第25話

 前奏の合間に、ファラエスは煙玉を足下に落とした。


 もくもくと立ち昇る白煙に巻かれながら、頭のシルクハットから淡い赤色のスニーカーを取り出す。アスランを説得した時の靴だ。


 一旦義足を外して座り、黒の革靴を脱ぎぐ。ズボンも脱ぐと、中に履いていた山吹色のフレアスカートが、ふわりと煙を押し広げた。


 ファラエスが急いでスニーカーに履き替えた辺りで、白煙は止まった。

 音楽の最初のサビで、細工してある白シャツごと燕尾服を取っ払い義足を堂々と晒しながら激しく踊る――予定だった。


 シャツが上手く脱げずにもたついている!?


「どうした。なにしてる?」

 見守っていたユルケは思わず強い口調でぼやいた。


 サビパートはもう始まっている。

 燕尾服にフレアスカートという不恰好で悪戦苦闘するファラエスに、悪意のない笑いが起きていた。コミカルな演技の一環とでも思っているのだろう。


 この状況が続けば、不測の事態であることはすぐに気付かれる。そうなれば今日まで練習してきた演技は、失敗で終わってしまう。



 不味いな。


 あたしが固唾を飲む中で、なんとファラエスは…………燕尾服のままで踊りはじめた。


 誤りなどないかのように、伸び伸びとした笑顔で。

 先程までのもたつきとは異なるキレのある素早い動きに、観客の笑いは一気に冷え込んだ。その可憐さに、近くを通る人々が観客となって吸い寄せられていく。


 隻脚の女の子の踊りが物珍しいというのもあるだろう。だが、それだけではないと明確に言い切れる。



「ふふ、やったな……」


 安全を考慮して振り付けに組み込まなかったファラエスの空中大回転が、観客の度肝を抜いていた。

 ちなみに、隣にいるダルクも度肝を抜かれた内の一人だ。


「なんと恐ろしいことを……私はもう見てられない」


「ファラエスの晴れ舞台、見ないなんて勿体ない。ダルクも刮目すべきです」


 ファラエスは着地で少しよろめいたが、難なく体勢を立て直す。それを見て胸に手を当てながら悲鳴を出す者もいた。


 次第に音楽を掻き消すほどの拍手が巻き起こる。演技は佳境に入り、舞台はもはやファラエスの独壇場と化していた。


 誰もがその踊りに魅入られる。

 あたしも見ているだけでワクワクしてくる。その理由は、ファラエスが隻脚で踊っているからではない。もっと人間本来の内なる欲求だ。



 ファラエスのように自由になりたい。そしたら楽しいのだろうな。――そういう喜びの共感。


 踊りの最後に燕尾服とシャツが脱げ落ちた。中に着ていたゆとりのあるピンクの服が、申し訳程度にお目見えする。


 想定とは異なる演出もあったが、不満はない。椅子から立ち上がり鳴り止まない拍手を送る観客の反応が、ファラエス達への答えだろう。



 演技が終わって、ファラエスはたちまちスターになった。


 慈善家たちの期待にも応えられたようだ。色んな人に囲まれて、その場を離れるまでに苦労した。



 孤児養護施設に帰る道中でのこと。


「まったく、無茶をする」

「ごめんユルケ」


 ファラエスはあたしに負んぶされた状態で、反省のこもった謝罪をした。


 今頃他の子どもたちはダルク引率の元で、祭典を見て回って楽しんでいるだろうに。ファラエスだけはお預けだ。

 これが勝手に大技をした罰になればいいが、満足げなところを見るに怪しい所だ。


「湿布を用意しておいて正解だった。まだ痛む?」

「うん、すこし」


 義足との接触面が激しい運動に耐えられず、悲鳴をあげたらしい。練習にない大技をするからだ。



 日が沈み辺りが暗くなる頃に、高々と花火が打ち上がった。


 孤児養護施設の部屋の窓からでも、全貌がうかがえた。大きくて立派なものだ。黄から赤に輝きを移ろわせ、闇世にスッと消え、また上がる。


「綺麗……来年もユルケと一緒に見たいな、私」

「来年も再来年も、きっと一緒だ」


 肩を合わせてきたファラエスを、私はそっと抱き寄せた。

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