第27話一人のランチ

 

 皆さんは喫茶店やカフェに、一人で入ったことはありますか?


 あと居酒屋に焼き肉屋、高級フレンチに、一人で行ったことはありますか?


 そして最後の質問です。

『満席状態の高級レストランの大テーブルに、たった一人で食事した』経験はありますか?


 なるほど。

 乙女な自分たちは、そんな悲しい経験はないですか。


 たしかに、そうでね。

 私もそう思います。


 でも今の私は、“それ”を体験している真っ最中だった。


 ◇


 今の私は広いテーブルにて、一人で食事中。


 ウェイターさんが優雅に今日のランチを運んできてくれる。


「こちら本日の前菜、“季節のピンチョス八品盛り”でございます」


「……おいしゅうございますわ……」


 私は貴族令嬢らしく上品に食していく。

 ファルマの学園の学食は高級(レストラン)で、昼食もコース形式なのだ。


 何しろ学園に通う生徒の多くは、大陸各地から選ばれた貴族と令嬢。

 膨大な寄付によって支えられていて、学園の運営は潤っている。

 ゆえに食堂も超リッチなのだ。


 大陸各地から星(ほし)持ちのシェフたちが、ここに集められている。

 惜しげもなく高級食材を使い、生徒は毎日フルコースが堪能できるのだ。


「こちらは本日のメイン料理“ミューザス牛のミルフィーユ焼き”でございます」


「……大変おいしゅうございますわ……」


 うん、これも確かに最高に美味しい。

 雰囲気的に食堂(レストラン)は高級フレンチ。

 東京で食べたら一人“うん万円”みたいな感じだ。


 まぁ、私は前世では食べたことないけど。


「こちらは本日のデザート“クリーム・ド・ファルマ”でございますわ」


「最後まで大変おいしゅうございました……」


 言葉の通り、デザートまで大満足なランチコースだった。

 こんな美味しいものが、学園の学食ではただで食べられる。

 本当に夢のような世界だ。


 ――――そう、一人で食べなければ!


 今、私の友ヒドリーナさんは絶賛、里帰り中。


『実は私(わたくし)の大お爺さまが危篤(きとく)という文(ふみ)が来まして、数日間だけ里帰りすることになりました……』


 昨日、ヒドリーナさんから、そんな衝撃的な報告があった。


 “学園で唯一無二の友だちであるヒドリーナさんの帰郷”


 その大事件により現在の私は、絶賛“一人(ぼっち)”な真っ最中なのだ。


 最近いつも彼女と行動し、食事をしていた。

 宿舎での空き時間や、通学時や授業の隣の席など、常に一緒だった。


 そんなヒドリーナさんがいないから、今の私は一人なのだ。


 ちょうど今はお昼時。

 食堂(レストラン)は満員御礼状態である。


 自分以外の誰もが、楽しそうな雰囲気。

 数人一組でテーブルを囲み、歓談しながらランチしている。


 みんあ『今日のドレスは素敵ですわね』とか『このネックレスは王都で流行っている、最先端のデザインなの』と、オホホホ……ウフフ……な令嬢的な歓談の真っ最中。


 学園のランチ休憩時間は、たっぷり二時間。

 誰もが時間をフルに使うように、会話をしながら、ゆっくりとランチを楽しんでいる。


「……ご馳走様でしたわ」


 そんな中、私は既に完食してしまった。


 何しろオホホホ……ウフフ……と楽しい会話をする相手が、今日はいない。

 出されたコース料理をひたすら無言で、もぐもぐと食べていたのだ。


 はー、寂しいなー。

 まさかヒドリーナさんがいないランチ時間が、これほどとは思いもしなかった。


 今までどれだけ彼女に頼り切っていたか、骨に身染みる瞬間だ。


 ――――そんな食事後だった。


「……あのマリアンヌ様は……」


 えっ?

 何か聞こえてきた。


「……マリアンヌ様……今日は一人……」


 えっ……これは、もしかして⁉


 誰かが噂しているのだ。

 気のせいかもしれないけど、そこには私の名前があがっている。


 ――――ちらっ


 それに私への視線も感じる。

 学食(レストラン)にいる乙女たちが、自分のことをチラ見しているのだ。


 うっ……これは。

 もしかしたら噂しているんだ。


 もしかしたら……『見て、一人(ぼっち)のマリアンヌ様よ!』


 きっと……『マリアンヌ様、今日は一人(ぼっち)なのね!』


 絶対に……『ヒドリーナ様に捨てられたのね、あの一人(ぼっち)は!』と。


 周囲のざわめきが、私にはそう聞こえていた。

 いや、これはざわめきではない。

 間違いなく嘲笑(ちょうしょう)だ。


 もしかしたら最近の私は、調子に乗っていたのかもしれない。

 何しろ中身の私は、普通で平凡な日本の女子。


 でも急に貴族令嬢になって、自分で勘違いをしていたのかもしれない。

 そのしっぺ返しが、今となってきたのかもしれない!


 だから周りの乙女たちも、私のことを変に噂しているのだ。


 ――――そんな負のオーラに包まれていた時だった。


「マリアンヌ様は……あのう……」


 ひっ⁉

 誰かが近づいて来た。

 まさか一人(ぼっち)で弱っている私に、追い打ちをかけに来たの⁉


 それとも満席状態の学食(レストラン)で、六人がけのテーブルを一人で占領している私を、追い出しにきたとか⁉


 想像と妄想が広がり、恐怖心が高まっていく。


「……あのうマリアンヌ様……よかったら私(わたくし)たちと一緒にお茶でも……」

「申しわけございませんわ! 私(わたくし)、急用を思い出しましたの……」


 相手の言葉を途中で遮(さえぎ)る。

 最後までは聞きたくない!


 私は急いで席を立ち、食堂(レストラン)から逃げ去っていく。


(うっ……どこか静かな場所を探さないと。残り時間まで……)


 こうしてランチタイムの逃避行が幕を開けたのであった。

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