第19話

 道草を食うでもなく、犬と一緒に街の細道をひた歩いていた。


 脇に露店が増えてきた。どの露店も、まるで店主自らが『貧しき者である』と公言しているような、さもしさがある。



「嫌な所……」


 ここはなんていうか、空気が悪い。

 流れて然るべき気のようなものが、停滞している感じがする。

 一人では長居してたくないな。……ここいらで諦めて引き返すか。



「ルーク、おかえり」


 その時は唐突に訪れた。


 とある露店に立っていた青年が、犬を見るや寄ってきて、しゃがんで頭を撫でだした。


 黒い短髪は若々しく、口元を覆うスカーフがどこかミステリアスな。

 と、青年はスカーフを指で下ろして、横顔であたしを見上げた。



「あなたがルークの面倒を見てくれていたんですか? ありがとうございます。こいつ、すぐ一人でどっか行くんです」


 曇りのない笑顔。綺麗な目……。

 そうか、この辺りが陰鬱に思えたのは、行き交う人の目に光沢を感じなかったからだ。この掃き溜めの中で、青年だけは穢れずにいる。



「どうかされました?」


 その神聖さについ魅入ってしまっていた。


「いや……君がその子の飼い主かい?」


「はい。こいつはルークと言います。ここ、撫でると気持ち良いんです」


 青年はルークの耳元をわしゃわしゃと撫でた。

 その意見には同意する。さすがは飼い主だ、ふふ、よく分かっているな。


「ルークの後脚の義足は、君が?」


「物作りが得意な知り合いと、僕との合作です。支柱は知り合いが、靴は僕が」


「よく出来ている。それ、他の人にも応用して作れたりしないかな」


「似た物なら作れると思いますが」


 青年は立ち上がると、初めてまともに視線を交わした。思ったより精悍な顔立ちをしている。


「どなたかお知り合いの方で、義足が必要なのですか?」


「そんなところだ。もっとも、本人に聞いたわけじゃない。まだほんの十二歳の女の子なんだ」


「それは気になりますね」


「ああ。空いた時間に子供達と走り回るくらい活発な子でね、片足で上手いこと跳ねるんだ。ルークの義足を見て、彼女にも義足があればと思って、悪いとは思ったんだが、ここまで同行させてもらった」


 ユルケは寄ってきたルークの頭を撫でた。



「そうでしたか。子供のうちは片足でよくても、大人になるにつれて体幹が歪んでしまうかもしれない。義足は……人には靴が必要です」


「ほう。君は整体について詳しいのか?」


「僕の専門はこちらになります」



 青年は側の机に張られた板に、手のひらを向けた。

 板には赤色で綺麗な字が記されている。


「『アスランの靴磨き屋。平日の週五日営業』か。なるほど、靴関連で整体にも精通しているという訳だ」


 その造詣の深さは、露店の店主に留めておくには勿体無い。


 靴ならば、ユルケにとっても馴染みのある分野だった。

 靴と人との親和性の重要さは、踊りを生業にしてきた身としてよく分かっているつもりだ。


 話をしてみて、ルークの義足を製作したことにも得心が行った。

 青年――アスランになら任せられる。



「改めて頼みたい。義足を作ってもらえないだろうか? もちろんお金は払う。できれば安く済ませたいが」


「人の義足ですか……」

 アスランは真剣な眼差しで黙考した。


 断りの文言を考えているのかもしれないな。急な頼みであったし、今回はそれでも仕方ない。


「わかりました」

「っえ、ほんとにか?」


「といっても、支柱を作った知り合いの協力も必要になりますが、彼ならば快諾してくれると思います」


 温かな笑みを浮かべている。アスランのような聖人と出逢うと、つくづく思うことがある。


「世の中、捨てたもんじゃないな。とても助かる。後でファラエス本人にも来させる」


「了解です。期待に添えるものが作れれば良いですが。……そう言えば、そろそろ祭典の時期ですね。きっと義足があった方が楽しめるんだろうな」


 アスランは細めた目で、どこまでも黄色い空を見上げていた。

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