第2話 もう無職でもいいやもう……
陽が昇り人々の営みが始まりだした時間帯。
鳥は鳴き、草木は空から降りし恵みの光に照らされている。
寒気帯びる風が不定期に吹いているけど、それすらも心地よい。
そしてわたしはというと、ギルドと呼ばれる公の機関へと向かっていた。
ま、宿泊していた宿屋の目と鼻の先にあるんですけど。
昨夜の解雇宣言後。
わたしは借りていた部屋に戻り、逆らうことのできない時間の流れに身投げしていた。
なんと言っても職を失ってしまったんだ。
ベッドに寝転んで精神を停止させたくもなるよ。
それから半刻もすれば自然と心が落ち着いて来たようで、早速退室の準備を開始した。
とは言っても、服やら仕事道具やらを箱にまとめるだけなんだよね。
幸い私物はさほど多くなかったので、まとめた荷物をクロークに預けてこれから泊まる予定の宿に輸送してもらうことにした。
どうせなら、お屋敷でも買って悠々自適に過ごしてやろうかな。
一人で生活するには大きすぎても、いつかは愛する人とかと一緒に住むかもしれないのだから大きな家を買おう。
もうギルドの依頼を受ける必要もないし、疲れることもしなくていいんだ。
解雇宣言の後、一ヶ月程度はこのクレシェンドに滞在していていい契約なんだけど、残念ながらわたしの精神はそんなに図太くない。
もし満期まで滞在したとして、朝食ビュッフェの時間にパーティメンバーと鉢合わせしたらどんな顔をすれば良いんだ。
『あ、みんな! 調子どう? 依頼こなせてる?
無職のわたしは絶賛ビュッフェお楽しみ中だよ!
大好物のハンバーグもぐもぐたべるよ!
無職なのにオーダーメニューも頼んじゃうよ!』
気色悪すぎるだろ。
そんなことをすれば、きっとわたしは銀河の外へ追放されるに違いない。
むしろわたしがわたしを追放する。
テンペストには、昨夜話したアランとリューカちゃん以外にも数人のメンバーがいる訳なんだけど、結局誰にも挨拶をせず置き手紙だけを残しておいた。
パーティから抜けることを伝えたとして、誰も引き止めてくれないなんてことになってしまえば、きっとわたしはその時点で息を引き取る事になるだろう。
それに、今回の解雇は結局のところ自業自得だ。
いくら不得手な支援役を任されていたとはいえ、全力で仕事に挑まなかったのは駄目だった。
任された職務は全うすべし、この一言に尽きる。
斯くして、わたしはパーティの拠点代わりに使っていた高級宿屋を後にしましたとさ。
それにしても今日はいい天気。
快晴とまではいかないけど、門出を祝うには最適の空をしている……ような気がする。
そもそも祝われるような門出ではないんだけど。
これまでの日々を思い出しながら街路路を歩いている内に、ギルドの建物が見えてきた。
一見してその豪華さが理解できる立派な建造物だ。
ギルド。
それはここ聖教国クオリアが国家で運営している機関で、魔獣と呼ばれる害獣の討伐や危険区域の調査などを引き受け、正規登録されているパーティや個人にその仕事を依頼している。
その他にも、ギルドは税金も管理や金融も取り扱っていたりと政府の役割も担っていて、この国にとって重要な機関。
そしてわたしは、そのギルドへパーティ脱退手続きをしに来た悲しき無職である。
色々とごねたおかげで、私は自己都合ではなくパーティから正式な解雇が言い渡された。
これで失業保険の中でも高めの保険金が降りることとなったので、当分の間は生活に困らないだろう。
貯金もあるし。
わたし、貯めてたお金ででっかいお家を買ってメイドを雇って淡い生活を送るんだ。
なんて、無理やりポジティブになっている訳なんだけど、いざ建物内に踏み込むとなるとテンペストを追い出されてしまったという実感が腹の底から湧いて来て、今にも崩れ落ちて号泣しそうなわたしことエリゼちゃんであった。
ダメだよわたし、まだ泣くなわたし。
きっとこれから先は昇り龍、人生ぶち上がるだけなんだから。
少し身を屈めて右手を左肩に回す。
その手で肩の肉を思い切りつねった。
嘘、ほんとは軽く摘んだだけ。
それだけで涙を我慢するには十分だった。
痛みは苦しみを和らげてくれる、いつの間にこんな悲しい技術を身につけてしまったのだろうか。
こんなことでは落ち込んでいられない。
立ち止まっていても誰も助けてはくれないのだから、前を向いて進まなければ。
そんな大層な意気込みでわたしは建物の中へと歩み始める。
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