第52話頼もしき騎士たち

 死を覚悟していた私の目の前に、赤髪の騎士が降臨した。


 ファルマの学園が誇る最強の騎士の一人、《太陽の騎士》ラインハルト=ヘルトリングだ。


「ライン……あなた、本物なの……?」


 命を助けてもらったが、まだ信じられなかった。まるで夢を見ているようだ。


「もちろん、本物だぜ、マリア! ほら、こうして足もあるしな!」


 唖然(あぜん)としている私に、ラインハルトは微笑む。

 吹き飛ばした上級妖魔を、剣先でけん制もして隙はない。


「でも、どこから……?」


 ラインハルトが斬り込んで来たこの部屋は、城の最上階。

 入口は槍の妖魔に封鎖されていた。


 じゃぁ、窓の外からきたの?

 でも、どうやって空中から?


「まったく。あいかわらず無茶をするな、ラインは」


 バルコニーから新たなる声がする。

 この透き通るような美声は、私もよく知る声だ。


「ジーク様⁉」


 バルコニーの外に現れたのは、銀髪の騎士。

 ラインハルトと同じく《蒼薔薇騎士ブルーローゼス・ナイツ》に属する騎士。


 “孤月の騎士”ジークフリード・ザン・ミューザスだった。


「どうやら間に合ったようだな。この様子だと」


 ジーク様は軽い身のこなしで、乗っていた白馬からバルコニーへ降り立つ。


 ――――いや、それは馬ではなったか。


 白銀の翼を持つ“天馬ペガサス”。

 ファルマの学園にですら数頭しかいない伝説の幻獣だ。


「そうか……ペガサスに乗って二人は、この最上階まで……」


 ようやく理解する。


 ジーク様とラインハルトはペガサスで、この部屋まで飛び上がって来た。

 そして私の危機に気づきラインハルトが、窓ガラスから破り斬り込んできたのだ。


「あっ、そうだ、マリア。窓ガラスは後で、ちゃんと弁償するから心配するな」


 気まずそうな表情で、ラインハルトは苦笑いする。

 この死地でそんな些細なこと、気にしていたのか。


 相変わらずマイペース。でも今は頼もしい存在だ。


「でも、どうやって、バルマンの情報を? あんなにも距離があったのに?」


 少しだけ冷静さを取り戻し、更なる疑問が湧きあがる。

 この二人はどうやってバルマンの危機を知り、駆けつけて来たのであろうか。


 バルマンの街から学園都市ファルマまでは、山脈を迂回するためにかなり距離がある。

 そのために妖魔のバルマン襲撃が知れ渡るのは、早くてあと数日はかかる計算だ。 


「数日前、学園に救援を求める"使者”が来たのだ。マリアよ。だから私たちはペガサスで山越えしてきたのさ」


 疑問にジーク様が答えてくれる。バルコニーからお父様の方へ、援護に向かう。


 二体の槍の妖魔は、ジーク様とラインハルトを警戒している。

 距離をとってタイミングを見計らっていた。


「“使者”? いったい誰が……」


 ジーク様の答えを聞いて、更なる疑問が浮かび上がる。

 開戦前にファルマの街へは、救援を求める使者は出していない。


 何故なら学園都市ファルマは完全中立地帯。

 いかなる介入も受けない存在なのだ。


 それゆえに有事の際であっても、独断で外交交渉は国際条約で禁じられていた。


「使者に来たのはハンス。お前のところの若執事ハンスだ」


「えっ……ハンスが!?」


 ジーク様が口にした人物の名に、私は言葉を失う。


 ハンスは確かに援軍を求めに、北方へ向けて数日前に出発した。

 北部の有力貴族に、救援を求めに行くという話で。

 それが進路を変えて、独断で学園に向かったのだろうか。


 でも、まって!

 それにしても日数の計算がおかしい。


 バルマンから学園都市までは、もっと日数がかかる。

 道中の妖魔の群れを回避して、山中で夜営をしながらの強行軍でも、間に合わないのだ。


「あの者ハンスは、三日三晩の不眠不休で、バルマン山脈の山越えの偉業を、成したのだ、マリア」


「えっ、不眠不休で……ハンスが……!?」


「あのハンスは本当に凄い男だ。あれほど義に熱いをおとこを、私はこれまで見たことはない」


 滅多にことでは他人を褒めないジーク様が、心を込めてハンスに賛辞を送っていた。


 妖魔の群れの中をたった一人で駆け抜け、全身に傷を負いながら駆けた抜けた男。

 主を助けるために任務を果たした男ハンスに対して、ジーク様は心から敬意を払っていた。


「ああ、ありがとうございます。でも、ハンスは今は?」


「心配するな。命に別条はない」


 妖魔を牽制しながら、ジーク様は説明してくれた。


 今ハンスはファルマの学園で治療を受けており、命の別状はないという。


 彼はファルマ学園に到着して、学園祭の準備中のジーク様たちの元に駆け付けた。

 バルマンの危機を報告。直後に気を失ってしまったという。


「ハンス、あなたという人は……」


 ハンスは命をかけて任務を達成。

 絶対に不可能な強行軍を、たった一人で成功させたのだ。


「でもオレは知っていたぜ。昔から口うるさくて、いけ好かない奴だけど、ハンスが凄い奴だってな!」


 ラインハルトもジーク様に同意する。

 生真面目な若執事ハンスを、 幼馴染ラインハルトは昔から苦手としていた。


 でも本当は心の中では、彼を認めていてくれていたのだ。私にとって、これ以上の褒め言葉はない。


 ――――そんな感動に浸っている時、二体の妖魔が動き出す。


「騎士が二人、増えたところで」「バルマンが滅ぶ運命、変わらない」


 真紅の槍の妖魔が、無機質な声を発する。

 どうやらジーク様とラインハルトの力量を測っていたらしい。


 これまで離れて戦っていた二体が、距離を縮めて陣を組む。

 疲労がピークに達しているお父様のことを、槍先から外す。

 次の標的をラインハルトとジーク様に変えたのだ。


「外の同胞は、力を取り戻していく」「この城ごと、もうすぐ同胞が飲み込む」


 槍の妖魔はバルコニーの外を指す。

 先ほどまで混乱していた妖魔軍が、体勢を立て直す、という意味なのだろう。


「えっ……外の皆様⁉」


 私のバルコニーに駆け寄り、外に視線を向ける。

 眼下では激戦が続いていた。


 槍の妖魔の指摘の通りだった。

 妖魔の大軍は混乱から、立て直していいる。


 先ほどまで押していたバルマンの民。

 また徐々に押されてかけている。今はまだ死者は多くはない。


 でも、このままでは危険。圧倒的な数の妖魔に、全てのバルマンの民が飲み込まれてしまうのだ。


 ラインハルトとジーク様が二体の槍の妖魔を倒しても、あの大軍の前では無力。

 バルマンが滅ぶ運命は変えられないのだ


「大丈夫だ、マリア。心配するな」


 顔を真っ青にしていた私に、ジーク様が頼もしく声をかけてくれる。


「おい、槍の妖魔ども! 何を勘違いしている? ここに来たのが、オレ様たち“二人だけ”だと、いつ誰が言ったのだ?」


 妖魔の挑発に、ラインハルトは余裕の笑みで答える。


「さぁ、来たぜ! あれを見な! マリア!」


 ラインハルトのバルコニーの外に、剣先を向ける。

 指し示す方角は、バルマン平野の彼方だ。


「あれは……軍?」


 目を向けた私も気がつく。


 バルマン平野の彼方から、武装集団が向かってくる。

 あれは……大地の砂塵を巻き上げる、騎馬の集団だ。


「あれは、まさか……?」


 見覚えのある騎士団だった。

 青い薔薇の軍旗の、完全武装の騎士団だ。


「あれは、まさか……蒼薔薇騎士ブルーローゼス・ナイツ団⁉」


 学園都市ファルマの誇る精鋭騎士団。

 大陸でも"最強騎士団”とも名高い蒼薔薇騎士ブルーローゼス・ナイツが、このバルマンを救うために駆け付けてきたのだ。

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