第42話 大司祭系アイドル


 セレナちゃんと話したあの日から、また一週間程が経った。

 相変わらず検査やリハビリは続いているんだけど、どうやらあと少しで退院できるらしい。

 体の方も何不自由なく動かすことができる様になってきた。

 もうバク転だけで病棟内を回れるぐらいには回復してると思う、多分。


 今日はと言うと、病棟に隣接して造られているクオリア大聖堂と呼ばれる大きな施設に来ていた。

 聖堂を囲む様に、病棟や国の管理を任せられている機密塗れの建物が建てられている。


 ここは儀式や祭典が行われる場所で国の重要な施設のうちの一つなんだけど、比較的人の出入りが自由で親しみやすい場所となっている。


 聖堂の最奥に設けられている祭壇には女神像が建てられていて、平常時には信徒が女神に祈るためにやってきたりする。


 今日はこれからイベントがあるみたいで、修道女達が祭壇前の舞台に煌びやかな装飾をセッティングしている。


 わたしは、聖堂内に数多く並べられている会衆席の端に座ってその営みを眺めていた。


 いつもなら、専属メイドとお話をしている時間なんだけど今日はその彼女がいない。

 みゅんみゅんは月一の報告書を提出しに『合法御奉仕集団メイドメイン』の本社へ戻っているからだ。


 詰まるところ、みゅんみゅんが帰ってくるまでこの聖堂で暇を潰そうとしているエリゼちゃんなのであった。


 わたしの側の通路を数々の修道女が行き交っている。

 ある者は照明器具を、ある者は楽器を、色々な荷物を運び込んでいる。


 そんな彼女達に目を奪われているわたしの側に、人が近づいて来た。



「よ、あんたも今日のライブ見に来たわけ?」



 そう気軽に挨拶をしてきたのは、深紫のツインテールが特徴的な魔術師だった。

 断りもなく、わたしの隣にリューカちゃんが座る。



「ううん、暇だから聖堂に寄っただけだよ。ていうか今からライブなんだね」


「そうよ。大司祭様が布教の名目の下(もと)歌を披露してくれるの」



 リューカちゃんは嬉しそうにしている。

 余程このイベントを楽しみにしているんだろうな。


 この一週間の内に彼女と何度か会って少し話を交わしたお陰か、何とか動揺を抑えることはできる様になってきた。

 リューカちゃんのこと嫌いではないし寧ろ大好きなんだけど、それでもやっぱりちょっとだけ心に棘が引っ掛かってるみたい。


 あの夜、アランとリューカちゃんにクビを告げられた時の傷が案外深い所まで届いているのかもしれない。



「リューカちゃんはそれを見に来たの?」


「まあね」



 会話が途切れてしまった。

 話したいことはたくさんあるんだけど、どうしよう、どれから話せば良いのか分からない。


 好きなご飯を聞くのもなんか違う気がするし、ここでアランとのことを聞くのもおかしいし。

 この一週間、こんな感じでわたしが迷っている内にコミュニケーションが終了して別れるということを繰り返していた。

 本当に少しづつしか距離が縮まらない。



「あんたは神様ってのを信じてる?」



 リューカちゃんが会話を切り出してくれた。

 彼女は会話が下手くそなのに、勇気を出して話しかけてくれたんだ。

 そう言えば、今日もリューカちゃんから接触を図って来てくれていたな。

 頑張ってくれている彼女に応えないと。


 ううん、違う。


 お喋りなんてもっと気楽にするものなんだから、気張らずに自然に言葉を紡ぐだけ。

 ……それにしては、とんでもない議題を吹っかけられている気がするけど。



「わたしはあんまり信じて無いかなぁ」


「そ、ならあたしと一緒だ」


「神頼みとかしないの?」


「まぁね、あたしが信じてるのはこれまで積み上げてきた自分だけよ」



 彼女らしい答えだ。

 努力を努力と思わない彼女は、魔術師という夢に向かって走り続けて来た。

 だからこそ、今の自分があるのは自分のおかげだと言うことを理解しているんだと思う。

 そこに神なんて曖昧な概念がつけ入る隙は無い。



「セレナちゃんとわたしは?」


「……まぁ、信じてなくはないけど」



 目線をわたしから外すと、リューカちゃんは唇を尖らしてそう言った。



「かわいいな。ほんと」


「はぁ!?何言ってんのあんた!!……まぁ、ありがと」



 こんな風に、彼女と楽しく会話をするのをずっと夢見てた。

 それなのに、根底の部分でわたしはリューカちゃんに怯えている。

 わたしが道を間違えなければ心の底から楽しめていたんだろうな。



「でもここにいる皆は神様を信じてると思うよ。

 ほら、あそこにいる女神様を」



 わたしは、祭壇に建てられた女神を形取っている銅像を指さす。

 その周囲には多くの修道女いる。

 それは、この国に根付いている宗教を信じる者達だ。


 彼女達は、女神様の人を助け合い生きていくという教えをその身に刻んで生きている。

 かく言うわたしも、現在進行形で教会のお世話になっている訳だし。

 神の存在を信じていないわたしだけど、そんな健気な信徒を否定することはできない。



「そうね、あたしもそれに関してはノーコメント。

 自分の考えを他人に押し付ける気はないわよ。

 だけどね、一つだけ言わせて。

 もし女神様なんてのがいたとして、人間と同じ形をしているかしら?

 神を名乗る者が人の形をしていたらおかしいでしょ。

 それは人間を騙す人間よ」


「えー、なんかリューカちゃん思想強めだね」


「……本当に女神様がいるのなら、きっとあたしも、あんたも嫌な思いをせずに生きていけるはずでしょ」



 そうだね。

 善を体現している様な神様がいれば、きっと世界中に平和と喜びが溢れている筈だ。


 聖堂内には、次第に観客の数も増えてきて賑わって来た。

 というより、もはや満員だ。


 ぼーっとしていたせいで気付くのに遅れてしまったけど、さっきまで空いている様に見えた聖堂内の会衆席は隙間なく人が座っている。

 そして、多くの人はロザリオや女神をモチーフにしたアクセサリー身につけていた。


 舞台の近くがざわつき始める。



「ほら、大司祭様の登場よ」



 リューカちゃんがそう言うと、銀髪で小柄な女性が舞台の裏から出て来た。

 この国の民ならば大抵の人間が彼女を知っている。


 聖教国クオリアを治める教会の第一人者。

 大司祭ララフィーエ・ポラリス。


 彼女は舞台の中心へと歩きながら、観衆に愛嬌を振り撒いていた。

 人格者だな。



「凄いね。めちゃくちゃ集まってるじゃん」


「そりゃそうよ、なんてったってララにゃ……大司祭ララフィーエだからね。

 あ、そうだ。

 あんた、初めてライブを見るんだったら初見の客用に用意されている特別な席もあるわよ。

 移動しなくて良いの?」


「そんな席があるんだ」


「最善列の一部が初めて来た人限定の席になってるわ。

 このイベントはただのライブじゃなくて、あくまでも布教行為の一環なの。

 だから、初めて聖堂に訪れる人に対しては恩恵が企画されてるのよ」


「へぇ……でもまあ、別にいいかな。リューカちゃんと一緒にここで見るよ」


「そう、ならいいけど」


「国の長なのに、こんなことやってて良いのかな?」


「良いのよ。信者が増えれば増えるほどクオリアの力は増すの。

 それに、カリスマ性溢れるアイドルとして国民と触れ合うことで支持も得られる。

 メリットだらけじゃないにしろ、あたしは好きだな。

 こういう俗に塗れて好きなことをしている人間が」



 想像していた倍の量を返してくれた。



「それにしても、リューカちゃん司祭様に詳しいね」


「え……そりゃ、この国のトップだし国民としては知っていると言うのが常というか何と言うか」


「みんなララにゃんって呼んでるね」


「そうね、馴れ馴れしすぎよ」


「リューカちゃんも口にしかけてたよね?」


「え、聞こえてたの!?」


「わたし、耳良いからね。

 ねぇリューカちゃん、好きことは隠さない方がいいと思うよ」


「……ま、まぁ、好きだけど、ララにゃんのこと」



 良かった。

 わたしはそれを聞くことができて、なんだか安心してしまった。


 ずっと魔術師を夢見て生涯を捧げてきた彼女にも、心の拠り所があったんだなって。


 聖堂内にポップな音楽が流れ始めた。

 音響系の術式を介して、高音質なそれが大音量で反響している。


 それから間も無くして、綺麗と可憐が合わさったアイドルボイスが響き渡った。

 紛うことなき大司祭ララフィーエ・ポラリスの声だ。



「こんにちわー!ララにゃんだよーっ!」



 歓声が聖堂を揺らす。

 小さな女の子から大人のお姉様方まで、いろんな年齢層の信徒が喜びに満ちた声を発している。

 もはや奇声にも聞こえるそれは、ララフィーエという存在の支持を証明していた。



「女神様を信じるみんなも、今日初めて来てくれたそこの君も、全員狂わせて見せるからねっ!

 覚悟してなよ?今から奇跡を見せてあげる」



 そう言うと、彼女は洗練されたウィンクを披露した。

 洗練されたウィンクって意味がわからないけど、そう表現するしかない。


 女神にも見える彼女のその行為で何人かの信徒が気絶したらしく、複数の担架が医務室へと運ばれていった。

 とんでもない破壊力だ、恐るべしララにゃん。


 こうして布教ライブが始まった。

 隣にいる魔術師は、今まで見たことのない様な蕩(とろ)けた顔をしている。


 想像以上にララにゃんにゾッコンな様子だった。



 ☆



 布教ライブは盛況に終わった。

 正直期待以上だった。


 まさか国の長がこんなパフォーマンスをできるとは思ってもいなかったから、そのギャップでより一層関心してしまった。


 特に、アンコールで観客全員と合唱する讃美歌は激アツだった気がする。

 ちなみにわたしは歌詞を知らないアウェー女なので、ただ眺めることしかできなかった。



「さぁて、今日初めて来てくれた君たちも、良ければ女神ニーア様のことを好きになってね。

 じゃあね、また会いましょう!女神様とララにゃんはいつもあなたの側に!」



 最後まで布教活動をしっかりこなした彼女は、舞台の裏へと消えていった。

 個人的な感想だけど、決め台詞は心に響かなかった。


 隣を見ると、放心状態の魔術師がいる。

 この楽しみ様で女神様の信徒じゃないことってあり得るんだ。



「リューカちゃん、女神様は信じていないのに大司祭様のことは好きなんだね」


「大司祭って言うより、アイドルとしてのララにゃんが好きなのよ」


「リューカちゃんのそう言うところ、とっても良いね」



 なんだか、リューカちゃんのイメージが大きく変わった気がする。

 とても良い方向に。


 まぁ、でも……ライブ中のあのにやけ面は気持ち悪かったけど。


 ……。


 あれ、待てよ。

 わたしもあれと同じ顔をしていた頃があるんじゃないか。


 多分だけど、聖騎士ミュエルの大ファンとして追っかけていたあの頃、おそらくわたしは今日のリューカちゃんと同じ顔をしていた筈だ。



「まじか……」


「ん?何か言ったかしら?」



 あああああああああああああ。

 嫌だ嫌だ恥ずかしい死ぬ最悪ヤバいマジか恥ずかしい嘘でしょうわあああああ。


 気付きたくなかった。


 わたしもミュエルさんを見てる時、こんな気持ち悪い顔になっていたんだ……。

 まさか、こんな些細な日常シーンでそれを思い知らされるとは。


 今のわたし達は深い関係性が築かれてるからどんな顔も晒せるけど、あの頃はそうじゃない。

 どうしよ、昔のミュエルさんに気持ち悪いストーカー認定されていたら。


 その日の夜、過去のイタイ自分が無限にフラッシュバックしてきたわたしは、枕に顔を埋めて悶え苦しんだ。

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