第70話 聖女を諦めることが出来なかった哀れな美形

 アラン視点




 都心部に建てられた高級宿屋『クレシェンド』には、ギルドの上位パーティ『テンペスト』が貸し切っている階層が存在する


 その階層の内、団欒室として使用される個室にて。


 三日月昇る今日の夜。

 僕はテンペストの面々を招集していた。


 彼女達はゆったりとしたソファに座り込み、テーブルを挟んだ先の椅子に僕は腰を掛けている。


 視界の中央には愛しの彼女達が写っている。

 武闘家のラスカ、弓兵のメイリー、そして新たに加入したヒカリという名の女性。



「ヒカリ、ここの生活にはもう慣れたかい?」


「ええ、お姉さんとっても嬉しいなぁ。

 こんなに良い宿に住めるなんて……ありがと、アラン様」



 魔術師ヒカリ・ロードナイト。

 三つ編みの髪をした大人なお姉さ……魔術師。


 少し前、リューカ・ノインシェリアがパーティを抜けた。

 僕個人としては多少傷を負いつつも気分の良いイベントだった訳だが、テンペストとしては痛手だ。


 流石に魔術師無しではギルドの活動をこなせないからね。


 かくして、僕はギルドや魔導図書館を巡って好みの魔術師を探し回っていた。


 好みの女性とはたくさん出会えたよ。

 ただ、魔術師とは中々交える機会が無くてね、結局ヒカリに出会うまでは一ヶ月ほど時間が掛かってしまった。


 忘れもしないあの日のこと。


 魔術師探しのために、僕は『出会える』で有名な酒場へと赴いていた。


 魔術師を探していたはずの僕は、いつの間にか店中の女をお得意様専用の個室に呼びつけ例外なく全員を抱いていた。


 その翌朝。

 酒の匂いなのか生き物から噴出した液体の匂いなのか、とにかくよく分からない香りを漂わせながら帰路についた。


 息も絶え絶えでこの瞬間にでも死ぬんじゃないかと思ったその時、どこからともなく現れて疲労困憊の僕を介抱してくれる女性がいた。



『あの、大丈夫ですか? ちょっと、臭いますね……。

 お風呂寄って行きます?』



 それが彼女、ヒカリ・ロードナイトとの出会いだ。


 その母性に当てられた僕は、いつもの様に即刻彼女に惚れることになる。

 その上運良く彼女は魔術師ときた。


 だったらもうパーティに入って貰うほかないね、ということで今に至る。


 正直な話、ヒカリはリューカ程の実力は持っていない。

 というよりも、あの娘がおかしかっただけだ。


 リューカ・ノインシェリアは魔術師として完璧過ぎた。


 知識も実技も応用も何もかもが桁外れ。

 人としては終わっていたが。


 他の魔術師にあれを求めるのが間違いであるということは、誰もが理解しているだろう。


 とは言え、ヒカリは由緒正しき魔導学院を卒業しているらしく、魔術師としてはかなり腕の良い部類に入っている。


 このパーティで活動をしていっても何ら問題は無い。


 ただ、一つ問題があるとすれば……ヒカリは悪人だったということだろう。


 恋愛経験豊富な僕は彼女と出会った時に勘づいていたんだが、どうやらヒカリは財産目当ての魔性女だったらしい。


 些細なことだ。


 惚れた女が財産目当てだった、なんてことは日常茶飯事。

 僕にとってそれは特筆すべき要素ではない。


 僕は惚れたその時点で、相手の全てを受け入れる覚悟ができる。


 肩書きも、素性も、性格も、善悪も、種族も、年齢も、何がどうあってもいい。


 恋路の過程がどうであれ、惚れた女が最後に僕の舌と指を求めてさえいればいい。


 細かい話は省くが、僕はヒカリ・ロードナイトという女を堕とした。


 僕と初めて会話を交わした彼女はもっとおっとりしていて、いかにも経験の無い少女達が好みそうな内気な女性だったんだけど、素性を暴いた後はそのイメージとは対極の大人な女になってしまった。


 まぁ、些細なことだ。


 何より、一人称が『お姉さん』というところが唆る。

 愛するにはそれで十分だった。


 ……いや、ファーストコンタクトで風呂に誘ってきた女が内気な人間な訳は無いか。



「それでアラン様、今日は何の用?」



 武闘家のラスカが目を細めて聞いてきた。

 大きなぬいぐるみを膝の上に乗せている弓兵のメイリーも、同じように僕を訝しんでいる。


 では、本題へ入ろうか。



「明日、セレナを迎えに行こうと思う」



 その発言の後、数秒間の沈黙が訪れた。

 まだ諦めてなかったんだ、と顔で物語っているメイリーが口を開ける。



「んー……反対なんだけど〜」


「私もメイリーに同意。セレナは諦めた方がいいと思う」



 愛する彼女達から面と向かって否定を受けた訳だが、そんなことは織り込み済みだ。

 この二人だけが僕を否定してくれる数少ない恋人。



「はは……相変わらず手厳しいね」



 人の好きは止まらない。

 感情は抑えられない。

 恋は本能を置き去りにする。


 僕はセレナ・アレイアユースを諦められない。



「お姉さんはアラン様の恋路を応援してあげたいな」



 賛成してくれたのはヒカリだけのようだ。



「あー……財産目当て女のヒカリさん?

 アラン様に恋人が増えることに賛成している自覚ある?」


「ええ、もちろん。

 アラン様は恋人が増えたとしても、お姉さん達に愛を与え続けてくれるでしょ?

 それなら特に問題無いかな。

 メイリーちゃんも同じ考えでしょ?」


「まあね。

 だけど、今回に関してはそういう訳にもいかないんだ。

 だってアラン様、セレナに酷い仕打ちしてるし、だからパーティ抜けたし。

 つーわけで、うちとラスカは反対してるんだよ」


「え、そうなの? アラン様?」


「そうだね、メイリーのいう通りだ。

 だからこそ、僕はもう一度会わなければいけないんだ。

 まだ、謝ってもいないから」



 遺跡で分かれて以来、僕はセレナに会えていない。

 避けられているのか、はたまた僕自身が避けているのか。


 なんて悩む必要は無く、明らかに後者だ。


 そもそも、セレナは人を避けない。

 それは聖女らしくない行動だから。


 つまり、僕が彼女に会うのを怖がっているんだ。


 嫌われるのが、振られるのが怖い。


 あの日、セレナをパーティに加入させた時から今日に至るまで、僕は決断を先送りにしてきた。


 この恋慕を伝えてこなかった。


 セレナは生涯純潔という狂った目標を掲げていて、さらには聖女という立場もある。

 だから、僕は確実に振られてしまう。


 そう思っていた。


 でもそうじゃないんだ。


 言葉を伝えなければ何も始まらない。

 それに、僕は絶対だ。


 惚れた女を全て堕としてきた。


 相手の感情は関係ない。

 聖女という冠も関係ない。

 

 恋路の過程がどうであれ、セレナが最後に僕の舌と指を求めてさえいればいいのだから。


 セレナも聖女も同じだ。

 僕に恋をさせればいいだけなんだ。



「それに……セレナを縛り付けるつもりは無いんだ。

 聖女としての仕事を優先してもらう。

 セレナとは別に治癒術師だって新しく雇う。

 これなら彼女の活動を尊重したまま一緒に暮らせるよね?」


「アラン様……それパーティに誘う意味ある?」


「うっ、その通りだねラスカ。

 うん、テンペストとして活動するのは困難だけど、同じ宿で生活できる。

 毎日彼女と話せる。毎日彼女の顔を見ることができる。

 僕はそれで十分なんだ」



 思いの丈を伝えた、愛する者達へと。

 どうか、この思いが伝わってくれてると良いんだけど……。


 懇願する僕をメイリーは溜め息混じりに見つめている。



「……試してみるぐらいなら良いと思うけど、断られたらそこで諦めてよね〜。

 アラン様のためにも、セレナのためにも」


「ありがとう、メイリー……ラスカはどうかな?」


「何を言っても聞く気は無いよね、アラン様。

 選択肢を与えているように見えるけど、私に配られたカードは『はい』の一枚だけ……。

 全く……アラン様、それが終わったらデートだから」


「分かった、きっとラスカを喜ばせてみせるよ」



 どうやら、僕の思いは伝わったらしい。

 ラスカの言う通り、誰が何て言っても僕はセレナの元へ向かうつもりだったんだけどね。


 ただ、皆の許しを得たことで気持ち良くセレナを迎えにいける。


 待っててくれ、愛しの聖女様。

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