっと依織に目線を向けると、依織もお湯に口をつけたところだったが、そのまま固まってしまった。

みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。


「睦月さん……やってしまいました。味付けを忘れてしまいました。すいません。今すぐ作り直します」

「あ、うん、でも朝にあっさりしたのもたまにはいいかな。うん。これはこれで」

「……味付けしますね」

「うん」


依織が慌てて、スープを作り直してくれるが、朝の件はやはり思った以上に依織にもダメージがあったようだ。

依織が、こんな失敗をするのは、初めてなので平静を装ってはいたけど、俺と一緒で相当動揺していたみたいだ。


「ごめんなさい。今回は大丈夫です。どうぞ」

「うん、美味しい。ふふっ」

「……笑わないでください」

「いや、だって、なぁ」

「わかっています。でも料理どころじゃなかったんです」


真っ赤な顔をしてあたふたしている依織はいつもの感じと違って新鮮で、いつもの綺麗な感じよりもかわいいという言葉がぴったりだ。

もちろん学校でもこんな依織は見たことがないので、ある意味貴重な姿かもしれないが、そんな依織の姿を見ていると、ベッドでのやりとりが脳裏をよぎり、俺も全身が熱くなり、顔が火照ってきた。


「睦月さん、朝はすいませんでした。目が覚めたらあんな……」

「うん、まあ、誰にでもあることだから。寝てる時は無意識だし」

「はい……」

「それに、謝られるようなことじゃない。むしろごほ……」

「う〜〜〜」


ダメだ。俺はなにを言おうとしてるんだ。テンパりすぎて変なセリフが口をつきそうになった。

ある意味、俺の本心だが、このタイミングで伝えるのは正解だとは思えない。

結局、二人で顔を真っ赤にしながら朝ごはんを食べることになってしまったが、作り直してくれた味噌汁は、本当に美味しかった。

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